あなたがくれた宝物
ねえ、みんなは自分の事が好き?
私は自分が大嫌い。
顔が嫌い。
性格が嫌い。
声が嫌い。
髪の癖毛も、爪の形も嫌い。
とにかく自分のすべてが嫌い。
私、上北来は自分を愛せない自分が大嫌い。
もうすぐ21歳になるというのに、自分すら愛せない私は、男の人を本気で愛せないまま21歳の誕生日を迎えようとしている。
でもね、こんな私でも、何人かの男の人と付き合った事はあるんだよ。
全然続かなかったんだけど。
この人となら…って思って付き合っても、すぐに面倒臭くなって別れた。
彼氏に束縛されるのも、毎日の電話も私には苦痛でしかなかったんだ…
嘘も平気でついちゃうし、私という人間は本当に最低なんだと思う…。
それだけじゃない… 小学校からやってたバレーボールもなんとなくやっていただけで、上手くなりたいとか、試合に勝ちたいとかそんな事を思って練習を頑張っていた訳じゃないし、いつも辞めたいって思っていた。
こんな奴が、キャプテンやってるなんておかしいって!
とりあえず、上北来は小学校の頃から腐っていたんだ…
私にとって、学校も、バレーボールも、恋愛も全てがどうでもよかった。
こんな可愛気も何にもない私は、両親からも嫌がられていたんだと思う…
まあ、私も小学生の頃から、両親が大嫌いだったけど…
両親の離婚、再婚、家出。うちの両親はいつも近所の噂の中心にいた。
そんな両親の子供だから、ひねくれるのも当たり前。自分のこのどうしようもない性格は親のせいだと、親の事ばかり責めていた。
だけど、私が、あまりにも他の子供と違う事に自分で気付いていた。 ひねくれた性格だけならまだしも、私には感情がなかったんだ。
花を見ても少しも綺麗と思わなかったり、みんなが悲しいというテレビを見ても、どこが悲しいのか、分からなかった。
私は、生きていて何か楽しい事ってあるの?そんな疑問を持ちながらも、なんとなく生きていた。
伸に会うまでは…
「来、今日、俺んちくるか」
夕方、最近一番仲がいい男友達の蓮斗から電話がかかって来た。
「う〜ん、どうせ暇だし行こうかな」
「オイオイ、俺んちは暇つぶしで来てんのかよ」
「まあね…何?今日は行かない方がいい?なんか用事あるっぽいけど…」
「俺、ちょっと家にいないけど、勝手に上がってて」
「うん、分かった、んじゃ遠慮なく」
「他に誰か来たら宜しくな」
「了解、きちんと留守番してます」
何にも知らない人が聞いたら、蓮斗と私の今の会話は、きっと彼氏と彼女の会話なんだろうね(笑)
でも、全然違うんだ!蓮斗は私の友達の直が好きなんだもん。
蓮斗に直を合わせたのも私。
中学からバレーをやっていた蓮斗とは学校は違ったけど、顔見知りだった。その蓮斗と、二ヶ月前に居酒屋のカウンターで隣同士になったのがきっかけで、連絡を取り合うようになった。
お互い、付き合ってる人もいなくて、寂しい者同士、週末には遊ぶようになった。
私は20時頃に蓮斗の家に着いたけど、蓮斗は勿論居なかったし、蓮斗の友達達も誰も来ていなかった。
今日は帰ろうかなとも思ったけれど、そのうち蓮斗も帰ってくるだろうと、私は一人で待つことにした。
蓮斗の部屋って、離れにあるから、蓮斗の両親には全然会う事がないんだよね。
それが、ここに着やすい一番の理由だったりもする。
「来、来、まったくお前起きろよ」
「あ…蓮斗」
うわぁ、あまりの暇さにどうやら眠ってしまったらしい…
寝ぼけ顔の私の目の前に、見た事のない男の人が立っていた。
その瞬間、私は硬直してしまった。と同時に、自分の心臓の音が私のすぐ近くに立っている蓮斗に聞こえるんじゃないかと焦っていた。
私は、この瞬間に恋をした。
生まれて初めての一目惚れをしたんだ。
私の人生最大の恋が始まった瞬間だった。
「蓮斗、彼女が来てるなら言えよ、そしたら遠慮したのにさ…」
「え、伸、勘違いだぜ、こいつはただの友達」
「だって、ただの友達が留守中の蓮斗の部屋で寝てるかよ、普通」
「それもそうだな…来、普通じゃないから」
へえ、伸君っていうんだぁ。
それにしても、カッコイイ!茶髪のサラサラヘアーにすらっとした体型。
一見、悪っぽく見えるけど、優しい目をしてる。
なんでだろう…
私は、なんでこの人をこんなに愛おしく思うんだろ…
でも、もしかして、私、蓮斗の彼女だとおもわれてる?
しかも、思いっきり寝顔見られてる…
うわぁぁぁぁぁ、なんて最悪な出会い片をしてしまったんだ…
私は突然、パニックに陥った。
「来、何一人でブツブツ言ってんだ」
「え、あの、あ、ご、ごめん」
「ん?来、もしかして、伸がいるから緊張してんのか?まさかなぁ…来が緊張するわけないよな」
「私だって緊張くらいするから!」
「まあまあお二人さん、夫婦喧嘩はそのくらいにしてくれよ」
私と蓮斗の会話に、伸君が挟まってきた。
「私、本当に蓮斗の彼女じゃないから」
私は、必要以上に必死だった!
その姿に、蓮斗は全てを察した様で、伸君には私と蓮斗の関係を、私には、蓮斗と伸君の関係を話してくれた。
蓮斗の話しをまとめると、伸君とは大工の学校で知り合ったらしい。
あ、蓮斗は大工さんなの。まだ、見習いみたいな感じらしいけど。
そして、伸君も大工さん。伸君は宮大工なんだって。
二人とも働きながら、土曜日だけ、学校に通ってるんだって!
その学校で仲良くなったって事みたい。職人かぁ…
ますますかっこいいな。
私は、普通の会社の事務員だから、なんか羨ましい。
もっと、もっと、伸君の事知りたい!
「蓮斗、酒買ってきたぞぉ」
「お、陸矢、サンキュ」何?今から飲み会なんのぉ!
陸矢の手には大きなスーパーの袋。
その中には缶ビールや酎ハイが沢山入っていた。
陸矢は蓮斗の幼なじみ。初めて蓮斗の家に遊びに行った時、陸矢もいたから、なんか普通に仲良くなれたんだけど…… 今は、ほんのわずかな幸せを邪魔されて、陸矢に腹を立ててしまった。 って、陸矢は何も悪い事してないんだけどね。 「何?陸矢今から飲むの?」
私きつい口調で聞いた。は伸君とのたった数分の楽しい時間を邪魔されて、かなり不機嫌だった。
「え、来、なんで機嫌悪いわけ?来、酒、命だろうに」
陸矢!伸君の前で余計な事言うなって!酒が命だなんてありえねぇって。
私は思いきり陸矢を睨みつけた。
状況を読てめない陸矢は
「今日の来は怖い怖い」なんておちゃらけてた。
結局、伸君とは、
会話らしい会話は全然できずに 、飲み会は始まってしまった。
そして、つい、いつものペースで飲んでいた私は、ほどよく酔いが回って、眠気に襲われた。
「来、眠いんなら泊まっていけよ」
いつもなら、なにも迷わずに泊まって行くのに、彼氏でもない、蓮斗の家に泊まるなんて、伸君にどう思われるんだろう?そう考えたら、泊まれなかった。
「蓮斗、今日は帰る」
「何言ってんだよ、こんな夜中に危ないから、泊まって行けよ」
「いいよ、大丈夫だってば」
私はそう行って帰ろうとした。
「来ちゃん、俺らも泊まって行くから、泊まって行った方がいいんじゃないかな」
伸君が優しく声を掛けてくれた。
そして、私は、蓮斗の家に泊まって、翌朝、みんなが目覚めないうちに家を出た。
私は、自分の部屋に戻ると、頭は伸君でいっぱいだった。
誰と付き合っても、本気になれなかった私が、恋をした。一目惚れなんて、絶対するわけないと思っていた私が、一目惚れをした。
生きていれば、いつか楽しいことがあるのかと疑問を持ちながら生きていた私が、たった一日が、いや、たった一晩が、すごく楽しかった。
その日から私は、伸君の事が頭から離れなくなった。
会社でも、家でも、友達と会ってる時でさえ、伸君の事で頭がいっぱいだった。
毎日毎日、週末になるのを、今か今かと待っていた。
そして、待ちに待った週末。いつものように夕方、蓮斗から連絡が入った。
「来、今日も来るだろ」
「うん、行くつもり」
「直もくるって行ってたから」
「へぇ〜、蓮斗、直誘ったんだぁ…やるねぇ」
「うるさい、まずは後でな」
蓮斗、いよいよ攻撃開始だな。
正直、あの二人はお似合いだと思うし、直も多分、蓮斗に好意を持ってると思うんだよね〜。
私、そういう勘ってすごいんだ。観察力だけは人一倍いいみたい。
私は、思いもよらない残業で少し遅くなったけど、待ちに待った蓮斗の家に着いた。
心臓がドキドキしすぎて、口から出てきそう。
私は、蓮斗の部屋のドアを開けてびっくりした。
す、すごい人数。
今まで、見た事がない人もいっぱいいた。
蓮斗の部屋は広いから、これだけいっぱいの人が入れるんだぁと感心してしまう。
「来、こっちこっち」
久しぶりに会う直。相変わらず可愛いな。
「お〜直、久しぶり、蓮斗とはどう?告られた?」
冗談で行ったつもりだったんだけど…直は急に顔を赤く染めた。
ま、まじ?蓮斗、見かけによらず行動早!!
「さっきから、付き合いだした」
直は最高に幸せそうな笑顔だった。
「来も、頑張りなよ」
「え?何が?」
「私は、今日初めて会ったけど、伸君の事、気になってるんでしょ」
「蓮斗に聞いた?」
「うん、来の行動見てたらすぐに分かったって言ってたから」
私は、我に返った。
あまりの人数の多さに伸君来てるか、まだ確かめていなかった。
あんなにドキドキしながら、来たのに何やってんだろ私。
「伸君、今、たばこ買いに行ったよ」
私がキョロキョロしていたから、直が教えてくれた。
「来ちゃんって言うの?俺、大輔でこっちが、裕弥、んで、1番奥にいるのが、太一、宜しく」
「あ、どうも」
今日、初めて見る人が、自己紹介をしてくれたけど、ほとんど頭に入ってなかった。
今は、伸君に以外の男の人はどうでも良かった。
私って、本当に最低。
「お待たせ〜」
き、来たよ!待ちに待った伸君だ!
顔を見るだけでも勝手に心臓がドキドキする。
え?誰?伸君の後ろから女の人が入ってきた。
もしかして彼女?なの…
私は一気に地獄へ突き落とされた様な気分になった。
伸君の隣には、さっきの彼女が座ってる。 それからの私は、なんとか普通でいた。
あまりのショックで泣き出しそうだったのを必死でこらえた。
あんなに、伸君に会うのを楽しみにしてたのに、ろくに顔を見る事もできない。
なにやってんだろ私。
今まで、付き合ってた人を平気で傷つけた罰なのかな…
そして、私はあの場にいるのが絶えられなくて、先に帰ってしまった…
一週間前に一目惚れをして、恋をした。
まだ、恋が始まって一週間なのに、私は失恋をした。
失恋……私は、必死で伸君を忘れようとした。
まだ、傷が浅いうちに忘れなきゃいけないと思った。
でも…全然無理。
無理だ。どんどん好きになってしまってる。
苦しくて、苦しくて何も手につかない…
そして…
気持ちの整理も全然つかないまま週末が来てしまった。
行けない…
私は、蓮斗に再会してから初めて、週末に蓮斗の家に行かなかった。
そして、携帯電話の電源を切った。
蓮斗から、必ず連絡が来るから…
ごめん、蓮斗。
伸君と彼女が一緒にいるのを見たくないから行かないなんて、かっこ悪くて言えない。
嘘も平気で言えちゃう私が、この日は嘘も見つからない。
私は、一人で居ると頭がおかしくなってしまう…そう思って、高校に入ってからの親友、由那の家に向かった。
由那にはなんでも話せた。
直以上になんでも話せてしまう。
なんでだろ…
やっぱり、同じ部活でいつも一緒にいたからかな。直とは同じクラスだったけど、部活は別だったから…
由那の家に着くと、びっくりした顔をしながらも、とりあえずは何も聞かずに部屋に入れてくれた。
「ごめん、由那、今日デートだよね」
由那には中学から付き合っている彼氏がいる。毎週末に必ず会ってるから、きっと今日もデートのはずなんだ
分かっていながらも、来てしまった。
由那は携帯電話を持って、部屋の外に出た。
「今日は、来の話し聞くから、デート中止!」
そっか、今、彼氏にデートを断る電話をしてくれてたんだ。
由那、ごめん。
でも、なんかめちゃくちゃ嬉しい!さすが由那、私になんかあった事、見抜いてる。
「で、何があったの?あんた、すごい顔してるよ」
「うん、知ってる。だってどうにかなっちゃいそうなんだ」
「まさか、好きな人でもできた?まさかね…」
「………」
「え、本当にできた?」
由那はかなり驚いていた。それも、そうだよね〜。今までの私を全部見てるからさ。
私は、恐る恐る全てを話した。
しばらく由那はだまっていたけど、突然、大声を出した。
「な〜んだ!」
なんだって、私がこんなに切ない話しをしてるのに…
「由那、何?それだけ」
「だって、来はまだ何も始まってないのに、勝手に終わりを決めたけでしょ」
「え?」
「まだ、伸君と一緒にいた人が彼女なのかも確かめてないし、伸君に気持ちも伝えてないのに、なんで諦めようとしてるのよ!」
「由那」
「一目惚れしたんなら、きちんと気持ちを伝える事、それで振られたら一緒に泣いてあげるから」
「告白するって事?」
「あたり前でしょ。このまま終わりにしたら、来はもう人を好きになれなくなっちゃうよ」
そう言って由那は私を部屋から追い出そうとした。
「今から、気持ち伝えて、すっきりしておいで」
口調はきついけど、由那の目はとっても優しかった。
告白かぁ…
まだ、出会ったばかりだからそんな事、考えてもみなかった。
けど…私は、今の自分が今まで以上に大嫌い。
うじうじ悩んで何も行動に移せない自分にイライラする。
私は決心した。
由那の言う通りだ。何もしないまま、勝手に終わらせようとしているのは私だ。例え、伸君に彼女がいたとしても、自分の気持ちだけは伝えよう…
やれる事をきちんとやってから、終わりにしよう。
時計はもう、23時を回っっていたけれど、私は蓮斗の家に向かった。
え???
私が蓮斗の家に着くと、伸君が外に座っていた。
なんで、伸君、外にいるんだろ…
私は、不思議に思いながらも、神様がくれたいいチャンスなんだと自分に言い聞かせて、伸君に向かって歩いた。
もう、私の心臓破裂しちゃうよ。
あまりの緊張に、声が震えちゃいそう。
落ち着け!落ち着け!
必死で自分に問い掛けた。。
私は、伸君の目の前に立ち、大きく深呼吸をした。
「来ちゃん、やっと来た、ずっと待ってた」
待ってた?って言ったよね?何言ってんの伸君。
「え?」
「来ちゃんが、なかなか来ないから蓮斗に、来ちゃんこないのかって聞いたんだ…そしたら、夕方から連絡がとれないって言うから」
「ごめん、ちょっと…」
「携帯の電源切ってたんだよね?」
「え?あ、ごめんなさい」
「それって、俺のせいだったりする?」
えぇ〜もしかして、ばれてる?告白する前に気持ち伝わってる訳?
私は、意外な展開に言葉がでない…
あ〜、もしかして蓮斗?蓮斗が何か言った?
わかんないよ!
「蓮斗から何か聞いたの?」
「うん、今日、来と連絡が取れないのは多分、伸のせいだって言われた」
やっぱり蓮斗か…
蓮斗は単細胞な私の考えなんて全ておみ通したんだ。 「直ちゃんからも、色々言われたよ」
「直からも?」
「来ちゃん、多分すごい勘違いしてると思う」
「勘違い?」
「俺、彼女いないよ」
「え?嘘…」
「やっぱり勘違いしてるみたいだね、俺、この前、音葉と一緒に居たのは誤解だから」
あの子、音葉って言うんだね…
でも、何が誤解?
「んじゃ、その音葉ちゃんとは、なんで二人で出掛けたの?」
私は、伸君の言ってる事が理解できなかった。
「話しがあるって、外に連れ出された。それで、付き合ってほしいって言われたんだ」
「そ、そうなんだ…」
一生懸命、冷静でいたけど、すごく胸が痛かった。
「でも、すぐに断った」
「断った?」
「うん、俺、最初に蓮斗の部屋で来ちゃんに会った時から、来ちゃんの事が気になって仕方がなかったから」
「な、何言ってるの!伸君」
「本当だよ、最初は蓮斗の彼女だと思ったから、
手をだしちゃいけないって思ったけど、蓮斗は、直ちゃんと付き合い出したし、来ちゃんを俺の彼女したいって思うんだけど、だめかな」
私は予想外の伸君の言葉に、びっくりしたけど、嬉しくて、涙が止まらなかった。
私、泣いてる。
嬉し涙なんて私にも出るんだ…
こんな感情あったんだ…
「来ちゃん?」
「ごめん、あんまりびっくりして…そんな事考えてもなかったから」
「直ちゃんから、音葉を彼女と勘違いして、来ちゃんが落ち込んでいるって、聞いた時は、びっくりしたけど、嬉しかったよ」
「勘違いだったんだね」
「うん、それに初めて来ちゃんに会った日、帰るって言った来ちゃんを、泊まっていけば?
って言ったのも、もう少し一緒にいたかっからだよ」
「そうなの!全然気付かなかった…でも、伸君ずるいよ!私は今日、伸君にきちんと気持ちを伝える為にここに来たのに、先に言うんだもん」
「そっかぁ、来ちゃんに先に言ってもらえば良かったかな…聞きたかったかも」
こうして、私と伸君は付き合い始めた。
うじうじと悩んでいた自分が嘘のように気持ちがすっきりした。
由那も、直も、蓮斗も本当に喜んでくれた。 皆に心配かけたけど、結果が良ければすべて良。だよね… 伸君も私を好きでいてくれた。私は、凄い事だと思うんだ。
自分の好きな人が自分を好きになってくれるって、奇跡に近い事だと思うから。
この奇跡をいつまでも、ずっと大事に大切にしなきゃいけない。
大事な人がそばにいてくれる事が、当たり前だと思ってはいけないんだよね。
伸君に出会えた事、伸君が彼氏になってくれた事、これって私にとって奇跡なんだから。
絶対に忘れちゃいけなかったんだ。
相手を大事に思う気持ちを、相手を信じる気持ちを忘れちゃいけなかったんだ…
「来?」
「あ、伸、ごめん、なんだっけ」
「何?もしかして、俺の話し全然聞いてない?」
「ご、ごめんね」
「ごめんって顔してないだろ…にやけてるし」そ〜なんだ、私、あまりに嬉しくて、浮かれすぎて、伸が隣にいる事が心地よくて、なんかボーっと余韻に浸ってしまうんだよね。
それを伸に話したら…
優しくKissしてくれた。
Kissなんて、初めてじゃなかったんだけど。
でも、全然違った。
嬉しくて、ドキドキしてて、緊張して…
伸との初Kissの後、初めて私を
「来」と呼んでくれた。私もそれから、伸と呼ぶようになったんだけど、
すごい照れちゃってなかなか言えなかったんだよね。
でもね、伸にKissをしてもらった時思ったんだけど…付き合うって、言葉で交わした約束のようなものから、体で付き合うって事を実感した感じだったな。
って、なんかHな感じに思っちゃうかもしれないけど、Kissだけでこんなふうに感じる自分が素直に嬉しかった。
伸とはまだつき合い出したばかりだけど、あんなに嫌いだった自分を、少しだけ好きになれてる感じがするんだ。
まだ、少しだけなんだけどね。
伸といると、不思議と素直になれる。
毎日会いたくて、頭の中はいつも伸でいっぱいなんだ。
伸に出会って、ようやく私は普通の女の子に少しだけ近づいたかもしれない。
伸とは、三日に一度、必ず電話をする事と週末には必ず会う事を約束した。
最初はその位がちょうどいい!って思っていたんだけど…
付き合い出して、一ヶ月が過ぎた頃から、
三日に一度の電話では物足りなくなっていた。
そして、週末だけ会うのにも我慢できなくなっていた。
なんなの私。
前に付き合ってた人からくる毎日の電話はうざかったのに…
束縛されるのも、大嫌いだったはずなのに…
どうしよう…
伸に毎日電話したい!
伸が私に会わない日に何をしているのか知りたい!
人を好きになるってこういう事?
こんなんぢゃ、私が振って来たの男達と同じぢゃん!
うわ〜、
まさか自分がこうなるとは考えてもみなかった。それほど、伸君を好きになってしまったんだ。
改めて実感…
そして、待ちに待った週末!がやって来た。
もう、一週間長すぎ!!
やっと週末。週末を指折り数えている自分が情けない…
「来、お待たせ!」
「伸、おっそいぃ…」
私は、待ち合わせに10分遅刻した伸に頬を膨らませた。
「ごめんな、よし、今日は海にドライブに行くぞぉ」
「海?行きたい!!」
「おお、来は単純だな、もう笑顔になってる」
「だって海に行きたいんだもん」
私は、小学生の子供のようにはしゃいだ。
もしかして、私が本当の小学生だった頃より、今の方がずっと子供らしいかも…
あの頃よりずっと感情がある。
私達は、伸君の車で海に向かった。
車を運転する伸の横顔もかっこよくて、見とれてしまう。
伸はきっと、すごくもてるんだろうな…
なんで、彼女いなかったんだろ…
今まで、どんな人と付き合ってきたんだろ…
伸を好きになればなるほど、いろんな事が知りたくなってしまう。
過去の事なんて、関係ないはずなのに…
頭では分かっていても、私の心は切なかった…
「来?どうした?」
「どうもしないよ、ちょっと、伸の横顔に見とれてただけ」
こんな事を平気で言えてしまう自分が信じられない…
「俺も来の顔、ゆっくり見たいな、一週間ぶりだから」
伸も今日会うのを楽しみにしてくれてたんだなぁって実感できた。
幸せだ…私。
「着いたよ」
伸は海に着くとすぐに車を降りて、助手席のドアを開けてくれた
「ありがとう…自分で開けるのに」
「ごめん、違うんだ…もう我慢できない」
そう言って伸は、私の腕を自分の方に引っ張り、私を抱きしめた。
「伸…びっくりするってば」
「ごめん、来に会いたくて、抱きしめたくて仕方がなかったんだ、来の事をどんどん好きになっちゃって、自分気持ち押さえらんなくなってんだ」
「伸、嬉しい。私も会いたかったから」
伸は私を力いっぱい抱きしめて、熱く激しいKissをしてくれた。
私は、伸の気持ちがすごく嬉しくて自然に涙が溢れた。 「来、ごめん、嫌だった?」
「違うの、嬉しい。伸が私をこんなに好きでいてくれる事が嬉しくて」
「来…愛してる。俺、週末だけに会うのは我慢できないんだ…会える日は毎日でも会いたい」
「私も伸に会いたくて、今日まで待つのが辛かった」
「来…」
伸はさっきより激しくKissをした。
そして、伸の息が急に荒くなると…
「来、俺、欲情した自分を押さえられない。来が欲しい。いい?」
「うん、伸とならいい」
私は、Kissだけで体が反応してしまっていた。
Hも初めてぢゃなかったけど、自分がこんなに相手を求めるのは初めてだった。
伸は、私を車に連れて行き、Kissの続きをしてくれた。
そして、私と伸は一つになった。
私は今まで以上に伸を愛おしく思えた。
大好きだよ…伸。
「来、俺ちょっと強引すぎたな…ごめんな…初めての場所が車なんて嫌だったろ、今更反省」
「ううん、大丈夫だよ、場所なんて気にしないから」
「来は、いつも、俺の全てを受け止めてくれるんだな…大人だよ俺なんかよりずっと」
「そんな事ないって。伸は思った事をきちんと口に出して言えるから、そっちの方が、すごいと思うよ」
「今日、来を抱きたいって言ったこと?俺、結構勇気振り絞ったんだけど…」
「え…、そんな感じには見えなかったな」
「断られたらどうしようって、まじ考えてたんだって」
「そうだったんだぁ…でも、それだけぢゃなくて、私も毎日伸に会いたくて、気が狂いそうだったのに、口に出して言えなかったから」
「…………」
「伸…?」
「来、俺達は付き合ってるんだから、会いたい時は会いたいって言って欲しいな…俺、自分だけが異常なほど、来を愛してるんだと思ってたからさ」
「私も伸を愛し過ぎてるみたいで怖い」
「来ってすごく冷静で、大人って感じがするから、毎日会ったり、電話したりするのって嫌なのかな?って…」
「確かに今まで付き合った人からは、毎日の電話も毎日会うのも縛られてる感じがして嫌だった」
「そっか、来の元彼も俺と同じで、来をすごく好きだったんだろ」
「私が本気で人を好きになる事ができなかったんだと思う…でも、伸に会ってから、人を好きになるって事が分かったみたい…」 「ありがとう、俺、来の事を大事にすっからな」
決めた。
もう、止めよう…
過去ばかり振り返って、生きる事に無気力な私。
人を憎むばかりで、愛せない私。
こんなつまんない自分とはもうさよならしよう…
これからは、伸と二人で、未来だけを見て行くんだ!
伸の過去も知らなくていい。
今、この幸せだけを大切にするんだ。
私は、新しい自分を見つけられた気がした。私一人じゃなく、伸と二人で未来に向かって歩いて行こう!
私はそう決めた。
それからの私は楽に生きている気がした。
親への憎しみも不思議と和らいでいた。
伸とも会える日は毎日でも会ってるし、毎日電話もした。
何気ない毎日がとっても幸せだと感じていた。
ただ、一つだけ気になっている事があるんだ。
伸と付き合い初めてから、一度も蓮斗の家に顔を出してない事。
そして、週末には必ず来ていた蓮斗からの電話も全然こなくなっていた。
あんなに、遊びに行っていたのに、彼氏ができれば、顔も出さなくなっちゃうのが辛かった。
伸に合わせてくれたのも蓮斗なのに…
私は、気がついたら蓮斗の家に向かっていた。
平日の夜に蓮斗の家に行くのは初めてだったから、蓮斗が家に居るのかも分からなかったけど、私は蓮斗に電話もしないで家に向かった。
蓮斗の車ないな…
まだ。仕事が終わらないなかな。
私は、いないと分かっていながらも、蓮斗の部屋に向かった。
「来ちゃん?」
「あれ?」
蓮斗はいなかったけど、見覚えのある人が、蓮斗の部屋で蓮斗の帰りを待っていた。
「大輔だけど…忘れた?一回顔合わせてるんだけどね」
「あ、あ、思い出した、蓮斗の部屋に人がいっぱい集まった日に、自己紹介してくれた、大輔君だよね」
正直、あの日は伸と音葉ちゃんを疑ってしまった日でもあったから、はっきりとは覚えていなかったんだけど…
「そう、大輔。蓮斗は残業みたい」
「そっか…んじゃ、また来る」
「なんか、蓮斗に伝えておくことあれば伝えるけど」
「ううん、直接話しがしたかったから、また来るね」
「来ちゃん、ちょっとだけ時間ある?」
「え?」
「ちょっと、話しておきたいことあって」
「何?時間はあるよ」
「今更、余計な話しなのかも知れないけど、陸矢の友達として黙ってらんなくて」
「陸矢の事なの?」
私は大輔君が何を言いたいのか、全然分からず、どまどっていた。
けど…大輔君は、とんでもない話しを私にした…
陸矢が私と初めて会った日から、ずっと私を好き だったって事。
伸君と音葉ちゃんの事を誤解して、一人でパニックになっていたあの日、陸矢は自分の気持ちを私に伝えるつもりでいた事。自分の事で精一杯だった私は、陸矢のそんな気持ちに気付きもしなかった。
それと…
陸矢は正直かっこいい。
その陸矢が、今まで誰とも付き合った事がないんだって。
男女問わず、いろんな年代の人に好かれる陸矢だけど、自分から誰かを好きになる事はなかった。
その陸矢が私を好きになった。そんな陸矢を見ていて、大輔君はすごく嬉しかったんだって。
小学校から陸矢と一緒にいる大輔君は、陸矢の初恋を一生懸命応援した。
その結果、告白もしないまま、終わった。
しばらくして、私と伸が付き合ってるって噂を聞いて、陸矢は大輔君に…
「来が幸せなら、俺は大丈夫…来が泣くのが一番辛いから」
と、最後まで私の事を一番に考えてくれていた。
大輔君は目に涙を浮かべながら、震える声で……
「来ちゃんが、陸矢より伸を好きになったのは、それは仕方がない事だと思う。けど、来ちゃんと伸が付き合う事で、陸矢や音葉がとても切ない思いをしていた事だけ、覚えていてもらいたい」
「…分かった」
「すごい嫌ないい方しちゃったけど、来ちゃんには幸せな恋をしてもらいたいんだ、陸矢の為にもそれが一番だから」
「うん、ありがとう大輔君」
やっぱり私は最低だ…
自分だけ、舞い上がっていたんだ。
陸矢がそんな思いをしているなんて、考えもしなかった。
自分の幸せにさ満たされて、周りにいる人の気持ちなんてさっぱり知らなかった。
私は、人の行動や話し方で、誰がどの人に好意を持っているってすぐに分かる位の鋭い勘を持っていた……はずなのに、伸が私を好きになってくれていた事にも気がつかなかった。自分の事になると全然ダメだ! ごめん。陸矢。
でも、陸矢の気持ちを知った今でも、伸に対する私の気持ちは全然わらな い。だったら、伸ととことん幸せになる事が私にできる事だよね。
陸矢、いっぱい傷つけてごめんね。
私は、伸をこんなにも愛してしまいました。
陸矢の気持ちには答えられなかったけど、こんな私を好きになってくれてありがとう…
心の中で、陸矢に今の気持ちを伝えた。
蓮斗には会えなかったけど、今日は、大輔君と話しができて良かった。
だこど、もう蓮斗の家に行くのはやめよう…
私は、急に伸の声が聞きたくなって、電話をかけた。
「来?」
「伸、会いたい…」
「どうした?」
「今、蓮斗の家に行ってきて、大輔君と話してきたんだけど、私、自分の鈍感さに腹が立っちゃった」
「陸矢の事…?」
「え、伸知ってたの?」
「来、今から飲みに行こうよ」
「飲みに?うん、別にいいけど…」
「んじゃ、すぐに迎えに行くから、待ってて」
伸、陸矢の事知ってたんだ…
伸はいつから知ってたんだろう。
十分後、伸は迎えに来てくれた。
最近、知ったんだけど、伸と私の家って、来るまで七分の距離なんだ。
伸の家には行った事ないけど、車で七分の距離に伸が住んでいると思うだけで嬉しくなる。
私って、単純。
伸は私を居酒屋に連れて行ってくれた。
ここ、何度か由那と二人で来た事がある。
由那は週末には必ずデートだから、いつも平日にここに来てたんだけど、平日でもすごい混んでるんだよね。「来?」
「え、なんでいるの?」
そこには、なんと由那が立っていた。
「職場の送別会なんだけど…、来、伸君紹介してよ」
由那は私の隣に居る伸の顔を見て、ニコニコしている。
「伸、私の親友の由那」
「初めまして、池上伸です」
「噂には聞いていたけど、伸君ってかっこいい」
「それは、ありがとう」
「あ、でも、私の彼氏の次かな…」
「それでも光栄だな」
由那と伸はあっという間に打ち解けていた。
「あ、ごめん、来、邪魔者は消えるから、ごゆっくり」
「邪魔者なんかじゃないって」
「そう?でも、私も席戻らなきゃいけないから」
そう言い残すと由那は席の方へ歩いて行った。
そして、私と伸は初めての居酒屋デートを楽しんだ。
陸矢の事に、伸は一切触れなかった。
でも、伸は私の落ち込んでいる気持ちを考えて、今日は居酒屋に連れて来てくれたんだなって…
伸の優しさが嬉しかった。
伸…
今日はいつも以上に優しい。
会話の一つ一つにさえ優しさを感じる。
陸矢の事には一切触れないけど、きちんと考えて私に接してくれてる。
そして…私は、自分がどんなにすごい人を彼氏にしたのか思い知らされた…
だって…
色んな人が伸に話しかけてくるんだもん。
男の人だけじゃなく、綺麗な女の人や、すごく年上に見える女の人まで。
でも、伸は、女の人に話しかけられても、とっても無愛想な態度だった。
女の人の話し方や話し振りを見ると、多分、親しい仲なんだと思う。
それを、なんで伸はあれほどまで無愛想な態度を取るんだろう…
とにかく伸は、皆の人気者なんだ。
男女問わず、皆に親しまれている、すごい人なんだ。
私はすぐにそう察した。
私は、周りの人との間に境界線を引いて生きてきた。
でも、伸は私のそんな生き方の逆だ。
誰とでも、仲良くなれるし、誰にでも優しくできる。そんな何かを持っている人なんだ。私は、素直に伸を尊敬した。
居酒屋に来てから、二時間後、まだ、店にいた由那に声をかけた後に私達は店を出た。
「伸はすごいね」
「何が?」
「友達が沢山いて羨ましい」
「皆が皆友達じゃないから、知り合い程度の人もいたし」
「うん、でも、それでもすごいと思って」
私は、自分に比べて、伸の友達の多さに本当にびっくりしたから、それを伝えたかっただけだったんだけど…
伸はしばらく黙ってしまった。
ふと、伸を見ると、さっきまでの優しい目をしていた伸はどこかにいってしまっていた。
「来だって、蓮斗や陸矢とあんなに仲がいいだろ。異性なのに、彼氏でもない奴とあんなに仲良くできる方がすごいと思うけど」
「蓮斗とは前からの知り合いだから」
「んじゃ、陸矢は?」
「え?何でそんな事聞くの?」
「来はただの友達としか思ってなくても、陸矢はそうは思ってない事に気付かなかった?」
「なんで…なんで伸が怒るの?」
初めて見る伸の怖い顔に私はどうしていいか分からなかった。
「俺から見ると、来の態度は蓮斗にも陸矢にも気があるように見えた」
「伸…どういう意味?」
「来の態度や行動が陸矢に期待を持たせたんじやないか」
悔しかった。
伸に私がそんな風に見られていた事がすごく頭に来た。
蓮斗や陸矢といると、楽しかった。素直に笑える場所だった。
誰とでも上手に付き合える伸には分からないんだろうな…
「正直、楽しかったよ。蓮斗や陸矢、それに直、あの人達といると嫌な事も全部忘れられたし、一緒にいるのがすごく楽だった」
「俺より先に陸矢が、来に告ってたら、来はどうした?」
伸…何言ってんの?
伸と付き合ってる事に陸矢は全然関係ないのに。
「伸、いい加減にして」
「来、ちゃんと答えてくれよ」
「私は、伸が好き。伸を初めて見た日から、伸の事しか頭にないから!伸に会うまで、自分が嫌いで仕方がなかった。家庭環境も最悪だったから、親の愛情も知らない私が、本気で誰かを愛せるなんて思っていなかったのに、伸を好きになった。それだけでダメなの?私は伸が好き。だから、これ以上そんな事言わないで」
私はそれだけを伝えたると、その場を後にした。
涙が止まらなかった。
伸が陸矢の事で、あんな事を言うなんて…
考えてもみなかった。
「来…、来、待って」
「今日はもう帰るから、伸ももう帰って」
「送るよ」
「一人で帰るから。今は一人の方がいい。一人にして!」
「来ごめん、俺、陸矢の気持ちはずっと知ってたんだ。すごく来を思ってた事に気付いていた。俺と来が付き合い出した時、陸矢から俺は、来を絶対に泣かせないでくれって言われた。泣かせたら、来は俺がもらうって」
「……もう泣いてるよ」
「ごめん、俺、いつか陸矢から、来を取られるんじゃないかってすごい不安だった」
「なんでそんな事考えるの?」
「陸矢、かっこいいし、性格いいし、誰からも好かれるから、俺に勝ち目ないんじゃないかって」
「私は陸矢より、伸の方がかっこいい、性格も好き。伸だって、誰からも好かれてるじゃん、全部勝ってるよ」
「来、ごめん、来の事をすごく好きなのに、嫌な事言ってごめん、来。ごめんな、来、愛してる」
そう言って、私を思いきり抱きしめてくれた。
「伸…いっぱい知り合いの女の人達が話しかけてくれたのにあんなに無愛想だったの?」
「来は、俺が女に声かけられるの見て嫌じゃなかった?」
「ただ、伸はすごいなって感心してた…」
「ハハハ…来はそういう所、ズレてるよなぁ、普通自分の彼氏が色んな女から声かけられてたら嫌だろ」
「え?」
「来が嫌な思いするのが嫌で、あんな無愛想な態度取ったんだけど」
「えぇ〜、私の事なら気にしないでいいから、友達以上じゃないなら遠慮しないで」
「来はヤキモチ焼かないんだな」
「そんなことないよ」
そんな事ないよ、伸。
伸に彼女がいると思った時、ヤキモチを通し越して頭がおかしくなりそうだったよ。
でも、今の伸は私の彼氏なんだもん、伸を信じる事も大切。
伸の友達まで制限しちゃいけない気がした。
この日の喧嘩から三ヶ月間、私達はささいな言い合いはあるけど、大きな喧嘩もしないで、幸せな毎日を送っていた。
伸の中学時代からの友達何人かにも合わせてもらった。
一緒に飲んだり、カラオケ行ったり…
伸の家にも何度も遊びに行った。
そして、私の21歳の誕生日もお祝いしてくれた。
特別なプレゼントはなかったけれど、とても楽しい夜をプレゼントしてくれた。ここ最近で、色んな伸を発見した。それに、私も少しは伸の彼女らしくなった気がする。
実は伸は一人暮らしだった。って言っても、アパートにじゃなくて…
伸も私と同じ、複雑な家庭環境だった。
父親は都会で、単身赴任。母親はずっと前から家出中。
お姉さんもいるけど、今は彼氏と彼氏のアパートで同棲中。
そのせいなのか、家庭料理に飢えていた。
私は、伸の為に毎日夜ご飯を作って伸の帰りを待つ生活を送っていた。
私もずっと一人でご飯を食べていたから。
両親の離婚で、父親に引き取られた私と妹。妹は高校を卒業すると同時に家を出た。
私はいつも一人で食べていたから、毎晩伸と食べるご飯は楽しかった。
いつも通り、伸と二人で楽しい食事をしていたその時、伸が真剣な顔で私に話しがあると言って箸を置いた。
「え?嘘でしょ伸」
「ごめん、来、来週出発する」
「なんで急に…」
「ごめん、でも、急じゃないんだ。いつでも行ける準備はしておけって、ずっと親方に言われていたから」
突然、伸が来週から、遠くの現場に行く事になったと言ってきた。
遠くと言っても、家から通える距離だと思ったんだけど…
全然違った。
ここから高速を使っても7時間はかかる現場。
それに、完成まで最低でも半年はかかるらしい。
私は突然の伸の言葉に頭が真っ白になった。
これって遠距離恋愛になるって事だよね。
そんな事、考えてもみなかった。
「来?離れても俺の気持ちは変わらないからな」
「嫌だよ。伸と離れるなんてできないよ」
「来、ごめんな。でも、早ければ半年で帰ってこれるから、待ってて欲しいんだ」
「半年なんて長すぎる。私に遠距離恋愛なんて無理だよ」
「無理だって言われても仕事なんだから、分かってくれよ」
「ごめん、伸、少し考えさせて」
私は伸の部屋を飛び出した。
考えるって何を考えるんだろ…
伸と別れる事?それとも仕事と私どっちが大事なの?なんて、そんな馬鹿な事言うつもり?
考えたって、答えは同じだよ。
私は、伸とは別れられない。もう、好きとか嫌いとか、そんな言葉で片付けられないほど、私にとって伸はかけがえのない人になってしまっているんだから。結局、考えても考えなくても答えは同じなんだ。
伸とは別れたくない。このまま、伸が行ってまったら私達は終わってしまう。
伸が待ってて欲しいって言うんなら、待つしかないんだ。
伸を信じて待つしかないんだよ…
夜、伸から電話が来た。
「来、今日はごめんな。でも、遠距離になるなら別れるとか馬鹿な事考えないでくれよ」
「少し考えた…」
「来、本気で言ってるのか」
「でも、無理だった。私は伸と別れたくない。だから、待ってる」
「来、ありがとな」
「浮気したら許さないからね」
「しないって。現場、山の上だし…それに、来以外の人は興味ない」
「その言葉、信じて待ってる」
それから、出発の日まで毎日会った。
いっぱい伸と愛を確かめあった。
そして、伸は出発した。
伸は私と離れてしまう事に不安はあっても、見知らぬ土地で、大きな仕事をやれる事がすごく楽しみなんだと思う。
私の前でそんな事は口に出さなかったけど、顔を見てれば分かった。
なんで私と離れてしまうのに、伸は少しも寂しそうな顔をしないんだろうと最初は考えた。
でも、すぐに思った。
伸は、大工という仕事が大好きなんだ。初めて向かう大きな現場を目の前にして楽しみで仕方がないんだ。
離れてしまうのはとても寂しかったけど、仕事に一生懸命な伸を誇らしく思った。
でも、誇らしく思う一方で、私には伸の他に何もない事を思い知らされた感じがした。
伸と離れてしまった今、私には何が残る?
伸が帰って来るまで、指を数えて待ってるしかないの?
あ〜ダメだ!これじゃ、少し前の嫌な自分に戻ってしまいそう。
何か見つけなきゃ。伸が帰ってくるまで、打ち込める何かを探したい。
中身が空っぽの、伸に会う前の自分には戻りたくない。戻っちゃいけないんだ。
でも、何か見つけるって言っても、今まで、夢も目標もやりたい事も、何もなかった私が、突然探したところで見つかるはずがないんだ
結局、何も前に進めないまま一週間が過ぎてしまった。
伸と離れて一週間。伸からの連絡は一度もない。
伸と付き合ってから、一週間も音沙汰がないのは初めてだった。
私から電話をしても、伸は電話に出てくれない。
着信があれば、いつもは必ず電話をくれたのに…
私は不安で不安で何も手に付かなかった。
まだ、一週間しかたってないのに、こんなんでこの先どうなるんだろ。
電話もメールもこないまま十日が過ぎた。
この頃から、私に少し変化があった。
毎日毎日、伸の電話を待つ生活がいい加減嫌になっていた。
バイトを始めよう。
私は、伸を待つだけの毎日にピリオドを打った。
バイトをしてお金を貯めようと決めた。将来の為に…なんて言ったら大げさだけど、伸との未来を夢見て、時間がある今、少しでもお金を貯めようと決めた。
だけど…
バイトを探すのは案外難しかったりする。
会社に見つからない、短時間のバイトって何があるんだろ?バイトをすると決めたものの、何をしていいか分からない。
私は、会社の二つ下の美果ちゃんが会社に内緒でバイトをしているのを思い出して、美果ちゃんに電話をしてみた。
コンパニオン…かぁ。
私にできるかな。
美果ちゃんは、半年前からコンパニオンのバイトをしてるんだって。
時給も高いし、週末だけのバイトでもいいみただった。それから、派遣される場所はほとんどが旅館や温泉街。
今まで会社の人に会った事はないって。
伸が帰ってくるまで、やってみようか…
でも、伸が反対するのは目に見えてる。
「なんで、そんなバイトすんの?」
伸は絶対にそう言うと思う。
喧嘩の種を作るだけかなぁ…
伸に反対されるのを分かっていながら、それでもコンパニオンをするべきなのか正直迷った。
でも、私はお酒は強い方だし、自分がしっかりしていれば大丈夫だという自信もあった。
伸が帰ってくるまで!
やってみよう…
私は、伸に報告するために電話を鳴らした。
けど、やっぱり伸は出なかった。
次の日、私は美果ちゃんにバイト先の事務所まで連れていってもらって面接をした。
心の中で、伸に怒られるだろうなぁと思いながらも、やるからにはきちんとやらなきゃいけないと腹は決まっていた。
そして…
なんと、なんと…今日からやってもらえないかと言われてしまった。
美果ちゃんが私の指導係で同じ宴会に出てくれるというんだけど…
そんないきなり出来るのぉって感じなんだけど。
私は、何がなんだかよく分からないまま、着替えをさせられて、宴会場に向かっていた。
美果ちゃんはもう、昼間の美果ちゃんは何処にいったのぉって感じ。
超、テンション上がってる…
そして、いよいよ、初バイトが始まった。
疲れた…
体が疲れたってんじゃなくって、なんか気付かれした感じ。
私の初バイトの二時間はあっという間に終わってしまった。
でも、意外…
結構楽しかったかも。
人付き合いが苦手な私なのに…
オヤジ達の酒飲みの相手ができるなんて自分でもビックリする。
意外と普通にバイトをこなせていた。
そして、ふと携帯を見ると ゛着信あり゛
伸?まさかね…
ずっとかかってこなかったのに、今日に限って電話がくるなんて事ないって。
私は、自分の目を疑ってしまった。
伸…。
本当に伸からの電話だ。
私の事なんて、忘れているんだと思ってたのに。私はすぐにかけ直す事ができずに戸惑っていた。
バイトをしているもそうだけど、伸が今まで電話をくれなかった理由を聞くのが怖かった。
私はしばらく携帯電話と睨めっこをしていた。
頭の中で色んな事がを考えてしまう。
伸の声が聞きたいのに…
やっと、伸と話しができるのに…
怖い…
でも、このままじゃいけない。
私は思い切って、伸にかけ直した。
「来?」
「伸…久しぶり」
「ごめん、ずっと電話しなくて…」
「今日はどうしたの?私から何度かけても出てくれないのに…」
「来…ごめん、今日はこっちに来て初めての休みなんだ、ゆっくり時間できたから来の声聞きたくて
「へぇ…私は毎日伸の声聞きたいのに。私は伸と話しがしたくて、頭がおかしくなりそうだったのに」
「ごめん」
「でも、もういいよ」
「もう、いいってどういう意味だよ」
「伸が帰ってくるまで、バイトに打ち込むから。
毎日、伸の事ばかり考えて何も手につかない自分が嫌だから」
「何のバイト?」
「コンパニオン」
「………」
「怒るよね?でも、伸に相談しようと思って電話したけど、伸はいつも出てくれなかった」
「何でコンパニオンなんだよ。バイトなら他にもあるだろ」
「もう、決めたの」
「俺は嫌だよ。自分の彼女がコンパニオンなんて普通嫌だろ。考えれば分かりそうだけど」
「ごめん、今日はもう切る」
久しぶりの電話なのに、喧嘩しちゃった…
なんで今まで、電話をくれなかったのか、聞けなかった。
こんなんで、私達やっていけるのかな?
どんどん不安になっていく。
次の日もその次の日も、毎日伸から電話がきた。
伸は毎日、バイトを辞めろと言う。
どうして、今になって毎日電話をかけてくるのかと聞いてみると…
なんか、がっかりした。
毎日、7時まで仕事をして、それから、決まってお酒飲みになるらしい。
途中で、自分だけ彼女に電話をかける為に抜ける事ができなかった…
そんな事が理由??
私が、毎日伸からの電話を待っていた時、伸は楽しくお酒を飲んでたんだね。
私の事なんて気にかけてなかったんだと思うと、すごく腹がたった。それからも、毎日電話は来た。
でも、喧嘩ばかりの電話に私はもううんざりだった。
だけど……
自分でも信じられないんだけど…
それでも、伸以外の人に目は行かなかった。
バイト先の友達に誘われて、男の人と飲みに行っても、必ず伸と比べてしまう。
喧嘩しても、離れていても、私は伸以外の男の人には一切興味がなかった。
なんとなく、気まずいまま一ヶ月も過ぎてしまっていた。
遠距離恋愛って、想像以上に難しい。
一緒にいれば、喧嘩なんてめったにしないのに、離れているとささいな事ですぐに喧嘩になる。
不安になって、余計につっかかる。
謝るタイミングが分からなくて、なんとなく気まずいまま、時が過ぎてしまう。
私達の遠距離恋愛は、こんなのの繰り返し…
あ〜あ、いつまで続くんだろ、こんな生活。
伸が帰ってくるまで、私達、続くんだろうか。
ふと、そんな事を考えてしまう。
伸は短くても半年はかかる現場だと言っていたけど、それ以上に長引く可能性もあるって事………
考えるとどんどん不安になって、悪い方、悪い方へと考えてしまう。
今まで、週末だけだったバイトを平日にも入れてもらった。
毎日、伸の事を考えて落ち込んでいても仕方がない。
私は、バイトに打ち込んだ。
伸の事を考える時間なんかないくらいに、働こうと思っんだ。
バイトの入っていない日は、由那や直の家に遊びに行ったり、飲みに行って、自分なりに忙しい生活を送った。
「来さん、今日、飲みに行きませんか?」
「え?飲みにって今から行くの?」
「まだ、22時ですよ!行きましょうよ!明日、休みなんですし」
「まぁ、いいか…」
バイトが終わって、事務所に戻ると、美果ちゃんが私を待っていた。
美果ちゃんとは、初めて飲みに行くから、ちょっとドキドキだったりするんだけどねぇ…
私達は、事務所の近くの居酒屋で飲む事にした。
「お疲れ様でぇ〜すぅ!乾杯!」
「お疲れ様」
「来さん、テンション低すぎ。楽しく飲みましょうよ」
こんな楽しそうにはしゃいでいる美果ちゃんを見ると、会社での、あの真面目な働きぶりが嘘みたいに感じてしまうんだよね。
美果ちゃんは、色んな人と色んな付き合い方が出来る器用な人。
相手の性格に、きちんと合わせられるんだ。
私とは大違い。
でも、美果ちゃんは彼氏を作らない。理由は聞いた事ないんだけど…
私の知っているる限り、会社に入社してから、つまり、社会人になってからは誰とも付き合ってない。
美果ちゃんは、高校卒業後にすぐうちの会社に入社したから、二年間は誰とも付き合っていない事になる。
それに、男友達はたくさんいるみたいだけど、自分からは一切電話はかけないんだよね…
まぁ、自分から電話をかけなくても、いっぱい電話がかかってくるみたいだけど…
美果ちゃんは可愛いのに彼氏を作らないから、皆が狙ってるんだと思う。
「来さん、来さん!何私の顔に見とれてるんですか!飲みますよ」
「あ、ごめん…美果ちゃん可愛いなって、見とれてた」
「そんな事言っても、おごりませんよ」
「分かってるって!よ〜し、今日は飲むぞぉ」
私は、美果ちゃんと飲んでる時間がとても楽しかった。
伸の事も忘れて、心の底から笑えてる気がする。
いつも、頭のどこかに伸がいたから…
「来さん、なんかようやく、ちゃんと笑ってくれましたね」
「え?」
「最近の来さんって、すんごくムスッとして、怖かったですよ…それに、老けて見えたし…」
「えっっ、老けて見えてたの」
「はい、来さんの眉間にシワよってました」
「嘘でしょ、美果ちゃん 嫌だよ」
「まぁ、笑ってくれたから、少し若返った気がします」
そう言って、美果ちゃんは微笑んだ。
今日、私を飲みに誘ってくれたのは、美果ちゃんなりの優しさだったんだな。元気のない私を見兼ねてさそってくれたんだよね。
ありがと…美果ちゃん。
「来?」
「蓮斗!!」
突然、蓮斗が私の目の前に現れた。
久々の蓮斗。
「何?女二人で寂しく飲んでるの?」
「失礼な奴!女二人で楽しく飲んでるんだけど」
「そっか、そりゃ失礼」
「蓮斗、一人?なわけないか」
「今、直と陸矢と大輔が来る。俺、場所取り」
陸矢も来るんだ…
なんか、会いづらい…
「来さん、紹介して下さいよ」
「あ、ごめん、ごめん、こいつ蓮斗」
「初めまして、来の親友の蓮斗です…っていっても、来の奴、彼氏ができたら全然相手してくれないんだけどさ」
「美果です。来さんと同じ会社で働いています」
あんなにいつも一緒にいた蓮斗。
伸と付き合い始めてからは、陸矢の事もあって、連絡も取らなくなっていた。
それでも、今日の蓮斗はいつもの蓮斗。
この、普通に今までと同じように接してくれる事が、すごく嬉しかった。
「直!こっち、こっち!来と会っちゃったよ」
直、陸矢、大輔君がびっくりした顔でこっちにくる。
「来、久しぶりだな、元気だったか」
え、陸矢が普通に声をかけてくれた。
会いづらいとか、そんな事を考えてなんとなく、陸矢達を避けていた自分が頭に来た。
「陸矢、久しぶり!元気してたよ」
直と大輔君とも、少し話した後、美果ちゃんが
「一緒に飲みましょう」
と言った事で、私達は思いがけず六人で飲む事になった。
飲んでる最中にも、私は美果ちゃんってすごいなぁとただ感心してた。
私以外、全員と初対面なのに、もう馴染んでる。
美果ちゃんって、本当に可愛いから、男達が話しをしたがるのはよく分かるんだけど…
直とも仲良く話してる。
ずっと前からの友達のように…
でも、美果ちゃんが場を盛り上げてくれたおかげで、本当に楽しい飲み会になった感じ。
それから、私達は二時間騒いで、解散した。
そして、店を出ると私は陸矢に止められた。
「来、ちょっと話したいんだけどいい?」
「え、でも、美果ちゃんいるから…」
「何言ってるんですか、私は一人で帰りますから気にしないで下さいよ」
「ごめん、美果ちゃん」
美果ちゃん、ごめんね。
美果ちゃん、ありがとうね。
陸矢と私は、二人で近くの公園に入った。
「来、大輔が変な事言ったらしいな…」
「うん、びっくりした」
「びっくりさせてごめんな」
「ううん、私こそ全然気付かなくてごめん」
「何、謝ってんだよ、それより、美果ちゃんが、最近、来が元気ないって心配してたぞ」
「そんな事ないって」
「なんで、バイトなんかしてるの?伸は知ってるのか?」
バイトの事、美果ちゃんから聞いたんだ…
あんまり知られたくなかったかも。
「伸には言った…」
「来、もしかして、伸とうまくいってない?」
伸とは、最近ぎくしゃくした状態で喧嘩ばかりしてるけど、陸矢には言えないよ。そんな事絶対に言えない。
「大丈夫だよ」
「来に遠距離恋愛なんてできるのか?」
「なんとかできてるから安心して」
「来のそんな顔見て安心できるかよ」
「え?」
「ちゃんと寝てるのか?ちゃんと飯食べてるか」
「大丈夫だよ、陸矢」
そういえば、最近、少し痩せたのかも…
それに、夜もあまり眠れてないんだよね。
なんで、そんな事にまで陸矢は気がつくんだろ…
「来…、伸じゃなきゃだめなのか…俺じゃ伸に勝てないのか」
「陸矢…」
「俺は来にこんな思いさせない、伸より来を愛してる自信もある…俺じゃだめか?」
「陸矢、ありがとう。でも、伸とうまくいってないから、陸矢と…なんてできない」
「俺はかまわないよ」
「陸矢、どうしてこんな私の事をそんなに思ってくれるの?」
「好きになるのに、理由なんてないだろ。俺は、始めて会った日からずっと来が好きだから」
そう言って私を抱きしめてくれた。
このまま、陸矢を受け入れたら、私は幸せにしてもらえるかも知れない。
でも、私が陸矢を幸せにはできないんだ。
離れていても、喧嘩をしても、どうしても伸が好きなんだから。
「陸矢、ごめん。どんなに離れていても、連絡がこなくても、私は伸が好き。伸の帰りを信じて待つしかないんだ」
「来も、相当、伸の事が好きなんだな!その気持ち、俺にはよく分かるから…ただ、いつでも俺は来の味方だからな」
「ありがとう、陸矢」
陸矢の優しさを無駄にしない為にも…自分の為にも…
このままじゃいけない!
私は伸に電話をかけようと携帯電話を持った。
えっ、えっ、ヤバイ!!
着信あり…
しかも、十回近くあるよぉ…
全部、伸だ。
私、バイトの時から、マナーモードにしたままだよ。
うわぁ〜、絶対怒られるって…
でも、このまま、シカトする訳にもいかないし…
私は、恐る恐る伸に電話をしてみた。
「もしもし」
ヤバイ、絶対この声怒ってる。
「ごめん…伸、電話マナーモードにしてて気がつかなかった」
「良かった…こんな時間までつかならないから、なんかあったと思った」
あれ?もっと怒鳴られるかと思った…
「ごめん…伸」
伸がこんなに心配してくれている中、私は皆でお酒を飲んでいました。とは絶対に言えない。
「来のバイトがバイトだから、遅い時間まで電話が繋がらないと不安で心配になる」
「ごめん…気をつける」
「まぁ、無事ならいいんだ。来、来週休み取れたから、週末だけだけど帰れるから」
「本当?」
「うん、早く来に会いたいよ」
「良かった…」
「俺も良かった…」
今までは、会話にまでなんとなく距離のあった二人。
でも、今日は違って感じた。
会える喜びからなのか、普通に話せてる。
会える事も勿論嬉しいけど、普通に話しができた事がすごく、すごく嬉しかった。ずっと、喧嘩を繰り返してきたから。
伸に会える。
そう考えると、今まで、伸が連絡をくれなかった事、バイトを辞めろといつも言われていた事。
そんなのは、もうどうでもいい事のようにさえ思えた。
その日から、私の頭は伸一色だった。
三日間しか会えないけれど、今の私には、少しの時間でも伸といられる事が楽しみで仕方がなかった
改めて思い知らされる伸への想い。
伸が帰って来る三日間はバイトを全て断ったし、準備万端!
早く帰って来てぇぇ…伸
「来、ただいま」
「伸…帰ってくるのは明日じゃなかった?」
「そう。でも、雨降って現場に出れないから、一日早く休みもらえた」
「嘘…伸!嬉しい」
私は嬉しさを押さえられず、思いきり伸に飛び付いた。
なんの、予告もなしに、一日早く私の家に迎えに来てくれたけど、私は伸の家に持っていくお泊り道具の準備は完璧だったりする。
「来、腹減った。なんか作ってよ」
「うん、伸の家に行ったら作るから、行こう」
「その前にいい?」
「うん…」
伸がKissを求めていたのはすぐ分かった。
私は自分から伸にKissをした。
自分でも驚くほどの激しいKissを…
私は久しぶりに触れる伸の唇に幸せを感じた。
「来、続きは俺んちでしようっか」
「我慢できるかなぁ…」
私は、ちょっとすねてみた。
伸の家に着くと、伸は…
「来、腹減った」
と私に抱き着いて来た。
「今、作るからちょっと待っててくれる?」
「ダメ、待てない」
そういって、私にKissをした。
「伸…」
「先に、来を食べる」
伸の指が私の体に触れるたびに、私の体は反応した。
すごい…
体も心もこんなに伸を求めてる。
伸の激しい息使いを聞きながら、私はすぐに頂点に達してしまった。
「来、嫌な思いいっぱいさせてごめんな」
「私もごめんなさい」
「帰って来るまでもう少しかかるけど、俺を信じて待っててくれ」
「うん、ちゃんと待ってるから」
四日間、トイレに行く時以外は、ずっと伸にくっついていた。
でも、四日間なんてあっという間に過ぎてしまった…
寂しくて泣きそうになってしまう。
「来、お願いがあるんだけど…」
「何?」
「バイトが終わったら、俺に電話かメール入れてくれる?何時でもいいから」
「いいけど…」
「ごめんな、俺心配性だから」
「分かった。伸が帰って来たら辞めるから」
「うん、もう少しだけ待っててな」
伸は行ってしまった…
寂しい。
ずっと一人に慣れていたはずなのに、一人でいる事が、すごく楽だったのに…
ダメだ。
寂しくて、苦しくて…
胸が痛い。
でも、離れていた事で距離ができてしまった二人の関係が、修復された気がする。
お互いの存在の大切さを改めて実感できた。
伸は、また行ってしまったけど、私達はもう大丈夫。
そんな自信も持てた。
それからの私達は、一度も喧嘩をしていない。
伸も、バイトを辞めて欲しいと言わなくなった。
なんでだろう…
伸が帰って来てくれた日以来、前に比べてお互いを信じ合える様になった気がする。
それからの三ヶ月は、多少の寂しさはあったけれど、不安になる事は全然なかった。
でも、伸にばかり夢中になって、幸せの絶頂にいた私を神様は許してくれなかったみたい…
小さな会社を経営していた父親の会社が倒産……した。
なんで…
今まで、親に何かを買って欲しいと言った事もないし、高校生になっても、お小遣さえももらった事がない。
うちの親にお金の余裕がないのはずっと前から知ってた。
だから、高校一年生の頃から、お小遣欲しさにバイトをした。
お金の面だけは、親を困らせなかったはず…なのになんで…
今まで、親には振り回されっぱなし…
また、私は近所の噂の的になるんだ…
やってらんない…
それからの毎日は、本当に最悪だった。
毎日のように、父親を探している人達が家にくるし、電話も電気も水道も全部止められた。
肝心の父親は帰ってこない。今、何処にいるかも全然からない。
娘を一人置いて、父親は何処かに雲隠れ…
私は、怒りで頭がおかしくなりそうだった。
悔しくて、涙が溢れてくる。
私は、親に愛されていないんだ…
改めて感じさせられた。
平気で、離婚や再婚をする父親。
再婚して間もなく新しい母親は家を出た。
親に甘える事も知らずに今まで生きてきた。
それでも、最近は自分でも驚く位、普通の人並の感情も持てるようになってきたのに…
神様は、また、私を見放すんだね…
こんな状態の中、父親が家に帰ってこない事が私には理解できなかった。
それでも、心の奥底で、もしかしたら、寝る間も惜しんで金作に走り回っているのかも知れない…
ほんの少しだけそう信じたいと願う自分もいた。
でも、そんな私の願いは一瞬で打ち砕かれてしまった。
「来…」
「由那どうした?」
夜中に由那から電話がかかって来た。
「私、来のお父さん見つけたかも…」
「え!何処で見た?由那教えて!」
「…今、会社の人達と飲んでるんだけど………。
来のお父さん、ここで飲んでる」
私は、その瞬間頭に思いきり血が上ってしまっていた。
由那に場所を聞くと、無我夢中で、その場に向かった。
一瞬でも、寝る間も惜しんで、金作に走っていると思った自分が馬鹿だった。
私は飲み屋に着くと、父親を探しだし、思いきり殴り飛ばした。
でも、私の怒りは…こんなものでは納まらなかった。
なんで?どうして、今の状況で酒なんか飲んでられるの?
「酒飲む金なんて、今のあんたにないだろ」
私は怒りで震えていた。
「酒でも飲まなきゃ、やってらんねぇんだよ!」
その父親の一言に私は爆発した。
私は、気がつくと、カウンターにあった包丁を右手に持っていた。
「来!馬鹿なことしないでよ!!」
遠くで、由那の震えた声がする。
ごめん…由那。
その瞬間、店の店員に押さえられてしまった。
刺せなかったんだ…。
我に返ると、両腕を警察の人に掴まれて、パトカーに載せられいた。
警察に着いて、色々話しを聞かれると、自分がとんでもない事をしようとしたんだ…
そう気付かされた。
未遂に終わったけど、店の人が止めてくれなかったら…
私は確実に、父親を刺していた。
未成年じゃないし、私はいつまで、ここにいなきゃいけないんだろう…
伸が帰って来るまで、出れるのかなぁ…
由那、怒ってるだろうなぁ…
直や蓮斗も、陸矢も皆心配するだろうなぁ…
私は当分ここを出れないと覚悟していた。
でも…
以外に早く出してもらえて………
帰り際に警察の人に
「お前はいい友達いるんだな。毎日、お前を外で待ってる友達がいるぞ」
そう言われた。
由那だ。
私は、涙が溢れてどうする事もできなかった。
由那…
こんなどうしようもない私を毎日毎日待っててくれたんだ。
由那の目の前で、あんな事したのに…
それでも、私を心配してくれるんだ。
由那、ごめんね。ありがとう。
私は、溢れてくる涙を必死にこらえて外に出た。
「来……」
「由那、ごめん」
その瞬間、由那の右手が私の頬に思いきり飛んできた。
痛いよ…痛いよ由那。
「来、何やってんの!」
「ごめん…」
「来が、今まで両親にどれだけ嫌な思いさせられたかは知ってるけど、お父さんを刺してどうするつもりだったの?」
「……」
「来、やっと幸せをつかんだのに、自分からその幸せを壊すつもり?お父さんを刺したら、一生、それを背負って行かなきゃいけないんだよ」
「……」
「来!!目覚ましてよ!やっと、来の笑った顔が見れる様になって、私はすごく嬉しかったのに、あんなに憎んでいたお父さんの為に、幸せ壊さないで…来…お願い……」
由那はそれだけ言うと泣き崩れた。
由那…
私の為に泣いてくれる友達がいる。
間違った事をしてしまった時、本気で叱ってくれる友達がいる。
私、親には恵まれなかったけど、友達には恵まれてるよね。
「由那、ごめんね…今はすごく反省してる。もう二度とあんな馬鹿な事しないから」
「約束だよ。次あんな事したら、許さないよ」
「うん、分かってる」
由那ありがと。
「送るから…」
由那は車で家に送ってくれた。
何これ…
私は自分の家に着くと硬直した。
酷い…
玄関のドアに
”人殺し””金返せ”そんな貼紙が数え切れないほど貼られていた。
”人殺し”って私の事だよね?
"金返せ”これは父親に来た借金取りかな…
こんな事って本当にあるんだ…
玄関にこんな貼紙するなんて、テレビの世界だと思ってたよ。
涙が止まらなかった。
伸と出会ってから、良く泣いてるなぁ私。
今までの私なら、こんな事で絶対に泣かなかったのに…
「ごめんね、由那。なんか涙が止まらない」
「当たり前だよ。こんな事するなんて…ひど過ぎる」
「なんか最近泣いてばっかり」
「それが普通なんだよ。悲しい時は思いきり泣けばいいし、笑いたい時は大口開けて笑えばいい。今までの来は、こんな簡単な事が出来なかったんだよ」
「そっか…これでやっと普通の人になれたんだ」
「そう、そう」
由那はそのまま車を走らせた。
「何処行くの?」
「だって、あれじゃ、家には戻れないでしょ。近所の噂に来が潰されちゃう…」
「でも…行くとこないからいいよ。私、負けないから」
「しばらく私の家にいればいいよ」
「それはできない…」
「どうして?」
「由那にこれ以上迷惑かけられないし…私を泊めるって言えば由那の親は絶対反対するよ」
「大丈夫きちんと話しすれば分かってくれる」
由那は、家に着くと私を一人車に残して、親に事情を話しに行った。
なんか私、由那に頼ってばっかりだ…
「来、家入ろ!」
「えっ、いいの?」
「勿論、きちんと分かってくれたから…」
「ありがとう、由那」
そして、私は普通の家族の温かい食卓を初めて経験した。
由那の両親は、こんな私を快く迎えてくれた。
楽しかった…
こんなに楽しいんだね。
家族での食事って。
私の家は、顔を合わせれば喧嘩ばかりだったから、こんなに楽しい食事は初めてだった。
その夜は久しぶりに、ゆっくり眠れた。
私は、今まで、一人で生きて来た気でいたけど、それは違う…
困った時に、家族の力を借りる事はなかったけれど、友達には頼ってばかり…
人は一人では生きられないんだね。
今日、それが分かった気がした。
それから、私は会社を退職した…
バイトも辞めた。
辞めさせられたんだけどね。
伸とも、ずっと話してない…
私が父親を刺そうとした日から、皆が私から離れていく様な気がする。
由那と由那の家族は別としても、一歩外に出ると皆が自分の噂をしているようにさえ感じる。
伸からは、毎晩着信があるけれど…
怖くて出れない…
逃げてるだけなんだけどね。
伸、どう思ってるかな?
未遂とは言え、父親を刺そうとした私と、今まで通り付き合ってくれる?
不安ばかりが過ぎってしまう。
でも、いつまでも逃げてる訳には行かないよね。
きちんと、伸と話しをしなきゃいけない。
自分が犯した現実から、目を背けてばかりじゃいけないよね。
その夜、勇気を出して、伸に電話をかけた。
「来?」
「伸、電話出なくてごめんね」
「来、辛かったな…隣にいてやれなくて…ごめんな…来」
「伸…」
私は、また泣いた。
「来、俺、もうすぐ帰れそうなんだ。だから、もうちょっとだけ待っててな」
「え?帰れるって、もう現場終わり?って事?」
「うん、やっと…これでずっと来と一緒にいられるから」
ずっと一緒にいられるから…
そう言ってくれた。
別れなくていいんだね。伸…
ありがとう…
伸がもうすぐ帰ってくる事で、弱っていた私の心がどんどん元気になっていく。
すごいね。
やっぱり、伸の存在は大きいよ。
私は、自分の家に帰る決断をした。
お世話になった由那の両親と由那へ感謝の気持ちを込めて、夜ご飯を作って食べてもらったら、凄く喜んでもらえて…
「来ちゃんは、由那と違って、いつでもお嫁に行けるね」
そう、お母さんにに言ってもらった。
そして、帰り際に…
「来ちゃん、嫌な事があったら、いつでも来なさい…また、一緒にご飯食べような」
お父さんがそう言ってくれた。
ありがとう。
由那と由那の両親にも、いっぱいいっぱい元気をもらったね。
それに、家族っていいなって、思わせてくれた。
感謝感謝だよ!!
私は、覚悟を決めて自分の家に戻った。
予想通り、近所のおばちゃん達に白い目で見られたけど、不思議と冷静でいられた。
こそこそと私の話しをしているおばちゃん達に…
「ご心配かけました〜」
と笑顔で話しかけた。
おばちゃん達、かなりびっくりしてたな。
でかしたぞ!来!!
って、感じ。
私は、なんとか父親の事を吹っ切って、伸の帰りを待っていた。
そして、いよいよ今日、伸が帰って来る。
長い長い半年だった。
色々あった半年だけど、伸が半年で帰って来てくれて良かった。
朝から落ち着かない…
久しぶりの伸。
これからは、ずっと一緒にいれる。
早く会いたくて、会いたくて待ち切れないよ。
伸……
私は待ち切れなくて、伸の家の前まで来てしまった。
なんだか、こういうのって、ストーカーっぽいよね??
自分の彼氏だから、ストーカーじゃないよ!
「来!」
伸…
「おかえり!」
「どうして、ここにいるんだ?来の家で待っててくれて良かったのに…」
「うん、待ち切れなくて来ちゃった」
伸はびっくりしていたけど、すぐに優しい顔で微笑んでくれた。
「ありがと…来」
もう離れなくていいんだね。ずっと、ずっと一緒にいられるんだね伸…
私達は、話しが尽きなかった。
いっぱい、いっぱい話しをした。
伸と一緒にいられるだけで幸せだなと感じる。
伸…
あなたは私にとって、もう手放す事のできない、とても大きな存在になってしまいました。
大好きだよ。伸…
私は突然伸に抱き着いてしまった。
「来?」
「ごめんね。少しだけこうしてていい?」
「うん…来、そのままでいいから話し聞いて」
「何?」
「一緒に暮らさないか」
「え?」
「一緒に住もう。俺、今回の現場に行って、少しだけど仕事に自信が持てるようになったんだ。今なら、来も仕事も両立できる気がするんだ」
「本当?」
「うん、前から、一緒住みたかったんだけど、今の自分じゃ、まだダメだと思って我慢してた」
「嬉しい…伸。私もきちんと仕事見つけて頑張るね」
「来は、色々あったからゆっくりでいいからな」
伸がそんな事を考えていたなんて…嬉しかった。
私達は次の日から一緒に暮らし始めた。
何もかもが新鮮だった。
朝は掃除をして、日中は仕事を探しに行き、夕方から食事の準備。
私には十分過ぎるほど、充実した毎日だった。
伸は、たまに友達や職場の人と飲みに行くけど、それ以外は、仕事が終わると真っすぐ家に帰って来てくれた。
まるで新婚生活のような楽しい生活。
大好きな人といつも一緒にいられる事が本当に幸せだった。
そんな楽しい生活も一ヶ月を過ぎた頃、私は面接に合格し、就職が決まった。
前のような事務の仕事はもう無理だろうと諦めていたけど、落ちるのを覚悟の上で、建設会社の事務を受けた…んだけど、見事!合格!!
幸にも、私はパソコンを使いこなせた。
前の会社で、一から教えてもらったから…
パソコンを使いこなせる人じゃないと仕事にならないって事だったから、合格したのかな…
仕事が決まって、なんだかとてもゆっくりした。
なんとなく、伸に悪いなって思ってたから…
だけど、今の私は、仕事が決まったからと言って、喜んでばかりもいられないんだよね。
最近、気になる事があって。
私の思い過ごしならいいんだけど。
毎日、夜中に伸の電話が鳴るんだ。
伸は寝てて出ないんだけど。
すごい嫌な予感がして仕方がない。
もしかして、この電話は女?そう思ってしまう。
それでも、伸はいつも通り優しいし、私を嫌ったり避けたりする様子もないから、気のせいだ!そう自分に言い聞かせていた。
だけど…
それは、全然気のせいじゃなかった。
由那からの一本の電話で伸が浮気をしているという事実を知らされた。
「来、今から言う事間違ってたらごめん。でも、どうしてもだまってられなくて…」
「どうしたの?」
「昨日、居酒屋で伸君見たんだけど…女の人と一緒にいた」
「………」
「友達もいっぱいいたから、二人きりじゃなかったけど…でも、ちょっと親密な感じだった」
「そっか」
「そっかって、来、もしかして知ってたの?」
「なんとなくね、確信がなかっまし、認めるのも怖い気がしてたけど、これではっきりしたね…」
「どうするの?」
「伸に聞いてみるから」
「隠すに決まってるよ」
「そうかな、もう少しだけ伸を信じてみる」
「来…分かった」
「由那、教えてくれてありがと」
伸…
本当に浮気してるの?
もう、私じゃなく違う人を好きになってしまったの?
どうして…
私達、半年間もの遠距離 を乗り越えて、やっと一緒にいられるようになったのに、どうして??
これから先には、幸せだけが待っているはずなのに…
初めて伸に怒りを感じていた。
きちんと伸に確認しなきゃいけない…
私は伸話しがあるから、仕事が終わったらすぐに帰って来て欲しいとメールを打った。
伸の口から、事実を確かめるまでは、信じよう。
もしかして、何かの間違いかも知れない…
二時間後、伸は帰って来た。
「来…どうした?」
「伸、いつも夜中に電話かけてくる人誰?もう、他の人を好きになっちゃった?」
「突然何?」
「由那から、伸君が浮気してない?って電話が来た。私も夜中の電話の事が気になってたから…」
「来が言う浮気ってどこからが浮気?」
「思い当たる事、あるんだ」
「職場の皆と飲みに行った時に仲良くなった人はいる。でも、二人で飲んでた訳じゃないし…これって浮気なの?」
「夜中に電話かけてくる人もその人?」
「うん」
「電話番号交換したんだね」
「ごめん…」
「伸は私とその人、どっちが好き?」
「来に決まってる」
分かんない。
なんで、私を好きだと言いながら、他の人に電話番号教えるんだろ。
私に隠れて、電話してるんだろうね。
「私と付き合ってる事はその人、知ってるの?」
「知らない…言ってないから。ただ、仲良くしてるだけで、恋愛感情はお互いないから」
そんな訳ないじゃん。
伸の事が気になるから、いつも電話かけてくるんだよ。
伸だって………
「ごめん、伸。私、伸の事、信じ過ぎてたみたいだね。これを浮気と伸が思わないなら、私はもう無理だよ」
「何言ってるんだよ来、こんなんで別れる気なのかよ!」
「こんなんで?これからも伸は平気でこういう事するんだろうね、私にばれない様に、深い関係にならない程度に他の女の人と遊ぶんでしょ」
「来、お前が心配する様な関係じゃないって」
「じゃあ、その人に聞いてみていい?名前教えてよ」
「…佐伯美果」
え!?今、なんて言ったの?
美果ちゃん…なの?
なんで、なんで、よりによって美果ちゃん?
「その人何歳?」
「俺の一つ下」
間違いない…
美果ちゃんだ…
私は目の前が真っ白になった。伸はただの仲の良い友達だって言ってたけど…
美果ちゃんは違う…
本気だよ。伸…
私はすぐに美果ちゃんが伸を友達以上に思ってると分かった。
あの、美果ちゃんが…
伸を…
今まで彼氏も作らなかったのに…
自分から男の人に電話なんて絶対かけなかったのに、伸にはあんなに電話をかけてきた…
伸を好きになったんだ。
なんで、相手が美果ちゃんなんだろ。
しかも、伸の彼女が私だって事を美果ちゃんは知らない…
美果ちゃんに、伸を合わせた事なかったもんね。
こんな事になるのなら、合わせておくべきだったな…
私、どうすればいいんだろ。
このまま隠し通す訳にもいかないし…
絶対、美果ちゃんとの仲がおかしくなっちゃいそう。
伸の事で元気がなかった時、元気つけようと私を飲みに誘ってくれた優しい美果ちゃん。
そんな美果ちゃんを、伸の事で辛い思いをさせてしまうんだね…
「来…」
「伸の軽はずみな行動で傷つく人がいるんだよ」
「ごめん…もう、一緒に飲まないし、電話番号も削除するから」
伸はそれで済む事なんだろうけど…
私と美果ちゃんにとってはそんな簡単に片付けられないんだよ。
「伸…遊びたい時だけ楽しんで、私ににばれたら相手の人を捨てるなんてずるくない?」
「んじゃ、どうすればいいんだよ!」
伸の顔が険しくなる。
その顔を見たら、更に頭にきて仕方がなかった。
「伸、美果って、私の友達…前の会社の子なんだよ。私が伸との遠距離恋愛が上手く行かなくて悩んでた時、励ましてくれたのが美果ちゃんなの」
「え??嘘だろ…」
「嘘であってほしいよ」
「でも、本当に来が思ってるような関係じゃないから」
伸だけだよ、そんな風に思ってるの。
美果ちゃんは、私と知り合ってから今まで、誰とも付き合ってないし、誰も好きにならなかった。
それどころか、自分から電話なんて絶対にかける子じゃない。
でも、伸にはあんなに電話をかけてきた…
美果ちゃんは、伸に恋をしてるんだよ。
「ごめん、今日は自分の家に帰る」
「来…明日もう一度話ししようよ」
「話す事なんてもうないよ!伸にがっかりした」
それから三日間、伸とは連絡を取らなかった。
電話に出てないだけなんだけどね…
伸にはきちんと反省してもらわなきゃ。
”来、きちんと話しつけて来たから、電話に出てくれよ”
伸からの初メール。
電話に出ないとメールくれるんだ…
メールなんて面倒!って言ってたのにね。
私は話しをつけたと言う話しを聞きたくて、伸に電話をした。
「来…良かった電話に出てれて」
「話し聞かせて」
「来と付き合ってるって事と、電話ももうかけないで欲しいって言った」「美果ちゃんの反応はどうだった?」
「相手が来って事にびっくりしてた」
「それだけ?」
「今度からは、彼女がいるのに他の女に電話番号を教えちゃダメだよって注意された」
「やっぱり…美果ちゃんは、伸に電話番号を教えてもらった事で、伸に彼女がいないと思ったんだよ」
「うん、そうみたいだった」
「伸の軽はずみな行動で私の大事な友達を傷つけたんだよ!」
「ごめん…来、戻って来てくれよ。頼むから」
「伸は私の事、本当に必要?」
「当たり前だろ!もう二度と来を悲しませないから、もう一回だけ俺を信じてくれないか」
私はしばらく考えた後、伸の家に戻った。すんなり伸の家に戻る自分もバカだと思う。
こんなに伸を許せないと思っても、それでも、伸がいないとダメな自分をバカだと思う。
そう思いながらも、私はもう一度だけ伸を信じてみようと思った。
それから一週後、私は美果ちゃんに連絡をして、二人で飲みに行った。
美果ちゃんは、私に正直に自分の気持ちを話してくれた。
美果ちゃんって、すごいと思う。
自分が好きになった人の彼女に、自分の気持ちをきちんと話せるんだもんな…
私なら、強がって真実を話せないと思う…
美果ちゃんが私に話してくれた事を簡潔にまとめると…
美果ちゃんは、伸の事を好きになった。
伸の会社の人と美果ちゃんが幼なじみで、よく飲みに行ってて、その人を通して伸と知り合い飲むようになったらしい。
簡単に電話番号を教えてくれたから、彼女はいないんだろうな!と思っていたんだって。
私の予想通りだった。
美果ちゃんは、伸の事だけじゃなく、なんで今まで彼氏を作らなかったのか…
その話しもしてくれた。
高校の卒業式の次の日、美果ちゃんは子供を流産した。
妊娠が発覚した二週間後の流産。
まだ、将来旦那になる予定だった人にしか妊娠の話しはしていなかったらしいけど、美果ちゃんは結婚&妊娠&出産…
その事ですごく不安だった。
不安がいっぱいだったけど、自分の中で生きている小さな命を殺す事はできなかった。
産んできちんと育てようと覚悟を決めた。
けれど、子供の父親は産む事に反対した。
まだ、若いから…
そんな理由で、結婚も出産も諦めて欲しいと言われた…
そのショックからか、美果ちゃんは、精神不安になり流産。
子供の父親になるはずだった彼は、美果ちゃんが産婦人科で涙を流していたのに顔も見せなかったという。
彼とはそれっきり。
それ以来、美果ちゃんは男の人を好きにならないと心に決めた。
美果ちゃんにそんな辛い過去があったなんて、知らなかったな。
でも、そんな過去を乗り越えて、伸を好きになったのに、またひどい終わり方…
ごめんね、美果ちゃん。
それでも、美果ちゃんは笑顔だった。
「来さん、ちゃんと幸せになってくださいね」
そう言ってくれた。
ありがとう…美果ちゃん
美果ちゃんの事があって以来、伸は激しく私を求めてくる。
「来、週末に親父が帰って来て、おやじと姉ちゃんと飯食べに行くんだけど、来も行こうよ」
「え!いいよ!久しぶりに家族でゆっくりしてきて」
「なんで?嫌?」
「嫌じゃないけど…」
「んじゃ、決まり!」
ちょっと、ちょっと、なんか話しが急だよ!
ついこの前まで、浮気騒動でゴタゴタしてたのに
週末に、伸の家族に会うなんて…
やっぱり、初めて彼氏の親に会うのは緊張するしさ…
「初めまして、伸の父です。伸がいつもご迷惑をおかけしてるようで」
「いえ、とんでもないです。あ…、上北来です。宜しくお願いします」
私、緊張しまくり。
週末まで、日にちがあると思って呑気に構えてたけど、あっという間に今日になってしまったよ。でも、伸のお父さんもお姉さんもカラカラして、居心地が良かったな。
最初は”来さん”なんて呼んでたお父さんも、最後は”来”って呼んでくれたしね。
ただ、ちょっとだけ気になる会話してたんだ。
お父さんが伸に…
「これから先も、遠くの現場に行く事があるんだろ」
っていうお父さんの質問に伸が
「うん」
って即答してたんだ。
もしかして、また遠距離になってしまう時が来るの?ってすごい不安になったんだけど…
「来、今日はありがと」
「私も楽しかった」
「そっか…良かった」
「伸、これから先も、私達離れ離れになる事ってあるの?」
「多分…あると思う。俺は宮大工だから、全国何処へでも行かなきゃなんない」
「…」
「嫌?だよな」
「嫌って言うより、無理だと思う。私、そんなに離れるの無理だよ」
「この前だってちゃんと待っててくれたじゃん」
「だって、もし、伸と結婚して子供が産まれたりしたら、私、一人でなんか無理だよ。それじゃ、私伸とは結婚できない」
「俺は、来との結婚、きちんと考えてる。だから親父にも合わせたし…無理だって言われても、乗り越えるしかないだろ」
絶対無理だ…
この前、遠距離を初めて経験して、私には無理だと思ったし…
それだけじゃない。
私、美香ちゃんの事もあって、伸の事信じ切れてない気がする。
一緒にいても、浮気めいた事をした伸。
離れていたら、絶対不安に押し潰されてしまう。
絶対に疑っちゃうと思うし…
単身赴任のお父さんを持つ家庭って、よくやれるなぁって感心しちゃう。
すごいよね…
付き合うだけなら、なんの責任もないから、正直楽だよね!
いくら一緒に住んでるとはいえ、喧嘩をすれば簡単に自分の家に帰れるんだし、別れたければ、別れればいい。
でも、結婚ってなるとそうはいかないよね。
まして、子供ができれば全て子供中心の生活になるんだろうし…
お金もかかるしね。
結婚って、すごく憧れていたけど、いざ自分が結婚を考えると、無理なんじゃかないかって不安になる。
ただでさえ不安なのに、伸と離れて生活する事もこれから先あるんだもんね…
ますます不安だよ。
でも、これはどうしようもない事なんだよね。
それからしばらく、お互いにこれから先の事は口に出さなかった。
でも、私は、結婚はもう少し後でいいんじゃないかって考えるようになっていた。
確かに憧れはある。
だけど、今の自分じゃダメだ。
結婚はもう少し成長してから…
そう思っていた。
「来、話しあるんだけどちょっと座ってくれる」
台所に立っていた私に、伸が真剣な顔で話しかけてきた。
「どうした?」
「俺、仕事辞めようと思う」
えぇ…何言ってるの?
私のせい?私が、このまじゃ結婚できないとか、そんな事言ったから?
「なんで…あんなに頑張ってたのに。私は反対」
「でも、俺はこれから先も色んな現場に行かなきゃいけないと思うんだ。来は、離れて生活するの無理だと思うんだろ」
「そんな理由で、今まで頑張ってきた仕事辞めるなんて信じられない」
「それだけじゃない…今は宮大工って、貴重だと思う。でも、これから先は宮大工の仕事は確実に減ると思うんだ」
「だったら、その時に辞めればいいでしょ」
私たちは、それから二時間も話し合った。
伸と私は結局、お互いの考えている事が理解できなかった。
私は、久しぶりに蓮斗に電話をして、伸の仕事の事を相談した。
蓮斗は…
確かに、大工職人の仕事は減るだろう…
でも、せっかく今まで頑張って来たんだから、もったいない。
って言ってた。
そして、来が離れ離れの生活に耐えなきゃダメだぞ!って…
蓮斗の言う事はもっともだと思った。
子供じゃないんだから、私がわがまま言ってる訳にはいかないよね。
帰って、もう一度伸と話しをしよう。
結婚して、単身赴任状態になっても、伸を信じるしかないんだ。
大変でも、伸がいない間は、育児も一人で頑張ろう。
少し、大人の考え持てたかな?
でも、遅かった。
伸は、今日仕事を辞めてきた。
私は、頭にきて伸の頬を思いきり叩いた。
涙が止まらなかった。
悔しくて悔しくて仕方がなかった。
そして、私は家を飛び出した。
もう終わりだと思った。
伸…
ひどいよ。何で?どうしてよ!
私は許せなかった。
その日を境に伸は変わってしまった。
毎日パチンコ生活。
お金がなくなればサラ金通い。
張り詰めていた糸が切れてしまったんだね…。
もう、私の知ってる伸ではなくなってしまった。
こうなったのは私のせいなの?
伸は、私がわがまま言ったから仕事を辞めたんだよね?
伸がこんなふうに変わってしまったのは、私のせいだ…
私は、今の伸は嫌いだけど、どうしても、別れたられなかった。
責任感じてたし、それに前の伸に戻って欲しかったから。
でも、伸は日に日に手がつけられなくなっていった。
目つきも変わってしまった。
伸はいつしか笑わなくなっていた。
私は、決心した。
伸ときちんと話しをしよう。
無駄かも知れないけど、このままではダメだよ。
私は伸の帰りを待った。
そして、朝方伸は帰って来た。
「伸、話ししたくて待ってた」
「何?」
伸は怖い目をして、私を見る。
悲しかった。
いつもの優しい目はどこに行ったの?
「このままじゃ、私たちダメになっちゃうよ」
その言葉を聞いて、伸は私に近寄ってきた。
「抱いて欲しいのか?」
「違うよ、何言ってるの伸」
もう、私の声は聞こえていない。
伸は無理矢理私の服を脱がせて、強引に…
初めて、伸とのHを嫌だと思った。
そして、私はこの瞬間、伸との別れを決めた。
「伸、別れて」
それだけ言って、家を出た。
さよなら…伸。
大好きだった伸。
腐っていた私を救ってくれた伸。
人を愛する素晴らしさを教えてくれた伸。
ありがとう。
私はあなたに沢山の宝物をもらったね。
あなたとの出会いを無駄にしないように…
これからは生きていくから。
心の中で伸に御礼を言った。
二年間の恋が終わったんだ…
涙で前が見えなかった。
悲しくて、一生分の涙を出し切ってしまった。
また、戻ってしまった。
何もない私に。別れたいと思ったから別れたのに。
伸がいない生活はつまらなかった。
別れてから一週間…
伸の事を考えない日はない。
改めて実感する伸の存在の大きさ。
奇跡だったのに。
伸という彼氏ができた事は、一生に一度の奇跡だった。
その奇跡を私は大切にできなかった。
二週間を過ぎても、三週間を過ぎても、私の頭は伸でいっぱいだった。
毎日毎日、伸の事を考えて気付いた事があるんだぁ…
私、伸が一番辛くて苦しい時に、なんの力にもならずに別れを選んでしまった。
あの伸が、あんなに追い詰められていたのに…
伸は私との未来を考えて仕事を辞めたんだと思うんだ。
その私が、伸と別れる事を選んでしまった。
私は最低…
今頃になって、気がついた…
伸に会いたい…
伸の声が聞きたい…
伸…
ごめんね…
辛くて、悲しい毎日。
自分の家に帰って来ても一人だし、伸が恋しくて仕方がないよ。
あの事件依頼、父親は家に帰って来ていない。
叔母の話しによると、住み込みの仕事を見つけて働いているらしい。
遅かったけど、ようやくやる気になってくれたみたいで安心した。
何気なく、父親の部屋を覗くとテーブルの上に、《来へ》と書いた手紙が置いてあった。
何?一瞬、遺書?と思って驚いたけど、普通の手紙だった。
来へ
来、すまなかったな。
今まで、来の父親という大事な役目から逃げていました。来から大事な母親を奪ってしまった時に、自分が来を育てて行く覚悟を決めたはずなのに、来には悲しい思いばかりさせてしまったな。
お父さんは、いつの間にか来と向き合う事ができなくなっていた。
でも、これからは、今まで父親らしい事が出来なかった分、来の力になりたいと思う。
まず、借金を返す為に、死に物狂いで働くから。
それが終わったら、来の結婚資金を貯めるぞ!
伸君と来の幸せの為に、お父さんはお金貯めるから。
余計なお世話かもしれないけと、最後に言っておきたい事があるので。
先日、伸君がお父さんの所に来ました。
面識がなかったから、びっくりしたけど、来の彼氏だって聞いたから、色々話し聞いた。
伸君は、来と別れたばかりだと言ってたけど、結婚する相手は来しかいませんと言い切った。
今は、来に振られてしまったけど、来にふさわしい男になって迎えに行きます。
お父さんに、そう言ってたぞ。
伸君は、都会に行って働いてお金を貯めて帰ってくる。来が待っててくれるかわからないけどって言ってた。
それから、伸君がお父さんの所を尋ねて来た理由だけど…
ただ、来とお父さんがきちんと向き合って欲しいって…
それだけを言いたくて、お父さんの所に来たみたいだ。
来の事をこんなに大事に思っていてくれる人がいるなんて、お父さん嬉しかった。
来、どうか伸君の帰りを待っていて下さい。
父より
伸…
伸はやっぱりすごいよ。
人間の器が私と大違いだな。
伸は元の伸に戻ってくれたんだ…
立ち直ってくれたんだ。
良かった…
もっと、伸を信じるべきだった。
伸から逃げないで、待つべきだった。
一番大切な人を、信じて待つ事ができなかった事が悔しくて仕方がなかった。
だから、今度はきちんと待っていよう。
いつ帰ってくるか分からないけれど、伸を信じて待っていよう。
そう決心した三日後、私に信じられない出来事が起こったんだ…
えへっっ。
赤ちゃんができました。
なんと、新たな命を授かったの。
信じられないんだけど、本当みたい。
どうも、体調が悪いし、生理も遅れているから、半信半疑で産婦人科に行ったら、六週目に入った所だって。
多分、伸と別れた日、無理矢理体を求められた時だ…
あの時はすごく嫌だと思ったけど、今は素直に嬉しかった。
伸が帰って来るまで、きちんと一人で育てようと決めた。
だから、伸には連絡をしなかった。
今、連絡をしたら、伸の決意が揺れてしまう気がしたから。
伸が帰ってくるまで、この子は私がきちんと育ててみせる。
なんだろ…
母親になった瞬間に強くなれた気がするな。
それからの私は、人が変わったかのように頑張った。
まず、食事。
今までなら、一人で食べる食事は、適当だったけど、今は違う。
バランスを考えた、体に良い食事をきちんと三食食べてる。
そして、酒も煙草も止めた。
母親になる喜びが、私を頑張らせてくれた。
五ヶ月に入ると、なんとなくすっきりしなかった体調も、元に戻った。
それと同時に、お腹も大きくなってきて、赤ちゃんが動くのを感じる事ができた。
初めて、赤ちゃんが動いたのを感じた時、お腹の中で金魚が泳いでる感じだった!
おかしい例えなんだけどね…
日に日に大きくなる赤ちゃん。
今は、一生懸命名前を考えている所。
絶対、女の子だと思うんだよね。
名前を決めるのって、難しい。
あんまり、難しい漢字の名前にすると、書道の時に自分の名前を書くのが大変だろうな…
とか考えちゃって…
でも、こんな何気ない時間をとても大事に思える自分が幸せに感じた。
伸…
今、何してるかな?
伸と別れて半年。
前に遠距離恋愛してた時より、あっという間の半年だったな。
きっと、一人じゃないからだよね。
それと、私が少しだけ大人になれたからかな…
相変わらず、伸とは連絡もとっていないけど、全然不安はなかった。
ただ、待つだけ。
今の私に出来る事は、この子と一緒に、伸の帰りを待つ事。
そして、無事にこの子を産む事。
それだけだから…
「由那お願い、迎えに来て…」
「え?もしかして…」
「ダメだって、痛くて話せないから。お願いね」
「分かった。すぐ行く」
ついにこの日が来たよ。
伸…
正直、一人で怖いけど、由那が一緒にいてくれるって。
分娩室に入ると緊張と痛さで、おかしくなりそうだっ。
「来、外にいるから、頑張ってね」
「ありがとう。由那、悪いんだけどお父さんに、今の状況伝えてくれる?何も知らないから、かなり驚くと思うけど…」
「OK!」
お父さん、びっくりするかも…
だって、心の準備もなくおじいちゃんになるんだからね(笑)
最近は、お父さんと呼べるようになった。
少しづつだけど、親子になれてきたかなって…
「ギャー、痛い、痛い」
私は、もう痛くて涙が止まらなかった。
なんで?なんでこんなに痛いの?
出産の痛みは想像を遥かに越えていた。
お母さんって、強いはずだよ。
こんな痛みを乗り越えてるんだもん。
私は、泣いて叫んで、やっと我子に巡り逢えた。
超可愛い…
赤ちゃんって、こんなに小さいんだ。
初めて会う自分の赤ちゃんに感動した。
助産婦さんに
「お疲れ様…こんなに暴れたお母さんも久しぶりだった」
なんて言われちゃった。
いやいや長かった。
でも、十時間の安産なんだって…
安産って言われた瞬間、自分の耳を疑ってしまった。
こ、これで安産なの?って感じなんだけど…
自分では、絶対に難産だと思っていたのに……
なんだか、やりとげた達成感と疲れで、私は眠ってしまった。
どれくらい眠ったのか、目が覚めると個室に移されていた。
「由那?」
「来、お疲れ様。それにしても、すごい叫び声だったね。あの声聞いたら私、将来、子供産むの怖くなった」
「聞こえてた?」
「かなりね」
「来…」
え???
伸… 伸なの… どうしてここにいるの?
「伸…どうして」
「来、お父さんから連絡もらって、すぐ駆け付けた。ごめんな俺…」
「私こそごめん。伸が一番辛い時、私、伸から逃げた。すごい後悔して…でも、お父さんから、伸の事聞いて、私、伸を待とうって決めた」
「一人にしてごめん。しかも、子供の事も知らなかったし、本当にごめんな。でも、ありがと」
いつもの伸だ。
「俺もおじいちゃんか…なんか照れるな」
お父さん、顔が子供みたいにくしゃくしゃにして喜んでくれた。
ありがとう。
名前は《来花・らいか》
勝手に私が決めたけど、誰も反対しなかった。
お父さんと由那が帰った後、伸と二人で色んな事を話した。
今、伸は介護の資格を取って、老人ホームで働いている事。
これから、こっちに戻ってきて、就職できる老人ホームを探そうと思っている事。
二人の結婚式の為に、一生懸命お金を貯めている事。
でも、全部自分一人で考えている事で、帰った時に私に受け入れてもらえなかったらどうしよう…
とウジウジと悩んでいた事。
そして、何より、自分の子供が産まれた事にビックリしている事。
そんな話しを照れ臭そうにしてくれた。
「来、色々迷惑かけたけど、俺と結婚してもらえない?かな…」
伸…
私は、ビックリして声がでなかった。
「…本当?私、伸のお嫁さんになれるの?」「なって欲しい…」
「うん、喜んで」
色々あったけど、ついに伸のお嫁さんになれるんだぁ…
夢みたい。
今はまだ、結婚式は上げれないけど、いつか必ず上げようと約束した。
お父さんも、とっても喜んでくれた。
由那も直も、蓮斗も陸矢も本当に喜んでくれた。
退院後に、私たちは婚姻届けを出して、夫婦になった。
紙切れ一枚で、夫婦になれるなんて、なんか不思議な感じもしたんだけどね。
そして、私達の新居は…
伸の希望で、私の家になった。
お父さんが、帰ってくる日の為に、ここで暮らそう。
そう言ってくれた。
ありがとう。伸。
来花が産まれてから、三週間後、伸は就職先の老人ホームが見つかり、働き始めた。
私は、初めての育児に悪戦苦闘しながらも、新婚生活を満喫していた。
そして、来花の一歳の誕生日の日に私達は結婚披露宴を上げた。
思ったより、ずっと早く結婚披露宴を上げれた。
お父さんが、借金の返済をしながらも、私の結婚資金を一生懸命貯めてくれていた。
それに、伸も。
由那は私の為に、ドレスを作ってくれた。
由那らしい、この世に一つしかないドレス。
蓮斗達は、手作りの披露宴を用意してくれた。
私は感動して、最初から最後まで泣いていた。
あまりに泣く私を心配そうに見る来花。
私は、本当に幸せだ。
伸だけじゃなく、友達にもこんなに助けられてるんだから。
披露宴の最後…
お父さんへの感謝の手紙を読む時、私は、今までのお父さんとの色んな事を思い出し、泣きすぎて全然読めなかった。
代わりに、読んでくれた伸も、途中から大泣きだったし、お父さんも涙で顔がぐちゃぐちゃ。
それに吊られて、周りも大泣き。
会場はすごい事になっていた。
それでも、私は必死に涙をこらえて、お父さんに伝えた。
「これからは、言いたい事はきちんと言える親子になろうね。お父さん、今までごめん…なさい。そして、ありが……と…う」
言えた。
今まで、言えなかった、ごめんなさいの一言。
私、今更、気がついたんだ。
人と人は心の中で何を思っても、言葉にしないと 相手には伝わらない。
あまりに相手を許せなくなると、いつの間にか口も聞かなくなってしまうけれど、それでは溝が深まるばかりなんだよね。
それが、私とお父さん。きっと、きちんと話しができてれば、自分の思いが相手に伝わってたら、私はお父さんを刺そうとしなかったはず。
話し合える機会を作ってくれたのも伸。
腐っていた私を救ってくれたのも伸。
人を愛する素晴らしさを教えてくれたのも伸。
感情がなかった私が、こんなにも感情豊かになれたのも伸のお陰。
そして、何より、こんなに素敵な家族が出来たのも伸のお陰。
伸に出会ってから四年。
伸は私にこんなに沢山の宝物をくれたね。
あなたに会えた事。
それが私にとって、一生の宝物だよ。