第1話 異世界って浪漫じゃね!?
続けるかはわかりませんけど、書いてみました。
この日、地球ではそこそこ話題になった集団失踪事件が起きた。
話題に上がった理由は、世界各地で同時期に起きたこと。
名の知れたスポーツ選手なども失踪したこと。
それに…
――その失踪した人が死んだのを目撃されていたことだ。
それに、宇宙人と戦う某人気漫画のようにさらっと消えたわけでもなかったのだ。
様々な理由でその時間に死亡が確認された人々はもれなく謎の光に包まれて、消えたという。
謎の光については各メディアで色々な憶測が語られていたが、それを見た人達の証言によると天からの使いだとか、キャトルミューティレーションだとか、魔法陣だったとか、定かではない。
勿論失踪した人の中には死亡が確認されていない人もいた。
その中でも一人の青年は不運なことに軽トラックにはねられた後、雷に撃たれ、運転手が慌てて駆け寄ると消えていたということもあった…。
*****
「あれ…?」
俺――千藤慎司は今、非常に混乱している。
目の前に広がる光景は見渡す限り、木、木、木。
おかしい…。とてつもなくおかしい…。
だってさっきまで俺は大雨の中チャリンコで下校途中だったはず…ん?なんか、体がビリビリするし、記憶が曖昧だな…。
こんなことなら、嵐の中傘をささずにずぶ濡れで颯爽と走るのカッコ良くね?とか思わなければよかった…。
まぁ、そんなことより。
今は目の前のこの状況を把握しなくてはならない。
一体ここは、どこだ?
それにやけに肌寒いような…って!
「服は!?俺、素っ裸じゃねぇか!?」
思わず大声で叫んでしまったが、その声も森の喧騒に消えていく。
虚しい…。
ん?喧騒?そういえばいかにも肉食っぽい獣の鳴き声が…迫ってきてる!?
――ガァァァ!
木々の合間から現れたるは巨大な熊。
大口を開けてこちらに吠える様はまさに絶対王者。
あの鋭い牙で噛まれれば一瞬で噛み砕かれ、その大きな爪で引っ掻かれれば忽ちバラバラになるだろう。
いきなりの生命の危機に俺は先程までのどこか浮かれていた気分が一気に冷めるのを感じた。
どこか?それはなんとなくわかっていた。
俺が夢にまで見た異世界。
そこに降り立ったのだと。
よくある勇者召喚ではなく、空間の狭間から落ちるとかそんな感じなのだろう。
見た感じ祭壇でもなければ見目麗しい姫様もいないし。
それに、そこまで植生に詳しいわけではないが、生えている植物が異様すぎる。
葉っぱの色が真っ青な木に、毒々しい煙を放つ花、人を飲み込めそうなほどの肉食植物など…。
おまけに上を見上げれば木々の葉っぱの隙間から太陽が2つ見える。
そして、今目の前に現れた熊の背中には苔ときのこがぎっしりと生えていた。
地球にはこんな熊はいなかったはずだ。
と、軽く状況整理と共に現実逃避してみても状況は変わることなく俺の命の危機は去ってはくれない。
ジリジリと迫り来る苔熊は涎を垂らしながらどこか嘲笑うかのように歯を剥き出しにしている。
――ゴクリ…
俺の生唾を呑み込む音が耳に響く。
心臓の鼓動も高鳴り、息は乱れ、冷や汗をかき、体は震える。
怖い、凄く恐ろしい。
それなりに田舎に住んでいた俺でも熊にこんなふうに迫られる経験はなかった。
いや、それどころの話ではないだろう。
異世界に丸裸で放り投げ出され、魔物相手に立ち向かい、サバイバル生活を始めるなど不可能だ。
異世界など、空想だからこそ楽しかったのだ。
本当にこんなところに来たならば、野垂れ死ぬ以外の道はないはずだ。
少なくとも、俺のような普通の高校生には…。
最早苔熊の顔は眼前に迫り、その生臭い息が吹き付けられる。
そして、そのまま口を開けて…
――ガァァァ!
「ひぃっ!?」
吠えた後はこちらの様子を観察し始めた。
(こいつ…遊んでやがるのか!?弱者を弄んで楽しんでやがるのか…!)
だが、弱者の俺には何もできることは無い。
俺に出来るのは目一杯この世界の神と苔熊を恨みながら死ぬことだけだ。
しかし、これは序の口に過ぎなかった。
――ベチャッ…
「え…?」
俺は一瞬にして肉塊となった苔熊の前で呆然と間抜けヅラを晒してへたりこんだ。
血飛沫や肉片が俺にもかかったがそれに気持ち悪がるほどの余裕もなかった。
(何が起きた…!?)
あまりの出来事で目の前の危機がとりあえず去ったことに安堵するより先に原因を探そうと辺りを見回す。
すると、視界の端を通り過ぎる黒い影。
「コウモリ?」
苔熊の巨体の周りを飛び回っていたのは、両手で抱えられるくらいの、コウモリのような黒い生き物。
だが、
(こいつがこれを…?まさか…)
こんな小さな生物では大熊を一撃で粉砕するなど…有り得るのか?
ここでは常識は通じない、もしかしたら…。
コウモリは苔熊の残骸へと降り立ち、肉を貪り、血を吸い始めた。
俺はコウモリが苔熊に夢中な内に逃げようと座り込んだまま後ろへ下がる。
そして、俺は十分な距離をとると立ち上がり、コウモリから絶対に目を背けないようにしながら更に逃げる。
しかし、ここが魔の森だと忘れてはいけなかった。
「うわぁ!?」
スルスルと伸びてきた蔦に足を捕まれ、宙吊りにされる。
眼下には巨大な口を開けた肉食植物。
今度こそ終わった…。
――ズドン
「お!?」
突然地面が迫り、なんとか腕を頭に回して保護する。
足首には蔦がまだ絡まっていたが、その先は千切れていた。
後方の地面にはクレーターが出来ていて、千切れた蔦の残骸と肉食植物が落ちていた。
急いで前方を見ると、案の定あのコウモリの姿があった。
やはり、あの攻撃はコウモリの仕業だったのだ。
(喰われるよりかは、一瞬で潰されるほうがましか…)
俺は連続する命の危機に精神が麻痺してきていた。
最早死ぬことが前提となり、どんな死に方が一番いいか考えるくらいに。
コウモリは植物には興味がないらしく、俺を狙っているようだった。
しかし、じっと見ていると恐怖が蘇りそうで生きたくなってしまう。
だから、俺は目を閉じ、その時を待った。
どうせ死ぬのだから無様に生きて、苦しみを長引かせることなど…ない。
………
(あれ?)
暫くたっても訪れない死の衝撃に俺はなけなしの希望を見出す。
(もしかして、さっきの苔熊で腹いっぱいになったからそのまま去ったのか?)
ゆっくりと瞼を上げ目の前の光景を瞳に写す。
けれど、俺のそんな想定は異世界では通用しない。
目の前にあったのはコウモリの残骸。
それに、向こうが透けて見える人間と同じくらいの大きさの蟷螂のような生物。
だが、それだけでは終わらない。
俺の理解を待つほどこの森は、この世界は優しくない。
天から強襲した、小さなツバメのような生物の大群が蟷螂をあっという間に食い尽くす。
それを大口開けて待ち構えていた肉食植物達が一気に襲いかかり、ツバメは全滅した。
そこに五つの首とそれを支える巨体の山羊が肉食植物を貪り尽くす。
繰り返される弱肉強食。
終わりのない恐怖に俺の精神は遂に耐えきれなくなった。
「いひ…イヒヒヒヒッ」
俺は逃げた、ひたすら逃げた。
木の枝や草で体を切っても、足がもつれて転んでも、何も考えずに走り続けた。
獣の息遣いも、絡まる蔦も、謎の破壊音も、全てを振り切って走る。
走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走走走走走走走走走走はしるはしるはしる…
「…あ?」
森に変化が起きた頃、俺はふと我に返った。
段々と木々が薄くなり、向こう側に舗装された道が見えた。
そして、
「車!?」
どう見ても人工物である車――見た感じをそのまま言葉にすればホバリング神輿のような物が移動している。
「助かった…」
俺は夢中でそれに向かって走った。
それ以外は目に入らなかった、意識に留まらなかった。
途中、邪魔な狼を蹴飛ばして殺したことも、人の足で車に追いつけると思うほどの速度がでていることも…。
追いついた俺は車の縁を掴み強引に止める。
直ぐに中から驚いた様子の人影が出てくるのがわかったが、そこで限界だった。
「たす…けて…」
そうして俺は倒れ込み、意識を手放した。
見てくださった方ありがとうございます!