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花嫁事件 15 八月二十二日 金曜日

朝日ヶ浦へ帰る船は事件が起きた島からどんどん離れていく。僕は一人、甲板で遠ざかる久美島を眺めていた。


土曜日に予定されていた結婚式が中止になり、僕らは元々の日程より二日も早く帰ることになってしまった。事件に巻き込まれ、予定も狂い、不運な話である。けれど、白銀の賭博師、栗沢さんの身には、何か幸運な出来事が起こるのかもしれない。彼女はどんな不運も幸運に変えてしまうらしいので。


 今まで五年間、毎年開催されてきた才能を持った有名人が集まる玉虫の会も、もう行われることはない。主催者が死んでしまったのだ、当然である。僕らの後に来る予定だった人達に興味もあったし、黒の探偵の助手としてこれから毎年参加するものだとばかり思っていたので残念である。


「或江、こんなところで何をしている」


 隣を見ると、花桃さんの主治医、白衣の霧谷さんが僕と同じように海を眺めて立っていた。今日もきっちりオールバックが決まっている。


「風にあたっています」


「そんなことは見ればわかる。俺が言っているのは、黒の探偵を放り出して何をしているんだ、ということだ。貴様は助手だろう」


「神森さんは疲れて中で寝ていますよ。それより霧谷さん。あのときはありがとうございました」


「何のことだ。俺は貴様に礼を言われるようなことはしていない」


「一之瀬さんの現場で僕の役割を教えてくれたじゃないですか」


「あれは貴様が話を聞かず上の空だったからな、あれでは物語が進まなくなる」


「あのとき対応が早かったですけど、医師としてああいう現場に立ち会ったことがあるんですか?」


 僕が尋ねると霧谷さんは一度空を見上げ、また海を見ながら口を開く。


「結花には全てがわかる。そう、黒の探偵と同じように、だ。いや、神森未森は未来のことはわからないんだったな。ならこう言おう。結花には未来のこともわかる。だから我々は今回のことを予期し、真相もすべて知っていた。もちろん、結花には何も口出ししないよう言っておいたが」


 だいたいを言い当ててしまう、占い師。そんな彼女を僕は神森さんと似た能力を持っているのかもしれない程度に考えていた。だけど、それは少し甘かったようだ。未来のこともわかる。それは神森さんにもわからないことまでわかってしまうということだ。神森さんより強力な能力を持っているということだ。だけど、そんな力があるのなら、全てを知っていたのなら、どうして霧谷さんは何も口出ししないように言ったのだろう。


「なぜですか?」


「なぜだと? そんなものは決まっている。探偵と助手がいるんだ。我々の役割ではない。俺はその場に居合わせた医者。結花は俺を現場に来させる為の手段。それが俺達の今回の役割だ」


「そうですか。けど、花桃さんは僕を手助けしてくれました」


 事件の前の日の晩、花桃さんは絵本を僕にくれた。そしてその絵本になぞらえて事件が起きた。未来を知ることができるというのが本当なら、あれは黒の探偵の助手である僕が推理をしやすいようにするための手助けに他ならない。


「結花には過度に接触しないよう言っておいたんだがな。主軸たる物語において今回は再会したという事実だけで充分だ。やはり貴様に会えたのが嬉しかったのだろう」


「再会がかすむほどのとんでもない事件でしたけどね。このまま警察にバレずに済むんでしょうか? ちゃんと、なかったことになるんでしょうか?」


「たとえ警察が事件の存在に気付いても、捜査が行われることも、小鳥遊家が隠ぺいしたことが罪に問われることはない」


「小鳥遊家の圧力によって、ですか?」


「それもあるが、そもそもこの俺がそんなことはさせない」


「はい?」


「俺には玉虫の会のメンバーの様に才能があるわけではない。だが、結花という存在をうまく使いこなすことはできる。或江、貴様のように黒の探偵を持て余すようなことはないのだよ」


「……そうですか。さっき再会と言いましたけど、僕と花桃さんはやはり前に会っているんですよね?」


「……」


 返事が返ってこないので隣を見ると、霧谷さんはいなかった。というか白衣の後ろ姿が見えた。思いっきり逃げられてしまったな、これ。


 船が無事に朝日ヶ浦の船着き場に着いた頃、僕は座席で眠る神森さんを起こしていた。


「神森さん、着きましたよ。起きてください」


「あとごふーん」


 これはあと十五分はかかるやつだ。早くしないと帰る時間がどんどん遅くなる。ただでさえ電車で三時間かかるのだ。神森さんはどうせ電車の中でも寝るのだから、なんとか起こさないと。と考えていると桃色のワンピースを着た花桃さんがやってきた。


「あっくん、あっくん。お別れだね」


「はい。花桃さんは知っていて絵本を渡してくれたんですよね?」


「うん、うん。役に立った?」


「ええ、それはもう。ところで僕と花桃さんとの関係ですが、もう教えてくれますよね?」


「まだ内緒」


「え?」


「大丈夫、大丈夫。じゃあ、またね」


 小さく手を振り、花桃さんは笑顔で船から降りて行った。


 またね? 僕と花桃さんはまた会うということなのだろうか? そして霧谷さんが言っていた、主軸の物語において今回は再会したということだけでいい、というのも、まるでこれからも会うみたいな発言である。どこで会うかはわからないけれど、その時までには姉に確認しておこう。河部ハーメルン以前に、僕が桃色でパッツン前髪の少女と会っていたかどうかを。

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