空瓶事件 07
「どうしてあんなことしたの?」
木漏れ日の下、僕はゆうと君の隣のブランコに座る。
「あれすごいんだぜ、男子の中じゃ集めるのが流行ってんだ。レアカードやモンスターと交換もできたりする。給食の余りだってあれがあれば多くもらえるんだ」
「ということはあれは」
通貨ということだ。おもちゃのお金といったところだろうか。実際の品物の交換に使われているので、おもちゃというよりは小学校という小さな社会限定の通貨だ。ということは、ゆうと君は大量のお金をゆずかちゃんの下駄箱に入れたことになる。
「喜んでたか?」
「喜ばせたかったの?」
「……うん」
どうやら、ゆずかちゃんを喜ばせたかったから、ゆうと君は大量の牛乳瓶のフタを入れた、ということらしい。これが大人なら多額のお金を貢いだということになる。相当好きなのだろう。しかしこの発想はあまり良くないのかもしれない。ゆうと君が大人になったら、夜の仕事の女の人に大量に貢ぎそうだ。
つまり、ゆうと君は嫌がらせのつもりなどなかったのだ。姉が言っていた、好きなのにちょっかいや嫌がらせをしてしまう、というのとも違う。単に喜ぶと思ったから、しただけだったのだ。しかし、ゆずかちゃんは牛乳瓶のフタをゴミだと断言し、嫌がらせだと判断した。二人の価値観には大きな差異がある。
これでは神森さんが言っていたように喧嘩になっていたかもしれない。同じ小学校に通っているのに、どうしてゆずかちゃんは通貨のことを知らなかったのだろうか。出会って数週間だけれど、ゆずかちゃんは明るい方だと思う。友達も多いみたいで、神森さんによく話しているので、てっきり学校ではクラスの中心的存在なのかな、と思っていた。本人も自分で人気者だと言っていたし。そんな彼女が通貨のことを知らないのはあまり納得がいかない。実は相談屋に来る時だけ明るくて、学校では暗くてクラスで浮いていたり、流行からは遠い存在だったりするのだろうか。その場合、人気者というのは嘘になるのだけれど。
「ゆずかちゃんは学校ではどんな感じ?」
「最近は知らねえけど、去年までは明るかったよ」
「どうして去年まで?」
「去年までは同じクラスだったから」
……そういうことか。小学校という場所はクラスが違うだけで習慣や文化が違う。そしてそれは男子と女子の間でも違う。ゆうと君の二組、その男子の間で通貨として使用されていたとしても、隣のクラスの三組、さらにその女子ともなると、牛乳瓶のフタはただのゴミということだ。
「今は隣のクラスだけど、好きなんだよね?」
「ちちち、ちげえよ! なんでそうなるんだよ!」
「でも、喜ばせてあげたいんでしょ?」
「……うん」
ゆうと君は恥ずかしそうに頷いた。
僕にはわからない。初めてであろう恋に苦戦するゆうと君の気持ちも、嫌がらせをされたと勘違いして怒っているゆずかちゃんの気持ちも、僕にはよくわからない。
そういえば昔、姉が言っていた。
「逆らしいよ」
「逆?」
「異性……男の子からすれば女の子、女の子からだと男の子には、自分がその相手にしようと思った事の逆の事をすれば喜ばれる、らしいよ。具体的にどうするかは、わからないけど」




