空瓶事件 05
「これ、見て」
三人で床に座り、ジュースを飲んで一息ついた後、ゆずかちゃんはランドセルの中から小さな巾着袋を取り出した。オレンジ色のそれは僕の記憶が間違っていなければ給食袋というやつだ。給食を食べる際に机に敷くナプキンとお箸を入れるものだ。けれど、ゆずかちゃんが巾着をさかさまにした途端出てきたのは大量の丸い紙だった。
「下駄箱に入ってたの」
床に散乱した丸い紙を拾い上げて見るとそれは牛乳瓶のフタだった。おそらくゆずかちゃんが通う小学校では毎日給食として瓶牛乳が出されているのだろう。その牛乳のフタが大量にゆずかちゃんの下駄箱に入っていたらしい。
「嫌がらせだよ。こんなの初めてだったから、誰にも言えなくて……犯人をさがしてたらこんな時間になっちゃって、でも見つからなかった」
肩を落とすゆずかちゃん。けれど落ち込んでいるというよりは怒りの方が強いらしく、小さな手を力いっぱい握りしめている。
「みもちゃん、これ誰がやったかわかる?」
ゆずかちゃんの一言により、神森さんは腕を組み、目を閉じる。
「んーんー」
唸りだす神森さん。考えるモードというやつである。僕のことを、あるじろうと命名する際もこのモードになっていた。そしてこの状態になった神森さんへの対処を僕は姉から教わっている。それは待つことである。というわけで、僕は待っている間、散らばったフタを巾着に戻しているゆずかちゃんに素直な疑問をなげかけることにする。
「ゆずかちゃん、どうして嫌がらせだと思うの?」
「下駄箱にゴミが入ってたら誰だって嫌だよ。嫌がらせだよ」
確かに、ゆずかちゃんの言う通りである。僕は分らず屋なので知識にないことはあまりぴんとこないのだけれど、説明されれば理解できる。誰だって自分の下駄箱にゴミを入れられたら嫌がらせだと思うだろう。しかも同じものを一度に大量ならばなおさらである。
しかし、嫌がらせとはいえ、少し妙である。どうして牛乳瓶のフタなのだろう。ゴミを入れるなら他にもいろいろあったはずだ。それに姉に借りた漫画では嫌がらせの定番は下駄箱に画鋲だと書いてあった。
「何か心当たりはないの?」
「誰がやったってこと? あったらここにきてないよ」
「いや、そうじゃなくて嫌がらせをされるようなことでもしたの?」
「んー、わからない。でも私、クラスの人気ものだよ?」
そういうことは自分で言う事じゃないと思うのだけれど。小学生だからというか、ゆずかちゃんは素直な子である。実際、明るいし、歳のわりにはしっかりしているので、人気というのは間違ってはいないのだろうけど。
なんてことを考えながら神森さんを見ると、まだ目を閉じて唸っている。姉には待つように言われたけれど、待たなかったらどうなるのだろうか? 試しにこの綺麗な金髪でも撫でてみよう。
僕は神森さんにそっと手を伸ばす。
「がぶっ」
「いてっ」
思いっきり噛まれてしまった。邪魔をするな、ということなのだろう。……痛い。これはおとなしく待つしかなさそうだ。
しばらくして、神森さんの碧い眼が開く。
「わかったっぴよ!」
「誰? 誰が見えたの?」
「近づきたいけど近づけない子」
少し幼い声で神森さんはそう言った。
これまた妙な表現である。三週間前に僕が手伝った猫の飼い主探しのときもよくわからないヒントのような表現をしていた。どうやらこれが神森さんの相談屋のスタイルらしい。これだけでは犯人が誰なのかさっぱりわからない。
「どうやったら会える?」
僕と同じことを思ったのだろう、ゆずかちゃんは再び神森さんに問いかける。
「星にお願いする場所にいるよ、毎日お願いしてるー」
「みもちゃん、ありがとう。明日探してみる!」
そう言って立ち上がり、ランドセルを背負うゆずかちゃん。
外はもうすっかり暗くなっている。これは家まで送ってあげたほうがよさそうだ。そうと思い、僕が声をかけようとした瞬間、ポケットの中のケータイが震えた。メッセージである。
差出人は『愛しのみも❤』
『明日、ゆずりんが行く前にあるじろうが先に行って。今のゆずりんが行っても喧嘩になるだけだからね』
僕は神森さんに視線を向ける。
「きゃ、じんぞう、かわええ」
新しいクマのぬいぐるみを抱えて床に転がっている。三週間前にも似たようなことがあったので、特に驚く事ではないのだけれど、本当に同一人物からのメッセージとは思えない。しかし、これが今回の僕の役目らしい。
僕はケータイをポケットに入れ、赤い後ろ姿に声をかける。
「ゆずかちゃん、もう遅いから送っていくよ」




