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花嫁事件 17

「これを読んでいるということは、僕はもうこの世にはいないのだろう。


 そうでないと困るのだが。とにかく、これを読んでいる君は僕に選ばれた。全てを教えてもいいと判断した相手にしかこれを渡さないと決めているからね。


 そして、君は真相を知りたがっている。そうでなければこれを起動させようだなんて思わないはずだ。なぜなら君がこれを受け取ったとき、僕は生きていて、僕が死ぬだなんて思っていないはずだからね。だからこれを遺書だとは思わない。そうだろう? 


 君は一連の出来事に、僕の死に疑問をもったから、これを読んでいる。いいだろう。ここに僕が知っているすべてを記す。ただし、ここに記すのはあくまで裏の真相だ。表向きは表向きでそのままにしておいてほしい。


 そして、ここで読んだことは他言無用、心のうちにしまっておいてほしい。できれば読み終わった後はこのカセットも破壊してくれると嬉しい」



 僕はここまで読むと、ワタさんに一人にしてほしいと頼んだ。マリーさんは文句を言っていたけれど、ワタさんが手を引き、二人で部室から出て行ってくれた。これはさすがに他人がいる場所で読むべきものじゃない。



「まずは、僕にとって玉虫の会がどういう場所だったのか、からだね。


 作り手の存在が感じられないような物語をひたすら作ってきた僕の人生には彩りが一つもなかった。モノクロの世界だった。自分の人生ほど退屈な物語はなかった。若い頃に恋もせず絵の勉強をし、プロになってからは仕事場に引きこもるようにして漫画を描き、締め切りに追われる日々だった。当然、結婚どころか恋人もできなかった。


 そんな人生を送っているうちに、僕は毎回ペンネームと作風を変える独自のスタイルから、いつしか透明の漫画家と呼ばれるようになった。それは作者が見えない物語を目指し、それだけをやってきた僕にとって嬉しいことだった。それと同時に、少し悲しくも思った。漫画家として生きていくうちに僕自身はどんどん透明になり、個性が消えてしまったようにも感じていたんだ。


 そんな僕に転機がやってきた。透明の漫画家と呼ばれるようになったことで、明日奈ちゃんの目にとまったんだ。才能のある人間を集めてパーティーを開こうと考えていた彼女から僕に招待状が届いた。それが五年前の玉虫の会、記念すべき一回目だった。初めは参加するかどうか悩んだよ。いくら名家のお嬢様といっても僕とは随分歳が離れていたし、知らない人ばかりのところへ行くのは少し気が引けた。だが、興味はあった。きっと僕以外の参加者は、明日奈ちゃんを含めて、濃い人生を送ってきたに違いない。そんな人たちと話してみたい。そう思った僕は参加したんだ。予想通り、玉虫の会はそれまでの僕の人生にはなかった刺激をたくさん与えてくれた。


 次に、僕にとって明日奈ちゃんや色葉ちゃんがどういう存在だったのか。二人は僕にとって妹のような、娘のような、存在だった。だけど僕は二人をとても尊敬していた。

玉虫の会に毎年参加しているうちに明日奈ちゃんや色葉ちゃんとも仲良くなった。特にその二人と話す機会が多かった。明日奈ちゃんは主催者で、色葉ちゃんはその幼馴染みだからね。毎年必ず会えるのがその二人だった。


 そして、その二人が僕にはとてもキラキラして見えたんだ。なぜなら、二人とも恋をしていたから、それも特別な恋をしていたからだ。僕はずっと実際の恋愛とは無縁の人生を送ってきたから、余計に輝いて見えた。これが二人を尊敬していた理由だ」



 コントローラの十字キーで文章を送りながらゆっくり読み進めていた僕は次の文章を見て驚いた。



「だから、二人の計画を知ったとき、僕は驚くと同時に感動したんだ」



 二人の計画? 色部さんの計画ではなくて? 『初めにここに記すのはあくまで裏の真相だ。表向きは表向きでそのままにしておいてほしい』と書いてあったけれど、僕が感じた違和感は一之瀬さんの死であって、一連の事件そのものではない。僕が疑問に思ったのは、なぜ一之瀬さんが殺されたかである。その答えは物語になぞらえたからなのだけれど、それが一之瀬さんである理由が不透明だからだ。


 もちろん、親しい人間で殺しやすかったというのが僕の推理で、神森さんも異論は唱えなかったけれど、どこかしっくりこなかった。だからこうして一之瀬さんの文章を読んでいるのだけれど、明日奈さんの死に対しては違和感を持っていなかった。一連の事件は色部さんと明日奈さんの二人が考えたことだと? それはいったいどういうことなのだろう。まあいい、その疑問の答えはこの続きを読めばわかる。



「僕が相談を受けたのは四回目の玉虫の会でのことで、その時にはもう明日奈ちゃんと今日介くんの結婚が決まっていた。二人が考えた計画は小鳥遊家を騙し、逃げ出すというものだった。内容は、とある物語になぞらえてあり、地域の言い伝えや昔話が好きな二人らしいもので、よくできていた。


 その計画で本当に小鳥遊家を騙せるかどうか、うまくいくかどうかを、僕に相談しにきてくれた。漫画という物語を作ってきた僕だから、少なくとも他の玉虫の会のメンバーよりも二人のことを知っている僕だから、相談してくれたのだろう。


 ここで、二人の恋について書いておかなければならない。


 まずは明日奈ちゃん、彼女はここに書くまでもなく古くから続く名家、小鳥遊家の一人娘で次期当主だ。結婚相手の今日介君は明日奈ちゃんのご両親が選んだ相手だ。明日奈ちゃんのお父さんが小鳥遊家を婿養子として任せられると判断した相手だ。明日奈ちゃんのご両親は娘をいきなり結婚させるような真似はしなかった。ちゃんと交際期間をつくり、玉虫の会にも三回目から参加している。だけど、明日奈ちゃんが恋した相手は今日介君ではなかった。十代のころから小鳥遊家で働いていた小山田君という使用人だったんだ。そして、小山田君も明日奈ちゃんのことを好いていた。二人は身分違いの恋人同士だった。


 今時、身分違いだなんておかしな話だけれど、明日奈ちゃんが生まれたのは名家で、小山田君はそこの使用人、明日奈ちゃんはご両親どころか本当に信用した人間にしかこのことを言っていないそうだ。当然、色葉ちゃんは昔から二人のことを知っていて、応援していた。だから大掛かりな計画を考えた。


 そして、君が知っている通り、色葉ちゃんは明日奈ちゃんに恋をしていた。色葉ちゃん曰く、初恋で、今もなお愛しているとのだとか。僕は同性愛どころか恋愛そのものに縁がなかった人間だから、その事実をすんなりと受け入れることができたよ。色葉ちゃんが毎年、明日奈ちゃんの誕生日にプレゼントしている絵(僕は虹色の乙女シリーズと呼んでいる)から友情だけではなく、ただならない愛情も感じ取っていたからでもある。


 色葉ちゃんは本気で明日奈ちゃんを愛していた。そして明日奈ちゃんはそのことを知っていた。だけど、明日奈ちゃんは色葉ちゃんのことは親友としか思えないそうだ。それで明日奈ちゃんの恋を応援する色葉ちゃんは強い人間だと思うね。もちろん、彼女は腕にたくさんの傷があるので、ただ強いのではなく、相当苦悩してきたからこそだと思われる。それでも、もう一度言っておこう、色葉ちゃんはすごく強い人間だと。


 そんな二人が考えたのが今回の計画だ。そもそも言い出したのは色葉ちゃんで、明日奈ちゃんは最初、断ったそうだ。なぜなら色葉ちゃんの恋心を利用するようなものだからだ。でも、色葉ちゃんは愛しているからこそだと言って説得し、二人で計画の形に仕上げたらしい。


 相談を受けた僕はその二人の計画に乗っかることにした。二人がなぞらえようとしていた物語では初めに人が一人殺されている。その役割が必要だと言ったんだ。もちろん二人は反対した。無関係の人を殺すことはできないと。


 だからこう続けた、僕が他殺に見せかけて自殺するのだと。


 僕はずっと死に場所を探していた。それは玉虫の会に呼ばれる前からだ。最初に述べたように僕は本当に透明になってしまいそうだった。自分で望んだこととはいえ、このモノクロの人生を終わらせたいと考えていたんだ。明日奈ちゃんの誘いで楽しい刺激ある夏を過ごせるようになっていたけれど、それも死ぬ前に訪れた最後の幸せだと思っていた。そして、二人の恋と愛と計画に感動した。二人のために死ねるのならば、これほどの死に場所はない。ちょうど連載も終わる頃だっただから、僕は自ら死を決断した。


 こうして、明日奈ちゃんを小鳥遊家の呪縛から解き放ち、小山田君と結ばれるための計画は、小山田君の承認と僕の提案によって四人の計画になった」



 一之瀬さんは自殺だったのか。それなら納得がいく。色部さん達の計画を事前に知っていてそこに便乗する形で人生を終えたのだ。それも、自ら終わらせた。なんでも自分でやらないと気が済まない一之瀬さんらしい。これで一之瀬さんの死の真相はわかった。本来の僕の目的は果たされたと言ってもいい。


 しかし、謎が残っている。明日奈さんと小山田さんが結ばれるための計画と書いてある。明日奈さんは色部さんに殺されたはずである。いったいどういうことなのだろうか。

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