花嫁事件 07
料理はフランス料理のフルコースだった。大人の方々はワインなんかも飲んでいた。一応、神森さんも成人なんだけれど、お酒を飲まない人なので僕と同じくオレンジジュース。薄紅色の、いや、桃色の花桃さんもどうやら未成年らしく、オレンジジュースだった。テーブルマナーは姉に教わっていたので僕は普通に食べたが、神森さんはテーブルマナーなんてそっちのけで、がつがつ食べていた。メインディッシュをおかわりしていたくらいだ。あまりにも一心不乱に食べるので、口が汚れ、その度に僕はハンカチで口元を拭いてあげていた。そんな晩餐も終わり、今はフリータイムだ。
明日奈さんの席に神森さんと色部さんが集まり、なにやら楽しそうに話している。その横で今日介さんと透明の漫画家、一之瀬さんがワインを片手に静かに言葉を交わしている。
栗沢さんと金永さんは食事を終えるとすぐに部屋に戻ってしまった。僕も先に戻ろうかと思い、席を立つ。すると、桃色の占い師、花桃さんが髪をふわふわと揺らしながら抱き着いてきた。
「あっくん、あっくん、お久しぶり!」
なぜ抱き着かれているのかはさっぱりわからないけれど、こうして抱き着かれると、小ささがよくわかる。色部さんや明日奈さんの身長が女性の中では低い方だと認識していたけれど、花桃さんは頭のてっぺんが僕の胸元くらいにある。つまり、かなり小さい。小学生のゆずかちゃんと変わらないレベルである。そして、大きな胸が僕のお腹あたりにあたって、柔らかい感触が伝わってくる。
「どこかでお会いしましたっけ?」
僕がそう言うと、花桃さんは僕から離れる。そして、桃色の瞳で見上げられる。
「やっぱり、やっぱり、覚えてないんだね……かなしいよ」
僕は頭の中で記憶をたどる。こんな桃色の見た目の人に会ったことがあるなら、忘れるはずがない、いくら僕でも覚えているはずだ。だけど、僕にはそんな記憶はなかった。花桃結花という名前も聞き覚えがない。
「すみません、今日が初対面だと思うんですが、人違いとかではないんですか?」
「そんなことはないよ、あっくん。わたしがあっくんを見間違えるわけないもん。覚えてくれてないのはかなしいけど、けどけど、会えて嬉しいよ」
「覚えてなくてすみません。僕とはどういった関係だったんですか?」
「ごめんね、ごめんね。それはまだ言えないの」
「え?」
まだ言えない? どういうことだろうか。まるで僕が覚えてない前提で取り決められたルールがある、みたいな言い方である。それに、これからも思い出すことはない。みたいな言い方でもある。一体全体、この女の子は何者なのだろうか。
「歳はいくつですか?」
「あっくんと同い年だよ」
これは驚きである。いくら小学生と変わらない身長でも、さすがに中学生くらいだろうと考えていたので、まさか高校生だとは思わなかった。
「結花、行くぞ」
花桃さんの後ろにいた主治医の霧谷さんが僕の横を通り、食堂から出ていく。
「え? あ、待って、待って」
花桃さんは霧谷さんを追いかけて、ぱたぱたと小走りで、胸を揺らしながら食堂から出て行った。全体的に動きが小動物っぽい。というか実際に小さいので小動物そのものだ。
「助手君、飲んでる?」
食堂から出ていく花桃さん達を見ていると、色部さんが僕の隣までやってきた。明日奈さん達との話が終わったのかと思い、見てみると、神森さんはまだ明日奈さんと話している。どうやら色部さんだけ抜けてきたらしい。
色部さんの顔は赤い、そして体に力があまり入っていない。
「いえ、僕は未成年なので。……色部さん、酔ってます?」
「酔ってないよ。何言ってるの」
言いながら色部さんはだらっと席に座った。元々、神森さんが座っていた席だ。色部さんが座ったので、僕も座る。
「酔っている人はみんなそう言うんですよ」
「助手君は未成年なのになんでそんなこと知ってるのよ」
「一般常識、というか姉に教わりました」
「助手君、お姉さんいるんだ。いくつ?」
「神森さんと同い年で二十歳です」
「若いなー。羨ましい」
「色部さんも若いじゃないですか」
「それ、見た目でしょ? 実際は三十だよ」
「三十歳も若い部類に入ると思いますけどね」
「入らないよ。もう青春は戻ってこないんだよ。青春真っただ中の助手君に言ってもわからないだろけど。助手君は青春してる?」
「どうなんでしょう。自分ではよくわかりませんが、神森さんの隣にいることができて幸せではあります」
「青春だね。私は絵ばっかりだったからなあ」
「色部さんは絵をお仕事にされてますけど、趣味が職になった感じですか?」
「そうだね、好きでやってたら評価されたって感じかな。あ、でも絵以外にも趣味はあるよ。絵と同じで外に出るようなアクティブなものではないけど」
「読書とかですか?」
「おしい。読書は読書でも、各地に伝わる伝説とか伝承とか逸話を集めるのが好きなの。だから売っている本だけじゃなくて、ネットで調べたりもするかな」
「伝説や伝承、逸話ですか……」
なんだか画家さんの趣味って感じはしないけれど、興味深い趣味ではある。
「どんなものがあるんですか?」
「朝日ヶ浦には有名な話があってね。花嫁が主人公なんだけど、女神と取り引きをするお話でね」
「どんな取引きをするんですか?」
「……あ」
色部さんは、何かを思い出したように固まる。
「どうかしました?」
「ごめん。花嫁がいる場でするようなお話じゃないから、気になったら今度、自分で調べてみて。私はすごく好きなお話なんだけどね」
「そこまで話されてやめられると気になるので、帰ったら必ず調べます」
「ごめんね」
そう言った色部さんの表情は暗く、だけど何かを決心したかのような顔つきだった。正直、かなり童顔の彼女には似つかわしくない表情だった。




