第4話 悔恨の別れ
今更ながらに気づいたことがある。
今更というのは今思えば何故気にならなかったのかと疑問に思うほどな事を思い至ったからである。
平気だと思ってたけど、異世界に来て少なからずどうようしていたってことだろうな。
まず一つ、どうして普通にコミュニケーションがとれているのか?
屋敷を出るとき、ふと俺が使っていた部屋にあるガラガラの本棚に1冊の本を見つけた。
そのタイトルが〝カーオスの歴史〟だったので、この地について何か分かるかもと手に取ってふと疑問に思ったのだ。
――なんで読めるんだ...?
ここが異世界だという確証はないけど、十中八九異世界の筈だ。
なら使われている言語だって当然違うはず...。
俺の厨二病知識をフル稼働させて考えた結果、俺は異世界へ落ちたのではないかもしれないという結論に辿りついた。
所謂、召喚中に事故が起こって場所がズレた説だ。
召喚の魔法陣には予め言語翻訳機能でもついていたのでは...?と考えた訳だが、まだ魔法とやらを見たことがないので分からない。
でも、召喚事故説があってるとなると、俺には何かの能力的なものが与えられた可能性がある。
その事に思い至った時は色々と恥ずかしいポーズやセリフで内なる力の覚醒を試みたけどうんともすんともいわなかった。
他にも気になることはあるけど、何も分からない&何も出来ない俺では検証も不可能なので後回しだ。
それよりも、今は神に感謝したい気持ちでいっぱいだ。
この世界に神がいたとするならば媚びへつらって足を舐めるまである。
その理由は...
「何ニヤニヤしてんの?」
1mもない目の前からその深紅の瞳を上目遣いにして、のぞきこんでくる美少女が...。
「なんでもないよ。でもこの...浮魔車だっけ?揺れも殆どないし快適だよな」
「そうでしょ!速いし、道も選ばない優れものよ!あ、でもあげないからね」
「わかってるよ」
そうこのお方こそ、魔物の群れから命からがら逃げ切って疲労困憊だった俺を救ってくれた人である、リーゼリア様だ。
2人の従者を連れて放浪している少し高飛車で心根は優しいお嬢様。
と言ってもどのくらい高潔なのかとか、旅をしている理由は謎だ。
単に聞いていないだけだが、俺は空気を読める男だから分かる。これは聞いてはいけないということが...。
その美しい顔は今は地味なローブのフードで半分隠れてしまっているが、これも聞いてはいけなさそうだ。
現在、俺はホバリング神輿こと浮魔車に乗って街を目指している。
車内は結構狭くて、ギリギリ4人入れる位だが、執事のゼインさんもメイドのフィスさんも車内にはいない。
この車はある程度自律走行するが御者台のような所があり、そこでマニュアル操作にする事も可能だ。
今はそこにゼインさんとフィスさんがいる。
という訳で俺はリーゼリアと2人きり。
いや〜役得だな〜。
でも、リーゼリアの表情は冴えない。
さっき話した時はコロコロと面白いくらい表情を変化させていたのに、会話を辞めると外を見ながら物憂げに溜息をつく。
これは、聞いた方がいい気がするな...。
「どうしたんだよ。悩みごとか?」
「...そんなんじゃないわ。それよりあんた、私達が世話するのは街までよ。ちゃんと生活出来るの?」
正直、なんのスキルもない男子高校生がいきなり生活が出来るほどの収入を得られるとは思わないけど...やっぱりこれ以上は迷惑かけられないよな。
俺はヒモにだけはならないって決めてるし。
「まぁ、なんとかするさ。俺のことなんて気にしなくていい」
「...そうね。あんたなかなか強いみたいだし、討伐隊にでもなればいいわ」
そう言ってリーゼリアは不機嫌そうにそっぽをむいてしまった。
またなんか不味いこと言っちゃったのか...?
それにしても俺が強い...ね。
一応空手道を嗜んでいた身としては、そりゃあ武道を修めていない人と比べれば強いだろうけど、ゼインさんとフィスさんに勝てる気は全くしない。
2人とも隙が無いのだ。
俺もそこまで強いわけじゃないけど、見る目だけはあると思う。
それに、討伐隊とやらがあの魔物と戦う事なら全力で遠慮したい。
これこそ勝てるビジョンが浮ばないし。
でも、おかしいな...。
「リーゼリアに俺が強いと思わせるようなとこ見せたか?自分で言うのもなんだけど強者のオーラとか皆無だろ?それに、ゼインさんとフィスさんにも勝てる気しないし」
「え...?でも、物凄いスピードでこの浮魔車に追いついて来てとんでもない怪力で無理矢理止めたじゃない」
「え...マジ?」
「まじ...?と言うかそれも覚えてないの?」
俺はとんでもない事を聞いたのかも知れない...。
俺が知らぬ間に内なる力が覚醒していたのか...!
確かにあの時は必死だったからな...覚醒する状況としてはありがちだな。
1人でニヤニヤと笑ってブツブツと言っていると、リーゼリアが本気で心配そうに見つめてきた。
「あんた大丈夫なの?やっぱり、診療所に連れて行って診せたほうが...」
「ああいや。大丈夫だ。問題ない。むしろ生活の目処がたって精神的にも楽になった」
「...そう」
そう言って笑ってみせると、リーゼリアは俺をジト目で一瞥してまた外の景色を眺め始めた。
「リーゼリア様。シンジ様。もうすぐ街へ着きます。準備の程を」
「分かりました」
「...えぇ」
ゼインさんが前方にある小窓を開けて、車内の俺らにそう伝えてきた。
俺は覚悟を決める。
1人で生きていく覚悟を...。
*****
「ここがこの辺りで1番大きい街である〝マトルク〟です。ここなら何かしらの職には就けるはずです」
「ゼインさんありがとうございました。今は一文無しですけど、いずれ富豪になったらこの恩を倍でお返しします」
「ホホホ。いいんですよ、お気持ちだけで。私はリーゼリア様に従っただけですので」
マトルクと言うそれなりの賑わいを見せる街の簡易的な入口の門の前で俺は別れの挨拶を告げていた。
外壁は少し心許ない――あの魔物が襲いかかってくるならだいぶ心許ない木製で歪な円を描いている。
ゼインさんの話では魔巣の森が異常なだけで、この街周辺に出る魔物は大したことないとか...不安だ。
後、この街の特徴としては、街の中心部に迷宮の入口があるという事だ。
それで、冒険者やそいつらを相手に商売をする商人らが集まってこの街を作り上げたらしい。
迷宮...なんとも男心をくすぐるいい響きだが、俺には攻略は無理そうだ。
なんせ魔巣の森程ではないが、強い魔物がうじゃうじゃといるらしい。
そんな所に潜るなんて命がいくつあっても足りない。
俺の内なる力がほんとにあるなら話は別だけど...。
まぁ、命を賭けてでも一攫千金を狙った冒険者が迷宮に入るのは絶えないのだとか。
「リーゼリアとフィスさんにも感謝を伝えといてください」
「2人とも強情な者ですみません。必ずお伝えします」
「よろしくお願いします」
俺がゼインさんに呼ばれ、降りた後、2人は車内には篭って遂に顔を見せることは無かった。
別れの挨拶と感謝の気持ちは直接伝えたかったけど、仕方ない。
フィスさんには元々嫌われていたみたいだし、リーゼリアもなんだが呆れさせてしまったみたいだった。
ちょっと、俺のガラスハートに傷がついたけど、こんな事でへこたれていては異世界で一人暮らしなんて出来ないだろう。
ここは最後まで気丈に振る舞うことにしよう。
「それでは、お元気で...」
「はい!さようなら!」
ゼインさんは浮魔車の御者台に乗って去っていった。
去り際まで柔和な笑みを携えた、紳士的な人だったな。
リーゼリア...彼女の憂い顔の秘密を知れなかっのが何故か酷く後悔の念として俺に襲いかかる。
いつかまた、合うことがあったらもっと親身になって話を聞こう。
ちょっと涙ぐんでしまったけど、上手くやれただろう。
俺は気持ちを新たにマトルクの門をくぐった。
短いし、全然話も進まないし、更新遅いし...。
ほんとすみません...読んでくださった方ありがとうございました。