縦笛事件 07
よくわからないお婆さんのお話を聞いた後、僕は簡単にその場所を見つけることができた。よくわからないとか言ってしまったけれど、あのお婆さんには感謝である。決して下着を見たことに対する感謝などではない。ヒントをもらったからだ。
『悲しくて苦しくておいしい場所』
それは猫にとってではなかった。人間にとって、もっと言うならば神森さんにとってである。どんな不思議な力かは検討もつかないが、神森さんが言った台詞なのだから、彼女の主観が含まれていることを考慮するべきだったのだ。彼女の主観、つまりこの光景を見た彼女の感想。とでも言うべきか。
僕の目の前にあるのは小さな土の山だ。会瀬川河川敷公園第三グラウンドの隅にある大きな木。僕と姉が神森さん家に行く途中に通った道にあった木である。
その下に小さな盛り土があった。その真新しい盛り土の上にアイスの棒が落ちている。これが墓標だったのだろう。姉と通ったときにはアイスの棒に気が取られて土が盛られていることに気が付かなかった。アイスの棒を拾い上げるとそこには子供の字で『ねこ』と書かれている。
猫のお墓である。
盛り土の前にはアルミのペンケース。これには水が入っている。そしてペンケースの両サイドには雑草の花束が空き缶に入って置いてあった。まさにお墓である。ちゃんとお供え物もある。ただ、そのお供え物がラムネ菓子なのだけれど。
これが、『悲しくて苦しくておいしい場所』である。
つまり猫は死んでいたのだ。そして、神森さんは猫が死んでいるのを知っていたということだ。では飼い主はなぜ猫捜しなど依頼したのか。
猫が行方不明になり、飼い主が神森さんに依頼、彼女は不思議な力で死んでいることを知った。つまり依頼は達成されていたということになる。ならば彼女がパソコンに向かっていたのも、猫の飼い主にそれを知らせるためだったと頷ける。
そこに僕が猫捜しの依頼だと勘違いを起こして外に出てきた。ということなのだろう。
いや、待て。そもそも『いらいやるかー。やるかーにばるふぇすた』と言った彼女に依頼かどうか確認したところ『そうだよ。にゃーさんを探すの』と彼女が言ったから、僕は猫を捜すのだと思ったのだ。いくら適当な人とは言えどもさすがに捜し終わっているものをさがすと言ったり、終わっている依頼をやるとは言いださないだろう。それでは意味不明ではなくて無茶苦茶だ。
では、どういうことなのか。
僕は持っていたアイスの棒を盛り土に差し直し、空を見上げる。真夏の空は果てしなく青い。どこまでも青い。
そして僕は、握りしめている縦笛を見つめた。