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花嫁事件 13

 ひとまず、僕らは食堂に集まることにした。神森さんがご飯ご飯とうるさかったので、朝食は食堂に持ってきてもらって食べた。他の人はもう食べた後なのか、僕と神森さんだけが小夏さんが用意したフレンチトーストを食べていた。


 食堂に集まったのは、今日介さん、金永さん、花桃さん、霧谷さん、神森さん、僕、の六人。昨日の晩餐と同じ位置に座っているので、僕の向かい側は空席だらけだった。いないのは明日奈さんと、今日介さんの隣から順に、亡くなった一之瀬さん、アトリエの小屋で寝泊まりしている色部さん、白銀の賭博師の栗沢さん。どうやら騒ぎに気付いてないらしい。


 僕はメイド長の小滝さんにほかの人間を使用人含め全員をここに集めるよう、そして警察への連絡を頼んだ。それはもちろん、この屋敷に、この島に、容疑者がいるからだ。


「かしこまりました。私は先にお嬢様へ報告してまいります」と小滝さん。


「では警察への連絡は私が」とさっき一之瀬さんを発見したメイドさん。


「今日介さん、明日奈さんと寝室は別なんですか?」


「ああ、いまだに一緒に寝てくれなくてね。昨日は色部さんのところへ行ってしまったよ」


 これで明日奈さんと色部さんがいないのは納得できる。中庭を挟んだ先にある、あのアトリエに居たら、騒ぎには気づかないだろう。ということは、残るのは栗沢さんか。


「残りのメイドさんで誰か、栗沢さんを連れてきてください。あと、船があるかを確認してきてもらってもいいですか?」


 僕がそう言うと何人かのメイドさんが返事をし、食堂から出て行った。

 全員は集まっていないし、主の明日奈さんもいないけれど、フレンチトーストを食べ終わったので、口を開く。神森さんはまだ食べているけれど、問題ないだろう。


「僕は昨晩、一之瀬さんとあの部屋で話していました。時間はだいたい十時から日付が変わる前くらいまでです」


 僕の発言に今日介さんが驚いた表情をする。


「僕が部屋を出るとき、一之瀬さんは次の客がこれから来ると言っていました。おそらくその人物が犯人でしょう」


「でも、自殺かもしれないわよ? どうして殺された前提なわけ?」と金永さん。


「一之瀬さんの部屋のテーブルには紅茶が入ったカップが一つ、一之瀬さんのそばに空になったカップが一つ、転がっていました。もちろん、僕が出してもらったときのカップとは違うものでした。これは一之瀬さんが亡くなったときにもう一人人間がいた証拠です。霧谷さんは遺体の状態とテーブルの上のカップから毒殺と判断したんですよね?」


「ああ、そうだ」


「そして、一之瀬さんが言っていた次の客が来たのが僕の後ですから零時以降。遺体は死後六時間は経っているとのことでしたので、死亡推定時刻は零時から三時半、ということになります」


「さっきから君ばかり話しているけど、君は助手だろ? 黒の探偵の意見はどうなんだ? 犯人は誰なんだ」


 今日介さんがまくしたてるように発言した。この島にまだ犯人がいるかもしれないという事実がよほど怖いのだろう。


「では、神森さん。犯人は誰ですか?」


 僕がそう尋ねると、神森さんはフレンチトーストが刺さっているフォークを置き、口を開く。


「んー、お話がだいすきな女の子だよ」


「抽象的だな。犯人は一体誰なんだ!」


 神森さんの発言が今日介さんをより、苛立たせてしまったようだ。


「すみません。神森さんはいつもこうなので。彼女の発言を紐解くのが僕の役目なんです。『お話がだいすきな女の子』ということは、これでかなり容疑者を絞れます。女の子なので、男性は除外、一之瀬さんの発言から、僕の後の客はまだ話していない人物だと推測できるので、僕の前に話していた栗沢さんと心が乙女の金永さんも除外。金永さん、そうですよね?」


「ええ、確かにくるみちゃんとアタシは十時ごろまでくるみちゃんの部屋で話していたわ」


「メイドさん達は、一之瀬さんが客という表現をした以上、違うと思われます。そして、花桃さんは零時から一時まで僕の部屋で僕といたので、少なくとも一時まではアリバイがあります。以上のことから、容疑者の可能性があるのは、明日奈さん、色部さん、花桃さん。ということになります」


「明日奈はそんなことするわけないだろ! だいたい君の発言自体が信用できない! 客が帰った後に毒を飲んだと考えたら、自殺だって可能性が残っているはずだ!」


「確かに―――」


 僕が今日介さんをなだめようとしたとき、食堂のドアが音をたてて開けられた。


「大変です! 電話が壊されています!」


 そう言って現れたのは先ほど警察に連絡しに行ったメイドさん。とても慌てた様子である。


「どういうことですか?」


 僕が尋ねると、メイドさんは深呼吸をしてから口を開く。


「電話がつながらないので、屋敷の裏のアンテナまで様子を見に行ったんですが、ボックスの中の配線が切られていました」


「犯人の仕業かもしれませんね」


「まだ他殺って決まったわけじゃないだろ! 一之瀬さんが壊してから自殺したかもしれないじゃないか!」


「今日介さん、確かにそれも考えられますが、どうして自殺する人間が屋敷の連絡手段を断つ必要があるんですか?」


「それは、あれだろ。警察に連絡してほしくないからだろ」


「仮にそうだとして、だったらどうしてここで自殺したんですか? 警察に連絡してほしくないのなら誰もいない場所で誰にも気づかれず死ねばいいじゃないですか」


「だからって、屋敷にいる人間を疑うのか!」


 白熱する今日介さん。金永さんが「ちょっと落ち着いて」と声をかける。

 すると、またメイドさんが走って食堂に入ってきた。


「ボート、ありませんでした!」


 その言葉を聞いて、その場にいる全員が静かになった。


「取り残されたということですね。これも犯人の仕業でしょう。一台しかない船で逃走すれば、僕らの足を奪うことにもなる。警察には電話で連絡できない、船で呼びに行くこともできない。犯人は警察に連絡してほしくないみたいですね」


「ちょっときなさい!」


 声がして、ドアの方を見ると、慌てた様子でやってきたのは、メイドさんではなかった。やってきたのはゴスロリ服の栗沢さん。ツインテールを揺らしながら入ってくるなり、ドアに一番近い場所に座っていた僕の腕を掴む。


「アンタでいいや、こっちきて」


 僕は栗沢さんに引っ張られるがまま、食堂を出て、屋敷からも出る。そして、そのまま外の森の中を走る。栗沢さんはよっぽど急いでいるらしく、かなりの速度で走っている。


「どこへ行くんですか?」


「いいから、きなさい。それともここで死ぬ?」


 舗装された森の中の道を進むと、礼拝堂が見えてきた。どうやら、栗沢さんの目的地は、この屋敷から少し離れた場所にある礼拝堂らしい。確か小鳥遊家は昔から名家で有名だけれど、キリスト教を信仰しおり、明日奈さんもカトリック系の学校を出ていたはずだ。土曜日の結婚式もこの礼拝堂で行われる予定になっている。三角屋根の礼拝堂は屋敷と同じく古いものらしい。外からでも見えるステンドグラスはカラフルで、夏の太陽を浴びてきらきらと光っている。


 礼拝堂の前に着くと、栗沢さんは木製のドアを開ける。礼拝堂の一番奥にある祭壇の上に花嫁の姿があった。


「私が来た時にはもうこうなってた」


「……これが美しいということなんですかね」


「は? 何言ってんの?」


 七色の光を浴びるそのウエディングドレスには手も足も頭もなかった。ドレスを着た胴体だけが祭壇の上に置いてある。ドレスは血まみれで赤とも黒とも言えない色で汚れている。中へ入っていくと、祭壇の下の床に右から順に、右腕、右足、左足、左腕、と綺麗に並べてあった。所謂、バラバラ死体というやつだ。ドレスは血まみれで、赤く汚れているけれど、腕も足も綺麗だった。


 一之瀬さんの遺体と比べるとかなり悲惨な状態である。まさに猟奇殺人。しかし、僕は先ほどと同じく、ひどく落ち着いていた。そしてこの現場でも僕は探偵の助手としての役割、それをしなければならない。


 ポケットからケータイを取り出し、カメラ機能で撮影していく。全体、胴体、バラバラになった綺麗な四肢。


 僕は似たような光景を知っている。昨晩、花桃さんにもらった絵本の一ページ、花嫁が女神さまに両手両足をもぎ取られた後、頭も持っていかれたときのイラストである。あれは神社で、白無垢だったけれど、間違いない。これはあの朝日ヶ浦に伝わる昔話を模したものだ。


「なんてことだ……」


 振り返ると、今日介さんが立っていた。その後ろには神森さんや他の顔も見える。どうやら連れ去られた僕を追ってきたらしい。


 今日介さんはふらふらと歩いてくる。僕が道をあけると、祭壇の上の花嫁を抱きしめた。


「明日奈ああああああああ」


 夫の今日介さんがそう言うのだから、この花嫁の死骸は明日奈さんで間違いないのだろう。これだけバラバラにされていては死因や殺された時間帯どころか身元も怪しいのだけれど。しかし、栗沢さんは僕を連れてきたし、行方が分からない女性は明日奈さんと色部さんだけだ。祭壇の下に置かれた左腕にはリストカットの跡がなかったので、消去法で明日奈さんということになる。それにこの島に花嫁は明日奈さんしかいない。一番身近な夫の今日介さんもそう言っているのだから、確定だ。


 そう考えながら外へ向かって歩いていると、「キョウちゃん、落ち着いて!」と言いながら走ってくる金永さんとすれ違った。


 礼拝堂の外にやってくると、神森さんは「んーんー」と唸っている。おそらく一之瀬さんを殺したのと同一犯かどうか考えているのだろう。


 僕は外で待機していた栗沢さんに声をかける。


「どうして栗沢さんは朝から礼拝堂に?」


「どうして、アンタに言わなきゃならないの? 死にたいの?」


「これでも黒の探偵の助手なので」


「あっそ。アンタもめんどくさいことやってんだね、死んだ方が楽なんじゃない?」


「仕事ですから。それに、栗沢さんと違って僕は口調に気を付けているので、人間関係でめんどくさいことにはならないと思っています」


「アンタ、わかってないね。人はお金と運があれば生きていける。その二つがあれば人間関係なんてどうにでもなるの。逆に、その二つがなければ、いくら丁寧に話したってどうにもならない。私はいくら暴言を吐いても両方が勝手にやってくるから。こっちの方がトラブルも起きないし、楽なのよ」


「そうなんですね、さすがに真似をしようとは思いませんけど。で、どうしてここに?」


「……毎日朝食後に神頼みしてるの。教会とか神社とか、とにかく近くで済ませる」


 神頼みか。なんとも賭博師らしい理由である。彼女が賭け事に勝ち続ける秘訣は案外、神頼みのおかげなのかもしれない。


「で、やってきたらこうなっていたと」


「そういうこと。それと、神頼みのことは秘密だから。誰かに言ったら――」


「わかりました。誰にも言いません。栗沢さんは朝の散歩の最中にたまたま礼拝堂にやってきて、明日奈さんの遺体を見つけた。そういうことにしておきます」


 礼拝堂は今日介さんの泣き声と、それをなだめる金永さんの声が反響していた。

 僕はそれを聞きながら、またもや何も感じていない自分に驚きを隠せないでいた。

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