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花嫁事件 14

 再び食堂に集まった僕らは誰も何も話さなかった。今日介さんは部屋に戻り、金永さんは今日介さんと一緒に居る。今の今日介さんを一人にしておくのは危険なので、誰も異論は唱えなかった。つまり、食堂にいるのは栗沢さん、花桃さん、霧谷さん、神森さん、僕、の五人だけである。


 沈黙を破ったのはメイド長の小滝さんだった。小滝さんはアトリエに行った後、新たな騒ぎを聞きつけ、礼拝堂に来ていた。その後、食堂に直接は来ず、メイドさんたちの情報をまとめてから、ここにっやってきた。彼女は明日奈さんの席のところに立ち、ずれた眼鏡をなおし、口を開く。


「アトリエには色部様はいらっしゃいませんでした。色部様のアトリエには見覚えのない薬物と、『花嫁は私のもの』と書かれたメモが置いてあったそうです」


「犯人は色部さんで確定ですね。あの礼拝堂の遺体はおそらく、この辺りの言い伝えを模したものでしょう」


 僕がそう言うと小滝さんは頷いた。


「木こりが好きだった花嫁は、親が決めた結婚をなくしてほしいと女神に頼み、その代わりに知らない人間の命を差し出した。しかし、女神に殺されたのは木こりの父親で、木こりは花嫁に別れを告げた。そして花嫁は嫌がっていたはずの結婚を承諾した。女神は自分の願いとは反対の行動をとった花嫁の四肢をもぎ、頭部は冥界で女神と共に暮らした。私も礼拝堂の様子を見たときに思い出しました」


「今回の一連の事件がその物語になぞらえられた犯行とするなら、色部さんは女神のポジションということになります。初めに他人、今回は一之瀬さんを殺害し、その後、花嫁である明日奈さんを殺害、四肢を切り落とし、並べ、頭部を持って船で逃走した。伝承通りなら一之瀬さんの死によって明日奈さんの願いが叶い、その後、明日奈さんにとって予想外の出来事が起こり、願いとは反対の行動をとり、そのことで色部さんに殺されたということになりますが、その場合、一晩で明日奈さんが殺害されるところまでいくとは考えにくい。あくまで伝承をモチーフにした犯行ということでしょう。わからないのは動機ですね。神森さん、どうして色部さんはこんなことをしたんですか?」


「独り占めにしたいからだよ」


 そう言われてすぐに頭によぎったのは、廊下に飾られた絵画、虹色の乙女シリーズだ。誕生日の度に色部さんが描いてプレゼントしていたというそれらから、僕は友情を感じ取ったけれど、そこには愛情も混ざっていたのだ。


「色部さんは明日奈さんのことが好きで、その愛故に結婚が許せなかった。しかし、名家のお嬢様を同性愛に引き込むことはできない。だから犯行に及んだ、ということですね。色部さんは言い伝えなどを集めるのが趣味だとも言っていました。『お話がだいすきな女の子』というのにも当てはまります。だから、自分を女神に例え、物語になぞらえた。初めに殺されたのが一之瀬さんだった理由は親しい人間で殺しやすかったからでしょう」


 その後の沈黙が同意の証となった。


「……問題は連絡手段ですね。警察に連絡しなければなりませんし、船を手配しなければ、僕らがこの島から出ることすら叶いません」


「修理するかー」


 僕の隣で、神森さんがいつものテンションでそう言った。


「できるんですか?」


「できるよ、ワシはなんでもわかるからね。夜には連絡できるでござる」


「ではお願いします。ではさっそく修理に取り掛かってください」


「りょぷかいでーす」


 僕らは食堂を出るとそれぞれの部屋に戻り、夜を待つことにした。


 神森さんは部屋に戻らず、屋敷などが立ち並ぶ一角から外れたところにある、海が見える場所で衛星電話の修理に励んでいた。僕はその様子をずっと横で見ていた。神森さんの手際はテキパキとしていて、まるで専門の業者さんのようだった。時折、『んーんー』と唸っていたりもしたけれど、それは神森さんが能力を使って機械の直し方を探っている何よりの証である。本当に、この人にかかれば何でもわかってしまうということだ。


 日が暮れる頃、修理が終わった。神森さんは宣言通り、夜には外部と連絡できるようにしてみせた。


 試しにどこかへ電話をかけようと話していると、小夏さんがやってきて、食堂に来るように言われた。何かまた事件でも起きたのだろうかと思いながら食堂へ入ると、死んだ二人と逃げた一人を除いて全員が席についており、テーブルの上は晩餐の準備が整っていた。一番奥の明日奈さんの席には今日介さんが代わりに座っており、今日介さんから見て右側、僕らから見て向かい側の席には栗沢さんだけが今日介さんからかなり離れた位置に座っていた。今日介さんから見て左側に座っているメンツは欠けていないのでそのままの順番だ。栗沢さんはただ昨日と同じ場所に座っているだけなのだけれど、片側に一人、もう片側は五人というかなりいびつな席順になっている。向かい側の人ばかりいなくなったのを思い知らされる。偶然だろうけど。

 

 僕らが席につくと、今日介さんは静かに口を開く。


「衛星電話の修理は終わりましたか?」


「おわったでござるよ!」


「わかりました」


 今日介さんはそう言って一度頷いてから、立ち上がる。


「皆さん揃ったようなので、先に食事にしましょう。それとその前に一言。この度は僕と妻、明日奈の結婚式のために集まって頂いたにもかかわらず、このような最悪の事態に巻き込んでしまい、申し訳なく思います。僕もまだ、妻が殺されたという事実を受け入れきれていませんが、黒の探偵さんによって犯人も特定され、この島にはもういないとのことですので、今晩は安心して過ごしてください。では、食事にしましょう」


 そう言って一礼し、今日介さんは座った。


 今朝の取り乱した姿がまるで嘘だったかのように落ち着いている。きっと金永さんのケアが上手くいったからなのだろう。それと、明日奈さんがいない今、この屋敷の主人は今日介さんなのだ。いくら妻の悲惨な姿を見た後とはいえ、客人を招いている以上、しっかりと対応しなければならない、ということだろう。非常事態が続いて取り乱してしまっていたが、どうやらやるときはちゃんとやる人らしい。さすがは名家、小鳥遊家に認められて婿養子になっただけのことはある。、という感じだろうか。


 昨日と同じくフランス料理のフルコースを食べた僕らは、昨日のようににぎやかに談笑するということはなかった。さすがにあんな事件が起きた後だ。今日介さん、栗沢さん、金永さんの三人は食欲がないのか、かなり料理を残していた。


「神森さん、衛星電話の件ですが」


 メイドさん達によって食器が下げられた後、今日介さんは神森さんにそう話しかけた。


「いつでも電話できるよ!」


「ちゃんとつながるかの確認はまだですが、神森さんがこう言っているので、おそらく大丈夫でしょう、今からメイドさんに頼んで警察に連絡してもらいましょう」


「かけるのは警察ではなく、朝日ヶ浦の港にしてくれ」


「先に船の手配ということですね、その後、警察に――」


「いや、警察には連絡しない」


「はい?」


「由緒ある名家の次期当主が殺されたなんてことが世に知れたら一大事だ。しかも犯人は色部さんなんだろ? 彼女は家同士の交流もあって昔から小鳥遊家に出入りしていて、身内みたいなものだ。つまりこれはお家騒動だ。小鳥遊家の汚点になる。妻が死に、次期当主となった僕としてはその事態は避けなければならない。殺された明日奈も自分の死が小鳥遊家の汚点になるのだけは嫌だろう」


「だからって警察に連絡しないのは非常識では?」


「常識か非常識かは関係ない。ことを荒立てるのが一番の愚行だ。一之瀬さんは行方不明。明日奈は病死として後日公表する。遺体は明日、使用人と僕で埋葬する。君が撮った現場の写真のデータはすべてこちらで預かる。そして、犯人である色部さんの捜索は当家で内密に行う。それで問題はない。客人である君たちは何も見なかった、知らなかったということでいい。結婚式については明日奈の体調不良により中止、君たちはその中止を受けて明日帰る。そういうことにしてくれ」


「……わかりました」


「皆さんもそういうことでお願いします」


 今日介さんは再び立ち上がり、深々と頭を下げた。


こうして、明日奈さんの二度目の結婚式は色部さんの愛によって、最悪の形で幕を閉じたのである。


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