花嫁事件 18
「では、君が見た表向きの事件、僕らがそう見せようとしている出来事のあらすじを書こう。
五回目の玉虫の会は明日奈ちゃんの希望で二回目の結婚式ということで行われる。その結婚式が行われる数日前の夜、僕、一之瀬零士が何者かによって毒殺される。翌日の朝、礼拝堂で明日奈ちゃんの胴体だけの遺体が発見される。その後、色葉ちゃんのアトリエから僕を殺害するのに使われたと思われる薬物と『花嫁は私のもの』と書かれた紙が見つかり、ボートハウスから船も消えている。二人を殺害したのは色葉ちゃんで、明日奈ちゃんの結婚が許せなかった彼女が、明日奈ちゃんを独占するために朝日ヶ浦に古くから伝わる物語になぞらえて犯行に及んだ。その物語は自分の身勝手な愛ゆえに命を粗末にした花嫁はその罪で四肢をもがれ、頭部は冥界で女神と共に暮らす。というものだ。色葉ちゃんは自分を女神に見立てて、頭部を持って船で逃げた。
こうだろう? 君が見た物語は。表向きはそうなっているはずだ。でないと僕の死は無駄になってしまう。
ここからは裏の真相だ。
五回目の玉虫の会は明日奈ちゃんの希望で二回目の結婚式ということで行われる。その結婚式が行われる数日前の夜、小山田君がわざと仕事でミスをし、明日奈ちゃんの逆鱗に触れたかのように見せかけ、小山田君を一度、島から追い出す。これは小山田君が事件当日に島にいなかったと思わせるためだ。明日奈ちゃんのことをあまり知らない人間から見れば使用人が怒らせただけのことだし、小山田君が昔から仕えていることを知っている人間は一時的な喧嘩のように思うだろう。メイド長の小滝さんに小山田君を船で朝日ヶ浦まで届けるよう明日奈ちゃんは命令するが、小滝さんも今回の計画の仲間で、実際は小山田君を倉庫に隠し、往復の時間分どこかで時間を潰して戻ってくることになっている。
そして、先にも述べた通り、僕は夜中の来客に毒入りの紅茶を飲まされたように見えるようにしてから自殺する。使用する薬物は必要な分だけ用意し、瓶は色葉ちゃんのアトリエに置いておく。
その頃、色葉ちゃんのアトリエでは色葉ちゃんが首を吊り、自殺。色葉ちゃんの死を見届けた明日奈ちゃんは小山田君と合流し、彼女の四肢と首を切断。小山田君と二人で礼拝堂に運び、ウエディングドレスを着せる。バラバラにした四肢は床に並べる。
ここで一つ、問題がある。計画を相談されたときに僕も指摘したことなんだが、色葉ちゃんの左腕にはリストカットの跡が無数にある。これではすぐに色葉ちゃんだとわかってしまう。その指摘に明日奈ちゃんはこう言った。色葉は私の自由のために命を落としてくれるのだから、私だって腕の一本くらい切り落とす覚悟はできている。つまり、花嫁の死体の下に並べられる四肢は左腕だけ明日奈ちゃんのものだ。
そして最後に明日奈ちゃんと小山田君は衛星電話を破壊する。これはすぐに警察に知らされるのを避けるため、明日奈ちゃんがいなくなることによって次期当主になる今日介君に考える時間を与えるためだ。
その後、二人は朝日が昇る前に、朝日ヶ浦へと船で向かう。そこには紺色の外科医が待機しており、すぐに腕の傷の処置をしてもらうことになっている。紺色の外科医は整形手術も得意なので明日奈ちゃんは顔も変えてもらう手はずだ。全く別人の戸籍とIDを黄色の商人から購入しているので、明日奈ちゃんはその人物になり、小鳥遊家を解雇された小山田君と結婚する予定だ。
つまり、君が見た花嫁の死体は明日奈ちゃんではなく、色葉ちゃんのものだ。なので、容疑者である色葉ちゃんを捜索しても見つかるはずがない。
そして、名家である小鳥遊家は、次期当主が殺されたなんて事実を世間に知られるのを恐れるはずだ。明日奈ちゃんに代わり次期当主になる今日介君なら必ず、小鳥遊家を守る選択肢を選ぶはず。明日奈ちゃんはそう踏んでいる。警察には知らせず、世間にも公表されることはなく、事件自体をなかったものとして処理するはずだ。
これが計画の全容だ。
ちなみに、事件を起こす日に島にいる人間は明日奈ちゃんが事前に調整し、なるべく計画に必要な人間だけが集まるようになっている。調整の加減で予定外の人間も来るだろうが、誤差の範囲だろう。
まず僕の死体が発見されたときに死因を判断する医師、これは紺色の外科医が適任なんだけれど、あいにく彼は明日奈ちゃんの手術があるので、別の人間を用意するそうだ。今のところ有力候補は桃色の占い師の保護者の医師だ。
次に礼拝堂に行き、花嫁の死体を発見する役割だが、これは結婚式が行われる前なので使用人の誰かが気付くだろう。だが、明日奈ちゃんはその役割も呼ぶようだ。
一番大事なのは、警察や外部に連絡できるようになる前にシナリオ通りの推理をし、犯人を特定、その場にいる人間を納得させる役割だ。この役は他の人と違い、真相を知っている人間でなくてはいけない。どうやら、この厄介な役割はあの黒の探偵に頼むらしい。玉虫の会には参加したことがない人間だが、僕も色葉ちゃんも噂しか知らない面識のない人間だが、どうやら明日奈ちゃんは密かに連絡を取り合っているらしい。あの黒の探偵が推理したとなると説得力が増す。
そして最後に、今日介君のケアをする人間。これは黄金の菓子職人の光哲君が選ばれた。彼は今日介君のことが好きだからね。しっかりケアしてくれるだろう。明日奈ちゃんだってなにも今日介君のことが嫌いなわけではない。ただ小山田君の方が好きだったというだけだ。なので、ショックを受けるであろう彼のケアも忘れなかった。そして、ちゃんとケアがなされれば、今日介君は次期当主として小鳥遊家を守るために行動するだろう。
どうだろう? これで全ての回答になったかな。色葉ちゃんは愛する人のために自らの命を犠牲に、その愛する人に自由を与えた。明日奈ちゃんはその愛に応えるために、左腕を切り落とし、自分の愛を貫いた。そこに死に場所を求めていた僕が便乗しただけ。これが真相だよ。
恋は、人を愛する気持ちというのはすごいね。地位や名誉や財産、そして命、それらを捨てるという選択をさせるくらいなのだから。僕には縁がなかったけれど、一度でいいから経験してみたかったよ。もう人生を終わらせてもいいと思っているからこそ、計画に乗っかったけれど、そんな僕にそう思わせるくらい、二人の恋は、愛は、素晴らしいと思う。
最後に、ここまで読んでくれたこと感謝するよ。僕は自分の死を二人のために使えることを幸せに思っている。だから、この真相は君の心のうちにしまっておいてほしい。なぜこんな文章を残したのか。それは口封じでもある。一連の事件に疑問を持つような人間が現れたらこれを渡そうと思っているからだ。できれば誰にも渡すことがないことを願っている。けれど、君がこれを読んでいるというとは、そうもいかなかったのだろう。だから、表向きは表向きのままでお願いしたい。これが僕、一之瀬零士の命がけのお願いだよ。
最後に、良い人生だった。そう記しておこう」




