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再会事件 03 八月九日 土曜日

 僕が病院で目覚めた直後、普通に面会は許可されていた。なので、その頃には何人か僕に会いに来ているのだけれど、僕が何もわからない七年前の状態に退行していると判明してからは家族以外の面会は許されていなかった。それから僕は順調に回復し、記憶を取り戻した。が、ここ一年間の記憶は僕にとってかなり重要かつ感情とやらが伴っていたらしく、結局、日記を読むことで知識として記憶をカバーすることになった。そしてそれも無事に完了。よって家族以外の面会が許可されたのである。


「或江君、私がわかりますか?」


 面会が許可された翌日の朝、真っ先に僕の元に訪れたのは黒い中折れ帽を被った制服姿の女の子だった。

 僕は手に持っている相談屋の活動記録ノートを見つめる。日記で得た知識から、この話し方や容姿に当てはまる人を推測するのだ。この行為は辞書で調べるような感覚に近い。


「……並木桜さんですよね?」


「はい、そうです。お久しぶりです」


「記憶が戻ったわけではないのですが、このノートを読む限り、桜さんには大変お世話になっていたみたいで、なのに思い出せなくて申し訳ないです」


「いえいえ、いいんですよ。或江君は或江君ですから」


 この相談屋の活動記録は読むのは簡単だったけれど、今目の前にいる桜さんと会って以降の内容は壮絶だった。桜さんが何かを起こしたというわけではないのだけれど、確実に彼女と出会った四月から内容が過激というか、それまでの神森さんとの日常だけではなくなっていった。桜さんが伝説の人物、黒の探偵を名乗ったことにより、その黒の探偵の正体が神森さんだと知ったり、その神森さんを狙っている白の狂犬の部下に僕が拉致監禁されたりと、神森さんの過去や僕自身の過去に繋がる事件が起きていったのである。結果、僕は姉の代役である『こいびと』をやめ、桜さんとお付き合いすることで神森さんに関係する人間を殺そうとしていた白の狂犬、瓜丘来夢の手から逃れた。ただそれは神森さんを瓜丘さんの手から救うための行動であり、その行動は僕の神森さんに対する愛ゆえのものだったらしい。そして先月の七夕祭りを利用した瓜丘さんの企みから神森さんを救う計画を、桜さんを含めた探偵同好会のメンバーとたてていたのである。ちなみに、日記はその計画実行の数日前までしか書かれていなかった。それもそうである。僕はその七夕祭りの日に銃で撃たれ、ここに運び込まれてきたのだから。


「元気そうな顔が見れて良かったです」


 柔らかな表情で微笑む桜さん。窓から入ってきた真夏の風が彼女の長い黒髪を揺らす。

 この幼さの残る顔立ちの女の子が普段から探偵を名乗り、危なっかしい計画を僕と一緒に考え、さらには僕に愛を気付かせてくれた張本人なのか。改めて目の前にすると違和感がある。この桜さんという人は見た目から想像もできない程に意外とアクティブらしい。


「一つ訊いてもいいですか?」


「はい、どうぞ」


「日記を先生に渡したのって桜さんですよね?」


「はい、そうです」


 茶古先生は教えてくれなかった事実をあっさりと認めてしまった桜さん。

 やっぱり桜さんだったのか。

 初め、僕はノートを先生に託したのは姉ではないかと考えた。けれど、日記の内容からそれはないと考えた。姉は高校生の頃から神森さんの助手をしており、神森さんに恋愛感情を抱いていた。つまり姉からすれば僕は恋敵でもあるのだ。そんな人間が神森さんへの愛を思い出してしまえば、姉にとって不利である。それに姉は同じ病院に入院しており、車椅子で何度か僕に会いに来ているので、わざわざ茶古先生に託さなくても、直接渡すことができる。

 次に僕が考えたのが神森未守である。相談屋の記録なので相談屋である彼女がノートを所持していてもおかしくない。けれど彼女はそんなことはしない。日記の内容から察するに神森さんという人は自由奔放に生活しており、僕の記憶を戻すために何かをするというよりは、記憶が戻るのを気ままに待っていそうである。それに姉同様、茶古先生にノートを託すようなまどろっこしい真似はしないはずだ。

 そして最終的に思い当たったのは桜さんである。


「相談屋さんの活動が気になって或江君に訊いたことがあるんです。その時、そのノートを貸してもらいました。なので、私が持っていたのはたまたまなんですけど」


「どうして先生に渡したんですか?」


「私は或江君のことが好きなんです。ただそれだけです」


 この人は僕に恋心を抱いていながらも、当時の僕の気持ちを尊重し神森さんを救う手伝いをしたり、恋人のフリまでした人だ。普通なら神森さんへの愛を忘れてしまっている今の状況をチャンスと考えるかもしれないが、桜さんはそうは考えなかった、純粋に記憶を戻す手助けをしてくれたのである。たとえそれによって自分の恋が報われなかったとしても、ただ純粋に僕の事を想い、僕の為に動いてくれたのだ。


「ありがとうございます」


「いえいえ、お力になれたみたいでよかったです」


 そう言って桜さんは微笑む。そんな桜さんに僕は日記を読み終わってからずっと気になっていたことを訊ねることにした。


「もう一ついいですか?」


「なんですか?」


 七夕祭りの計画は成功したんですか? と言いかけて僕は口を閉じる。


「いえ、なんでもないです」


 僕はわかっている。なぜなら、なんとなく推測はできるのだ。河部七夕の事件が大きなニュースになっていない事と、僕が目覚めた直後に神森さんが会いに来ていたという事実。それらから、計画は概ね成功したと思われる。ただ僕が撃たれているので正確には成功とは言わないのだろうけど。


「今日はこの辺で失礼します。あまり負担をかけないようにと先生にも言われてますので」


 そう言って桜さんは立ち上がり、黒い中折れ帽に手を当てる。


「また来ます」


「はい、お待ちしてます」


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