花嫁事件 09
お風呂からあがって、服を着せ合ってから、お互いに髪の毛を乾かし合い、和室の布団の上でごろごろとしていると、神森さんはすぐに寝てしまった。よほど疲れていたのだろう。それもそうだ。普段は昼夜逆転の生活をしている彼女を朝から連れ出し、ここまでやってきて、いろいろな人と出会い、プールで遊んだりした。神森さんは終始テンション高めで楽しんでいたし、疲れるのも無理はない。だけど、僕はなんとなくまだ眠れそうになかった。
ケータイを取り出して時間を確認すると、まだ十時。僕は神森さんを起こさないように、こっそり部屋の外に出てみた。もちろん鍵をかけて。特に行く当てはないけれど、静かな廊下を歩いてみる。すると、あることに気が付いた。
僕がいる二階の廊下の壁には絵が飾られている。女の子の絵だ。その絵の女の子は僕らがいる部屋から奥へ進むごとに、成長していく。なぜ同じ女の子だとわかったかというと、顔立ちもそうなのだけれど、着ている服がすべて白のワンピースなのだ。といっても、絵自体はすごくカラフルで、キラキラしているのだけれど。
僕が進むごとに歳を取っていく少女の顔は、だんだん見覚えのある顔つきになっていく。明日奈さんだ。これは明日奈さんをモデルに描かれたものらしい。そしてこのカラフルな色使いはまるで虹の様である。つまり、これは虹色の画家、色部さんが明日奈さんをモデルに、少女時代から一枚ずつ描かれたものだ。もちろん、確証はない。僕は、色部さんが虹色の画家と呼ばれるきっかけになった、虹色の風景シリーズを一枚も見たことがないからだ。でも、そんな僕でもわかる。色部さんがこの作品に込めたであろう、友人への想いが感じられたからだ。
それに気づき、絵をじっくりと眺めていると、螺旋階段の方から透明の漫画家、一之瀬さんがやってきた。晩餐で見た時と同じく、薄汚れたチェックのシャツを着ている。
「その絵に気付いたんだね」
「はい、これは色部さんが描いた明日奈さんですよね?」
「ああ。これは色葉ちゃんが毎年、明日奈ちゃんの誕生日にプレゼントしているものでね、僕は虹色の乙女シリーズと呼んでいる」
一之瀬さんは僕の隣に並んで絵を見つめる。彼の大きな眼鏡の奥の目が細くなっている。
「黒の探偵さんは?」
「もう寝ました」
「じゃあ、僕の部屋に来ないかい? 少し話し相手になってくれると嬉しいんだけど」
「僕でよければ」
そう答えると、一之瀬さんはゆっくりと廊下を歩き始める。僕は絵を見ながら彼についていく。しばらく歩くと一之瀬さんは立ち止まり、ポケットから鍵を取り出す。
部屋の中に入ると、一之瀬さんは電気をつけ、キッチンへ向かう。
「ソファーに座って待っていてくれるかな」
僕は「はい」と返事をして、リビングのお洒落なソファーに座る。部屋の広さも内装も、僕と神森さんの部屋とほぼ同じである。僕ら二人でも広い部屋なのに、それを一人で使うとなると相当広い。
「僕は毎年一人なんでね。さっきもくるみちゃんのところで、光哲君と三人で話していたんだ。でもさすがに乙女だけのところに遅くまでいるわけにもいかなくて……えっと、紅茶で大丈夫かな?」
「はい。紅茶は大好きです」
「大好きということは詳しいのかな……。僕はアールグレイしか持っていないけれど、それでもいいかい?」
「はい。というか、メイドさんに頼まないんですか?」
「僕はいつも、お付きのメイドさんを断っていてね。なんでも自分でやらないと気が済まないタイプだから」
言いながら一之瀬さんは慣れた手つきでカップにお湯を注いでいく。
「君はまだ高校生だよね? どうして助手をやっているのかな? ……いや、これは単なる興味でね。黒の探偵さんも若いし、君も若いから。……さっきも話題になっていたんだ」
「話すと長くなってしまうんですけど、成り行きです」
「では、その成り行きを聞かせてもらえるかな? 職業柄、自分以外の誰かの物語を聞くのが好きでね」
そう言って、一之瀬さんはカップを二つ持ってリビングにやってきた。僕の目の前のローテーブルにカップを一つ置き、ローテーブルを挟んで向かい合う位置のソファーに腰掛ける。
「長いですけど、本当にいいですか?」
一之瀬さんは持ったままのカップを口に持っていき、一口飲んでから、大きく頷く。
「ああ、もちろん」




