再会事件 05 八月十三日 水曜日
七夕の計画を一緒に立てた桜さん、実行に深く関わったワタさんとマリーさん。僕が銃に撃たれる経緯に密接に関わっていそうな三人だけれど、会っても僕に何の変化もなかった。その後も桜さんが妹のゆずかちゃん(相談屋の常連客で神森さんや姉と仲が良かったらしい小学生の女の子)を連れてきてくれたり、まるで熊と人間のハーフの様な強面の刑事さんとも会ったけれど、記憶が戻ることはなかった。
「どう思いますか?」
カウンセリングをしに来た茶古先生に僕は問いかける。
「別にこのままでもいいと思う。そもそもそのための日記でもあったわけだし」
確かにそうだ。元々僕は記憶や感情を思い出すのではなく、知識として詰め込むことでそれをカバーしてきた分らず屋である。日記だって、その為に渡されたようなものだ。けれど、茶古先生は日記を読んだり、空白の期間に出会った人達と会う事で何か変化があるかもしれないと考えていた。けれど変化がなかった以上、この状態を受け入れるのも一つの方法である。
ただ、僕はまだ会っていない人物がいる。それは記憶が戻る可能性が一番高い人物、神森未守である。そもそも彼女に抱いた愛の感情が伴っているから、彼女と出会って以降の記憶を思い出せないでいるのだ。だから、神森未守に会えば何かが変わるかもしれない。
「神森さんに会ってみようと思います」
「このままかもしれないよ?」
「それならそれでいいです」
「でも急に記憶が戻ったら危険だよね」
「茶古先生はどっちだと思いますか?」
「んー。どちらとも言えないし、はいどうぞって許可するわけにもいかない。昔の私だったら危険でもすぐに会わせたんだろうけど、今は日記のおかげで失くした記憶も頭に入ってるわけだし、退院しても問題なく生活できると思う。だから無理に会せようとは考えないし、急に記憶が戻る危険性がある以上、許可できない、かな。ところで、あるさんはさ――」
そこまで言うと、茶古先生は椅子に座り直し、真剣な表情になる。
「どうして会おうと思ったの? 記憶を戻す為?」
「そうなんですけど、純粋に会ってみたいっていうのが本音ですかね。僕が好きになった人に会ってみたいです」
そう、僕は会ってみたかった。一年間を共に過ごし、僕に感情を芽生えさせた神森未守という人間に会ってみたかったのだ。
「そっか、記憶の為だけだったら止めたけど、会いたいんならしょうがないか。……うん、しょうがない」
そう言う茶古先生は少しにやけていた。
「どうかしましたか?」
「いや、なんも。……みもちゃんならさっきお姉さんに会いに来てたよ」
「ありがとうございます」
言いながら僕はベッドから降りてスリッパを履く。そしてドアの方へと向かう。
「あるさん」
まだ小さな椅子に座ったままの茶古先生から声をかけられる。
振り返と茶古先生はニヤリとしてこちらを見ている。
「みもちゃんは可愛いよ」
「楽しみです」
そう言って、僕は姉の病室へと向かう為に真っ白な部屋から飛び出した。そのままの勢いで階段を下り、胸の傷が痛まない程度の速さで廊下を歩き、姉の病室へと向かう。
病室のドアを開けると、姉はベッドの上で文庫本を読んでいた。一人である。神森さんらしき人物はいない。姉は僕に気付くと本を置き、口を開く。
「先生から聞いたわよ。あなたまた無茶をしたんですって?」
「だからしてませんって」
「これだから童貞は困るわ」
「それは関係ないと思います。……ところで、神森さんは」
「会いに来たのね」
「はい、茶古先生の許可も得ましたし」
「……そう。あの子なら帰ったわ。黒の探偵としての活動を再開させたみたいで忙しいそうよ」
「そうですか」
「初めて会った日の十九時半に屋上で待ってる」
「はい?」
「あの子からの伝言。わかった?」
「了解しました」




