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七夕事件 09 七月六日 日曜日

 今から思えば、桜さんの告白や僕を試すような発言は、僕の気持ちをはっきりさせるためのものだったのだろう。桜さんは僕が分らず屋だと知ったとき、何とかしてあげたいと思ったと言っていた。その思いがあの日の告白や問いに繋がったのだ。

 

 ワタさんから連絡を受けた僕は、緑の葉だけになった桜並木を走り、皐月山がある北へと向かっていた。 

 僕がワタさんに依頼して作ってもらったハート形のペンダントはGPSの発信機である。それを僕は昨日姉に渡した紙袋の中に神森さんへの誕生日プレゼントとして紛れ込ませていた。


 瓜丘さんが神森さんの所へ現れるのは明らかだった。そして瓜丘さんの狙いが花火大会に来る全ての人を殺すことなら、それを見せつけるために必ずどこかに彼女を連れ出す。そう確信した僕は、発信機を神森さんに身に着けてもらうことにしたのだ。だから僕はリュックを背負い、動きやすい服装で出てきたのである。ワタさんからいつ連絡をもらってもすぐに神森さんの所へ行けるように。桜さんもそれを承知で花火大会に誘ってくれたのだ。

 そして僕の思惑通り、瓜丘さんは河川敷で姉と対峙した後、アオヰコーポにいる神森さんを連れ出した。


 笠佐木橋付近は花火を見に来た人でごった返していた。僕は人の流れに逆らって交差点へと向かい、いつも学校に行くときは右に曲がる所を左に曲がる。国道沿いを北へ走っていると、だんだんと辺りは暗くなっていく。河川敷へ向かう人も、皐月山に近づけば近づくほどに減っていった。


 皐月山は河部市の北にある大きな山である。ふもとには動物園や学校などがあり、幹線道路を上った先にある展望公園からは河部市全体を見下ろすことができる。夜景を見るのには最適の場所で、動物園と共にデートスポットとして有名である。

 僕が皐月山動物園の前までたどり着いた頃には空はすっかり夜の気配を見せており、微かに浮かぶ雲だけが夕方のオレンジ色を残している。

 僕は背負っているリュックのポケットからイヤホンマイクを取り出し、右耳に装着する。


「対象は頂上へと向かっている」


「了解です」


 ワタさんの指示に従い僕は頂上へと続く幹線道路を走って登る。

 この幹線道路は僕がいる動物園側から展望公園、そして頂上の神社を通り反対側のふもとまでを、山全体を貫く様に通る市営の道路である。七夕祭りが行われている真っ最中に山を登ろうと考える人はおらず、ただ真っ暗な森へと繋がる道を外灯が点々と僕の行く先を照らしている。

 ちなみにワタさんは今、学校のゲーム部の部室にいる。あの画面だらけの特等席から僕と神森さんの位置を確認しながらナビゲートしてもらっているのだ。休日の夜なのだけれど、あの旧校舎だけはセキュリティが甘いらしく、ワタさんはまるで自室の様に使用しているので問題はない。

 今回の作戦もワタさんがいなければ成り立たなかった。というか、ワタさんを味方に付けるために探偵同好会に入ってもらった。桜さん曰く、今回の作戦は探偵同好会発足前の練習作戦なのだそうだ。


「対象が展望公園で停止した」


 皐月山の中腹にある駐車場まで登って来たところで、ワタさんが報告してきた。

 僕は上がる息を押さえ、「了解です」と伝える。


 やはり目的地は展望公園だった。瓜丘さんはそこで神森さんと決着をつけるつもりだ。

 ここから展望公園へ向かう為には、幹線道路を外れて駐車場を左に突っ切り、展望公園へと続く遊歩道を進まなくてはならない。小休止を兼ねて駐車場を歩いていると、遊歩道の入り口辺りでいくつもの影が動いるのに気付いた。僕は足音を殺し、ゆっくりと入り口付近へと近づく。手前にある自動販売機の影に隠れて様子を伺うと、どうやら何者かが道を塞ぐ不良達と絡んでいるようだった。


「そこをどけ!」


 暗がりに浮かぶ大きなシルエットと大きな声は朝見刑事だ。


「そうはいかないっすよ、刑事のおっさん」


 赤い影はベニさんである。相変わらずの赤い特攻服に赤いロングヘアーの彼女は朝見刑事の正面で、両手を腰に当てて立っている。ベニさんの後ろには瓜丘さんの部下と思われる人達が数人控えている。中にはバットやバールの様な物を持っている人までいる。


「お姉様に誰も通すなと言われてるっす」


「なら、力づくだこの野郎!」


 声と同時に朝見刑事は拳を振り上げ、ベニさん目がけて突進していく。

 言うまでもなく、警察官は柔道などの格闘技を習得している。朝見刑事が普段からどれほど鍛錬をしているかは知らないけれど、少なくとも僕なんかよりは強い。

 そんな朝見刑事の拳をベニさんは軽く受け流し、素早い身のこなしで彼の後ろへ回り込む。


「背中が空いてるっすよ」


 ベニさんの声と動きに反応し、朝見刑事が振り返ろうとしたところを他の不良の一人が彼の頭めがけてバットを振り下ろす。朝見刑事は気配を察したのか、振り返りざまに脚を突出し、バットの不良を蹴りあげる。ベニさんは振り返った朝見刑事をまたも華麗にかわし、元いた位置に戻ってくる。


「だから、背中っすよ」


 赤いものが物凄い速さで朝見刑事の背中にぶち当たった。ベニさんの拳である。その重くて速い拳をまともに受けた朝見刑事が数メートル程吹っ飛んだ。あのクマの様に大きな朝見刑事が宙を舞ったのである。

 倉庫で男をお姫様抱っこで運ぶ彼女を見て、戦闘員ではないかとなんとなく思っていたけれど、やはりベニさんは相当強い。

 茂みに顔面からダイブさせられた朝見刑事はのろのろと起き上がる。


「あるちゃんを、あそこまでにしただけの事はあるぜ」


「百合戦士っすか? あんなのただのザコっす」


 僕の姉を雑魚呼ばわりしたベニさんは、立ち上がったばかりの朝見刑事目がけて走って行き、再び重くて速い拳を打ち込む。後退しながら拳を受け止めた朝見刑事はベニさんの特攻服を掴もうと手を伸ばす。けれど、彼の大きな手は空を掴む。そしてまた真後ろから放たれる赤い拳。


 どう考えても朝見刑事に勝ち目はない。ベニさんが朝見刑事とやりあっている間も、他の不良達は隙を見てバットやバールの様な物を振り下ろしてくる。僕が加勢したところで、彼らを押しのけ遊歩道を進むことはできないだろう。


「この先の道は使えません」


「……森の中を突っ切るしかないな。わかった、方向はこちらで指示する」


「お願いします」


 ワタさんの指示で、僕は自動販売機の傍の茂みから森の中へ足を踏み入れる。もう一度朝見刑事の様子を見ようと振り返ると闘う彼らの奥にもう一人不良が見えた。彼は遊歩道のど真ん中でジャケットの内ポケットに手を突っ込んだまま、乱闘を静観している。


「とりあえず真っ直ぐ進め。打ち上げまで時間がないぞ」


 耳元で急かされた僕は、乱闘を見るのを止めて前へ進む。指示に従って森の中を歩いていると、後ろの方で何発かの銃声が聞こえた。


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