七夕事件 14
「ふふんふん。あるじろーとはなびー」
全てを終えた僕らは展望公園を出て、遊歩道を歩く。僕と神森さんの手は繋がられたままである。一定間隔で置かれた外灯の明りを元に進む僕らは、初めはあまり会話がなかった。けれど、僕が明日の夕方に上がる花火を見ようと誘ったら、神森さんは歌いだした。
桜さんやゆずかちゃん、ワタさんそしてマリーさん達と一緒に花火を見る約束をしている。打ち上がる花火をみんなで見上げ、二十歳の誕生日をお祝いする予定なのだ。
「朝見刑事はああ言ってましたけど、姉の所へも行っておきたいですよね」
「きらきら、おそとでーみあげるのー」
「神森さん聞いてます?」
「あるじろーとみもたろー。ん? 聞いてるよ、続けて」
「朝見刑事には悪いですけど、今からでも姉の所へ行きましょう」
「りょぷかいでござる!」
神森さんは繋いでいない方の手を軽く上げ、また歌いだす。
「きらきら、おそとのはなびでー。あ、よだれ出てきた」
「神森さん」
僕は立ち止まって、繋いでいた手を一旦離す。ポケットからハンカチを取り出して彼女の口元を拭いてあげると、神森さんは嬉しそうに笑う。
「ありがとーる、えへへー」
僕らは再び手を繋ぎ、また歩き出す。僕と神森さんが出会ってから、いや、再会してからもうすぐ一年が経つ。相変わらず神森さんは人の話を聞かないし、僕は分らず屋のままだけれど、わかったこともある。その感情をかみしめながら、僕らは暗い道を歩く。
外灯に照らされた道の前方に赤い人影が見えた。と思った瞬間、軽い音が僕を貫いた。
立ち止まって胸に手を当てると、赤い血がべっとりとついている。
「これでお姉様の目的は果たせたっす」
赤い影はそう言って素早く立ち去った。
僕は膝を落とす。……目的が果たされた? 瓜丘さんの目的――
「あるじろおおおおおおおお!」
僕を抱きしめる神森さんは、叫び、泣いていた。
愛を知ってしまった神森さん。他の感情がわからないままとはいえ、その対象である僕が目の前で撃たれれば、彼女は瓜丘さんが教えようとしていた感情に襲われる。愛という感情はなんて残酷なのだろう。一つを知ってしまったら、次々と他の感情が沸き起こってゆく。悲しみや憎しみが今、神森さんの中で渦巻いているのだ。その証拠に神森さんの顔は今までに見た事がないほどにグシャグシャで感情にまみれていた。
こんな顔、僕は見たくなかった。だから桜さん達と協力して花火大会を延期にしたり、この皐月山まで神森さんを逃がしに来たというのに……。最後の最後で不意を突かれてしまった。薄れてゆく意識の中で僕を呼ぶ声が聞こえる。神森さんは涙を零し、何度も何度も僕の名前を叫ぶ。……もうこれ以上泣いている彼女を見たくはない。そう思った僕は、明日の花火大会で言おうとしていたことを口にする。
「か、神森さん……好きです。僕の恋人になって……くれますか?」
「うんうんうん、もう話しちゃダメだよ」
首を縦に振る神森さんの頬に手を伸ばす。涙で濡れていても彼女の頬は絹の様になめらかで、柔らかい。いくら感情でまみれようともそれは変わらない。
ああ、どうしてこんなにも美しいのだろう。
「……なら、誓いのキスを」
「うん」
頷いた神森さんは、そのまま僕の唇にキスをする。今まで何度も唇を重ねてはきたけれど、本当の恋人同士になって初めてのキスは涙の味がした。
そして、僕は神森さんの腕の中でゆっくりと目を閉じた。




