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再会事件 06 八月十五日 金曜日

 指定された時間に病院の屋上へやってきた。けれど、屋上は真っ暗だった。これでは神森さんがどこにいるかわからない。


 そんなとき、遠くからひゅーっと音が鳴った。そしてそれは空高くまで上がり、大きな音と共に光の花を咲かす。花火である。現在時刻は十九時半、まるで神森さんとの再会の為に用意されたみたいである。いや、みたいではない。今日は花火大会でも夏祭りでもない。そんな予定はどこにもないのだ。だから、これはこの瞬間の為に用意されたものだ。


 数日前に会ったマリーさんは仕事が入っている事と、それがもうすぐだということを言っていた。探偵同好会での仕事かなにかかと思っていたけれど、違ったらしい。マリーさんは情報屋の助手の前に玉屋煙火工業の一人娘だ。そして神森さんが会う時間を指定してきた。この花火は神森さんがマリーさん達に依頼したものだ。黒の探偵のやることは派手である。


 何発も上がる花火によって屋上が明るくなる。


 僕の視線の先にその人はいた。金髪のショートカットに白いワイシャツ、黒のホットパンツ。日記に書かれていた神森さんの容姿にそっくりだ。ただ、髪の長さが随分と違う。

 そんな神森さんらしき人物は、飛び下り防止のフェンスにもたれかかり、綺麗に輝く碧い瞳で僕をじっと見つめている。


「うっ……」


 突然痛み出した頭を抱え、その場にうずくまる。激しい痛みと共に頭の中をめまぐるしく様々な場面が、映像が、次々と駆け巡っていった。

 知識として頭に入れた日記に書かれた日々の光景。古いレンガのアパート、二○三号室、大量のクマ、神森さんとの甘い日々、ゆずかちゃんとのたわいもない日常。桜並木に立つ、桜さん、涙。ワタさんとマリーさんとの学校生活。クマの様な朝見刑事と神森さんの言い合い。暗い倉庫、瓜丘来夢、ナイフ。姉に抱きしめられる、雨、神森さんの笑顔、そして桜さんの告白。七夕の計画。姉の覚悟、桜さんの浴衣姿、お祭り、人々で賑わう河川敷。夜の皐月山、瓜丘さん、最後の攻防、対峙、舞い散る金髪、決着。そして銃弾。一度に思い出すには多すぎる量の情報が駆け巡り、痛みは増し、次第に感覚が麻痺していく。

 そして、僕の中に残ったのは激しい鼓動音だった。ドクンドクンと音が鳴る度に、胸を強く締め付けられるような感覚が大きくなっていく。これは撃たれた傷の痛みなどではない。もっと奥からくるものだ。

 胸をおさえながら、深呼吸する。


「……はぁはぁ」


 顔を上げると目の前にはさっきと同じようにただ僕を見つめているだけの神森さんがいた。僕に近寄ることも手を差し伸べることもなく、ただ立っている。そんな彼女を見ると鼓動はより一層、早くなる。


「はぁ、はぁ……」


 力を振り絞り、脚を前に出す。そしてゆっくり立ち上がり、一歩一歩、確実に彼女の元へと歩いて行く。


 たどり着いた時には僕はもう完全に僕になっていた。頭の痛みはもうない。胸の奥はまだ締め付けられるように痛いけれど、その原因は目の前の神森さんへの気持ちである。これが恋で愛なのだろう。


「神森さん」


「おかえり、あるじろう」


「ただいまです」


 そう言って僕は神森さんの碧い瞳を見つめる。


「……あるじろう」


 瓜丘さんの決着の後、一緒に見ようと約束していた花火。そこで僕は改めて神森さんに告白しようと考えていた。そして、神森さんはちゃんと花火を用意してくれた。それに僕は応えなければならない。


「好きです。神森さん」


「ワシもだよ、大好き」


 そう言いながら、神森さんが抱き着いてきた。僕はそんな彼女を軽く抱きしめ返した後、彼女にキスをした。何発も打ち上がる花火の下、僕らは何度も唇を重ね、何度も見つめ合う。何度も愛を、自分達の中にある感情を確かめ合う。


「愛してます」


「うん、ワシも」


 感情のわからない、愛もわからない、分らず屋の似た者同士な僕らが出会って、丁度一年。僕らはいろいろな経験と因縁と様々な巡り合せを経て、愛を手に入れた。神森さんは僕が撃たれることで愛以外の感情も知った。それはこれから先の僕にも言えることだろう。愛を知り、感情を手に入れて、そして前へ進む。神森さんと二人で。


 だけど、これから先、どんなことが僕らを待っているのかはわからない。それは誰だって同じだ。何でも分かってしまう神森さんでもさすがに未来予知はできない。未来のことなんて誰もわからない。だから、今はただ、確かにある愛を確かめ合うだけだ。


 これから先、感情を得た僕らはどうなっていくのだろうか。僕にはさっぱりわからない。そしてそれは、神森未守もわからない。


ひとまず完結。ここまで読んでいただきありがとうございました。

ですが! もうちょっとだけ続きます。よろしければ六章以降も読んでいただけると幸いです。

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