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花嫁事件 11

神森さんが寝ている部屋を目指し、長い廊下を歩く。ちょうど螺旋階段のあたりに差し掛かると、小さい桃色が階段を駆け上がってきた。


「あっくん、あっくん!」


 桃色の占い師、花桃さんである。彼女はふわふわの髪を揺らしながら、小さい体に不釣り合いな大きな胸も揺らしながら、手に何やら本らしきものを持って僕のもとへやってくる。服は晩餐のときとは違い、桃色のパーカーだ。そのパーカーは丈が長く、さらに花桃さんの体の小ささも相まってワンピースのようになっている。


「こんな時間にどうしたんですか?」


「わたしね、忘れていたんだけれど、これをね、あっくんにあげようと思って、これは――」


「花桃さん、今日はもう遅いですし、明日にしましょう。こんな時間に僕のような男と会っているところを誰かに見られると厄介ですし、霧谷さんも心配していると思いますから」


 持っていた本を僕に見せ、本題に入ろうとする花桃さんを、僕はばっさり彼女のぱっつん前髪のように切った。


「ダメなの! 先生には内緒で、えっと、えっと、先生はもう寝てるから、少しだけなら大丈夫なんだよ、ふふん」


 なぜか得意げな表情の花桃さん。廊下で本題に入ろうとするくらいの人だ。ここで僕がいくら説得しても戻ってはくれないだろう。それにここでのやり取りが長引けば、それこそ誰かに見つかってしまいかねない。


「わかりました。でもさすがにここではあれなんで、僕の部屋へ行きましょう」


「あっくんのお部屋!」


「というか、神森さんと僕の部屋です」


「あれま。探偵さん、まだ起きてるの?」


「今は夢の中ですよ」


「そっか、そっか。なら、静かにお邪魔するね」


 というわけで、僕は僕のことを一方的に知っている謎の占い師を部屋に招き入れた。神森さんは相変わらず和室で眠っているようなので、花桃さんにはリビングのソファーに座ってもらう。そして僕は小さなキッチンへ向かった。


「今、何か用意しますんで」


「飲み物とかいいよ、わたし、お話したらすぐ帰るから。喉も乾いてないし。そんなことより、あっくん、あっくん、ここに座って」


 花桃さんは自分が座っているソファーの横を軽く叩いている。僕は言われるがままリビングへ行き、彼女の隣に座る。すると彼女は、先ほどからずっと持っていた本を僕に差し出す。手に取って見てみると絵本だとわかる。


「これは朝日ヶ浦では有名な昔話? 言い伝え? を絵本にしたものなんだけど、読んでみて」


 絵本の内容はこうだ。



 昔々、綺麗な女の子がいました。女の子のお家はお金持で有名でした。欲しいものは何でも手に入ります。おもちゃも、お菓子も、友達も。女の子はいつも楽しそうに笑って過ごしていました。

女の子が大人になったとき、手に入らないものができました。それは恋人です。女の子が好きになったのは木こりの青年でした。


 それを知った両親は隣町のお金持ちの息子との結婚を勝手に決めてしまったのです。女の子は結婚したくありませんでした。本当は木こりと結婚したかったのです。


 女の子は女神さまにお願いしました。「結婚を取りやめにしてほしい」と。女神さまは言いました。「愛するもの以外の人間の命と引き換えにあなたの望みを叶えましょう」女の子は喜びました。女神さまはもう一度聞きます「私ができるのは結婚を取りやめにすることだけです。それでもいいですか?」女の子は答えます。「知らない人の命なんてどうでもいいわ。早くして」女神さまは頷きました。


 その夜、一人の人間が死にました。


 次の日、女の子の家では突然両親が結婚を取りやめにすると言いました。好きな人と結婚しなさいと。女の子は自由になったのです。女の子は喜び、すぐに木こりに会いに行きました。けれど、木こりは女の子に別れてほしいと言いました。昨日の夜、死んだのは木こりの父親だったのです。あまりにも突然死んだので、木こりはこう考えました。自分がお金持ちの家の女の子を好きになったから、天罰が下ったのだと。女の子は木こりに言いました。天罰ではないと。しかし木こりは女の子の話を聞かず、家に帰ってしまいました。


 女の子はちっとも悲しくありませんでした。むしろ木こりに腹を立てました。そして、その当てつけに隣町のお金持ちの息子と結婚を決めてしまいました。

女神さまは結婚を取りやめてほしいと願ったはずなのに、自ら結婚しようとする女の子に天罰を下すことにしました。


 次の日の朝、神社に婚姻の衣装を着た女の子の姿がありました。けれど、女の子の両手も両足もありません。女神さまにもぎ取られたのです。


「何もわかっていないお前には手足は必要ない。人の痛みを知りなさい」


 自分で動くこともできない女の子はそのまま死んでしまいました。


 お昼になり、それを見つけた女の子の両親は女神さまに願いました。女の子の魂だけは冥界に連れて行ってほしいと。女神さまはその願いを聞き入れ、女の子の頭をもぎ取り、それを持って冥界へと帰りました。


 冥界で女の子は女神さまと楽しく過ごしました。めでたし、めでたし。



「読み終わった?」


 僕が最後のページをめくると、花桃さんが隣から僕の顔を覗き込んできた。

 晩餐の後に色部さんが言っていた話はこれだったのか。そして花嫁がいる場で言えないのは花嫁が胴体だけになるからだったのか。納得である。


「悲しい、悲しいお話だよね」


「幸せなお話なんじゃないんですか?」


 僕は絵本の最後のページで楽しそうに女神と暮らす女の子を指さす。


「ハッピーエンドですよ」


「あっくんは、そういう風に壊れたんだね」


「はい?」


 壊れた? 確かに僕は普通とは違うかもしれない。それでも姉に教わった知識で普通を演じ、先月には感情というものを、全てとは言わないが取り戻した。そのはずだ。


 それに、その言い方じゃまるで壊れる前の僕を知っているみたいじゃないか。やはり、花桃さんは河部ハーメルン以前の知り合いなのだろうか。


「んーん。あのね、あのね、どうしてあっくんは敬語なの?」


「僕はこれが普通なので。それに花桃さんとは今日が初対面だと思っていますし。僕と花桃さんとの関係は、まだ教えてはくれないんでしたよね?」


「あ! そうだったね。ごめん、ごめん」


 ぺこぺこと頭を下げる花桃さん。その度にふわふわの髪が揺れて、ほのかに柑橘類の香りがする。そして彼女は絵本を指さす。


「それ、あげるね」


 正直なところ、貰っても荷物になるだけだし、神森さんに浮気だと騒がれるだけだ。しかし、くれると言っているのだから、素直に貰っておこう。


「ありがとうございます」


 僕がそう言うと、花桃さんは立ち上がる。


「それじゃあ、わたしは帰るね」


「お送りしますよ」


 僕も立ち上がる。すると花桃さんは首をぶんぶんと振る。またもや柑橘類の香りが漂う。


「大丈夫だよ、あっくん。わたしはこの後誰にも会わずに無事に部屋に帰れること、知っているの。大丈夫、大丈夫」


 知っている? これまた妙な言い回しである。というかこの人は妙な言い回しばかりだ。だいたいを言い当ててしまうという占いの力なのだろうか? ……よくわからない。けれど、本人が大丈夫と言うのなら大丈夫なのだろう。とりあえず.ドアまでついていこう。


「あっくん、またね」


 そう言って手を振った花桃さんを送り出した後、ケータイで時刻を確認すると午前一時だった。


「さすがに、もう寝るか」


 僕はそう呟いてから、神森さんが寝ている和室へと向かった。

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