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縦笛事件 08

「もどりました」


「おかかー。にゃーにゃー」


 部屋に戻ってくると神森さんは相変わらずパソコンに向かって足をバタバタさせている。先ほどと変わっているところを述べるとするならば、その蜂蜜色に輝く頭の上に猫耳が追加されている点である。どうやら、にゃーにゃー言い過ぎて本人が猫になったらしい。


「見つけてきましたよ」


「ん? 猫?」


 そう言って四つん這いで僕に近寄ってくる神森さんもとい猫森さん。

 そんな彼女に僕はとある紙切れを差し出す。


「僕の推測ですが、なみきゆずかちゃんは慌てて気付かなかったんでしょうね。この近くの電柱に普通に貼ってありました」


「おおおお! 首輪同じ猫! にゃーさんの住所だ! やったっぴー」


 僕が差し出した紙に飛びつく猫森さん。テンションマックスである。

 この紙はただの紙ではない。『猫さがしています』の貼り紙である。そこには神森さんが持っていた鈴付きの赤い首輪をつけた三毛猫の写真が載っている。やはり『にゃーさん』というのは猫のことではなかったようだ。では誰のことなのか。そう、猫の飼い主のことである。そもそも僕の勘違いの発端はそこにある。

 神森さんは『にゃーさん』が猫だとは一言も言っていなかったのだ。


「あるじろやるね! すごいすごい」


 猫森さんは急に立ち上がり、僕の頭をなでる。中身は子供だけれどこうして撫でられるとやはり大人のお姉さんなんだと改めて思う。


「あ、連絡しなくちゃ」


 感心している僕をよそに神森さんはホットパンツのポケットからはみ出たケータイを取り出し操作し始める。連絡する先はもちろん、なみきゆずかちゃんにである。なみきゆずかちゃんというのは神森さんが吹き鳴らし、僕に託され、この僕もまた吹き鳴らした縦笛、あのリコーダーに書かれてあった名前。つまり、持ち主である。


 僕が神森さんにリコーダーのことを訪ねたとき、彼女はこう言っていた。


『ほうしゅうだよ。朝もらったー』


 つまり、なみきゆずかちゃんは今回の依頼主だったということだ。

 そして僕が見つけたお墓。その墓に置かれていたペンケースにも『なみきゆずか』と書かれていたのだ。それでわかったのである。

 墓を作った人物、つまり猫を葬った人物と縦笛の持ち主が同じ。そしてその墓はまるで今朝作られたかのように真新しかった。

 

 となると自然と依頼の内容がわかってくる。なみきゆずかちゃんは今朝、死んでいる猫を見つけ、葬った。しかしその猫は首輪を付けた飼い猫だった。あそこまでちゃんとしたお墓を作る子なのだから、死んだことを飼い主に伝えようと思ったのだろう。そこで神森さんに相談した。といったところだろう。

 捜していたのは猫ではなく猫の飼い主だったのだ。そのことに気付いた僕は猫ではなく『猫さがしています』の貼り紙を探し、見つけてきた次第である。


 神森さんがパソコンに夢中になっていたのもただのショッピングだけではなく、猫を捜している人がネットに記事を載せていないか探していたということなのだろう。明らかにショッピングを楽しんでいたけれども。


「外国のお姉ちゃん、飼い主見つかったの?」


 声と共に部屋にやってきたのは、小学生の女の子。ピンクのキャミソールにチェック柄のスカートを履いていて、黒い髪は両耳の少し上で結んである。所謂ツインテールというやつである。……この子がなみきゆずかちゃんということか。


「ゆずりん、これだよー。ひらひら」


 外国のお姉ちゃんこと神森さんはさっき僕が渡した紙をゆずかちゃんに見せる。


「貼り紙あったんだ。よかった」


 ほっとしたようにその紙を見つめるゆずかちゃん。


「外国のお姉ちゃん、ありがとう」


 そう言って神森さんに深々と頭を下げた。

 小学生にしては礼儀正しい良い子である。自分が小学生の頃はこんなにもしっかりしていなかった。猫の死骸を見つけたって、ちゃんとお墓を作って葬ったり、飼い主に伝えようとしたりしなかっただろう。


 ゆずかちゃんはツインテールを揺らしながら頭を上げると、僕の方をじっと見つめ、クマのぬいぐるみを抱いてごろごろしている神森さんに声をかける。


「このお兄ちゃんは?」


「背中かゆいよー かゆたろう」


 さらにごろごろと転がりだす彼女は今、背中に夢中のようだ。


「もしかして、彼氏さん?」


 ゆずかちゃんはこんな神森さんに慣れているのか、今度は僕に疑問をぶつけてきた。


「そんな風に見える?」


「見える。けどお似合いじゃないね」


 きっぱりとはっきりと断言される。

 ほんと小学生にしてはしっかりしている。というか、彼氏に見えるのか。まあ、小学生の女の子から見れば僕も神森さんも随分と大人なのだから、そう見えても当然である。しかし、お似合いじゃないというのは失礼だ。失礼だけれども間違ってはいない。こんな金髪碧眼モデル体型とごく平凡な高校生が釣り合うはずがない。それに釣り合いたいとも思わない。


「なんか弱そうだもん。ケンカとかすごく弱そう。それに外国のお姉ちゃんには、もっと王子様みたいな人がお似合いだと思う」


 失礼だ、失礼すぎる。

 確かに僕は細身だけれども、ケンカもしたことないけれど、これでも一応格闘技はかじっているのだ。完全に姉の受け売りで護身術を教わった程度だけれど。

 外国のお姉ちゃんに王子様か。なかなか小学生らしい発想である。ゆずかちゃんには神森さんがおとぎ話に出てくるお姫様か何かに見えているのだろう。


「王子様みたいに強くて胸が大きくて背はそんなに大きくないけど、はきはき喋る人」


 ん? おとぎ話的発想にしては具体的すぎる。それに胸ってなんだ。胸筋が大きい人ということであろうか。それはすごく強そうである。


「あるたろうなら帰ったよー。うー、背中かゆい。あ、のどかわいた」


「そうなの? 今日来てたんだ……ざんねん。でお兄ちゃんは誰?」


 姉だった。王子様は百合戦士、或江麦子のことだった。

 小学生の女の子に王子様と呼ばれ、慕われている姉であった。

 というかゆずかちゃんは姉のことを知っているのか。つまり今回の依頼だけではなく、よくここに遊びに来ている子なのだろう。どうりで神森さんの適当さに慣れているわけだ。優しくていい子だけど失礼な子なので適当に知り合いということで誤魔化しておこうと思っていたが、そうはいかないな。ちゃんと名乗らなくてはなららない。


「王子様の弟です」


「ええええ! ありえないんですけど!」


 本当に心底驚いたという表情をするゆずかちゃん。驚きのあまりツインテールが宙を舞っている。まるで神経が通っているかのようである。

 しっかりしていて良い子だけれど驚き方が少しおかしい。というかどこか前時代的である。歳のわりにしっかりしている分、おませさんですこし擦れているのかもしれない。詳しい年齢はわからないのだけれど。


「そんなに驚かなくても」


「ありえないありえない。なんでこんなに弱そうなの?」


「見た目ほど弱くはないよ」


「しんじらっれなーい」


 再び妙な驚き方をされる。この子、僕のことをからかっているのだろうか。いや、それはありえないな。なみきゆずかちゃんは優しくて礼儀正しくて良い子なのだ。失礼だけど。


「しんじらっれなーい」


「神森さんまで酷いですね」


 神森さんにまで妙な驚き方をされてしまった。そんなに僕は姉の弟としてふさわしくないのだろうか。ゆずかちゃんに否定されるのは、驚き方が面白いから良いけれど、神森さんは姉の大切な人で、僕の友達(即席)だから少しは傷つく。


「ん? なにが? ワシはのどかわいたよー」


 不思議そうな顔で首を傾げた後、また転がりだす神森さん。

 単にのっかっただけだったみたいである。どこまでも適当な人だ。


「はいはい。何飲むんですか?」


「ジュース! オレンジのやつだよ」


 よくできた王子様のように神森さんにふさわしい姉のことだから、ちゃんと冷蔵庫にあるのだろうと思い、台所へ。綺麗に整理整頓されていて、汚れている様子もない。明らかに我が姉のフィールドといった感じである。

 きっと神森さんはこの場所に足を踏み入れたことなどないのだろう。


 冷蔵庫から瓶入りのオレンジジュースを取り出し、戸棚からグラスを二つ取り出して注ぐ。グラスの場所がすぐに分かったのは我が家と同じ場所にあったからだ。食器類だけではない、冷蔵庫内の食材も、調理用具類もすべて我が家の台所と同じような場所にあった。まるで我が家の台所が神森さんの家に引っ越してきたかのような有様であった。

 お盆にグラスを二つ乗せてリビングに戻ってくると、なんとも暗い空気が漂っていた。


「わーい。オレンジだー」


 といっても神森さんはこの様に通常運転である。暗いのはゆずかちゃんだ。先ほどの『猫さがしています』の紙を握りしめたまま、俯いている。

どうかしたのだろうか?

 お盆を白いローテーブル(何も乗っていないし、何も置かれていない。部屋の物はクマのぬいぐるみやパソコンを含め、すべて床の上だ)に置き、神森さんにグラスを渡す。


「ありがとーる。ごくごく」


 嬉しそうにジュースを飲む神森さん。ゆずかちゃんはまだ俯いたままである。

すると僕のケータイがポケットで震えだした。


 こんなときに姉からだろうかと思い、取り出すとメッセージが一件。

 差出人は『愛しのみも❤』

 いつの間に登録されていたんだ。今日は姉に電話をかけるとき以外ポケットから出していないはずである。怪奇現象か。いや、登録したのはきっと姉だ。僕が寝ている間にでも登録しておいたのだろう。我が姉は常に用意周到である。神森さんにも事前に僕の連絡先を教えておいたということだ、今日のために。つまり僕らは実際に紹介される以前に連絡先はお互い知っていたということになる。


 メッセージを表示させる。

 ……これ、本当に神森さんからのメッセージなのだろうか。実際に話すのと文章を書くのとでは性格が変わる人というのは聞いたことがあるけれども、それにしたって……まるで別人である。


「神森さん」


「クマクマー。うへぇ、かんぞうかわええ」


 やっぱり別人に違いない。こんな適当で人の話も聞かない人が書いた文章とは到底思えない。これぞまさに怪奇現象。不思議な力である。


「外国のお姉ちゃん、ありがとう。またなにかあったら相談しにくるね」


 と、神森さんからのメッセージに動揺しているとゆずかちゃんは決心したように立ち上がり、散らかった神森さんの部屋を後にする。


「いいよ、りょぷかいでーす」


 神森さんもクマに夢中で適当に送り出す。

 僕はもう一度、ケータイのメッセージを確認する。


『あるじろう、ゆずりんの力になってあげて。悲しい知らせは伝える方も辛いと思うから。それが君の今回のお仕事だよ』


 全く、この人は何なのだろう。金髪で碧眼で大人なお姉さんな見た目をしているのに、色気が全くなく、胸も無く、幼い声で、子供の様に無邪気に振る舞い、人の話はほとんど聞かず、適当に返事をして適当に行動して、大学に行かず、外にも出ず、ひきこもりで昼夜逆転の生活をしているのに探偵まがいの活動をしていて、不思議な力とやらで解決して、全くついていけない。相手にしていられない。姉も姉である。どうしてこんな人の世話をして、助手のようなことをしていたのか、どうしてこんな人を好きになったのか。全く理解できない。だけど……。


「僕も一緒にいっていいかな」


 部屋を出ようとする幼い後ろ姿に僕は声をかけていた。


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