七夕事件 05 七月五日 土曜日
七夕祭りを前日に控えた会瀬川河川敷公園は、多くの屋台が色々な匂いを漂わせていた。明日の午前中に西側と東側の両方からパレードがやって来て、織姫と彦星が川で落ち合うのは昼過ぎである。けれど、東河部駅前の広場では、前日祭と称してバンド演奏などのイベントが行われており、それに呼応して河川敷でも多くの店が営業を開始しているのである。明日の七夕祭り本番程ではないものの、多くの人が集まっており、公園中が活気に包まれている。
僕と桜さんは期末テストの打ち上げとデートを兼ねて、その前日祭の空気を味わおうと河川敷までやって来ていた。
屋台で適当にお昼を済ませた僕らは、河川敷沿いの歩道をゆっくりと手を繋ぎながら歩いている。この道は、つい二か月ほど前まで僕が神森さん家に通うためによく使っていた道でもある。よくプリンとアイスを買いに行っていた洋菓子店を通り過ぎ、アオヰコーポへ行くための路地も通り過ぎ、僕らは歩道を歩いて行く。
今日の桜さんはシャツにベスト、小さめのポーチという探偵スタイルだ。もちろん中折れ帽も被っている。桜さんは依頼の有無にかかわらず、この探偵スタイルで出かけることが多い。そしてこの格好は、かつて神森さんが黒の探偵として活動していたときのものとほとんど同じらしい。それだけ桜さんは黒の探偵に憧れているのだ。
そんな桜さんは歩きながら、川の東側にあるグラウンドを見つめている。
すっかり緑色になった桜並木の先にあるそのグラウンドは、河部七夕のフィナーレを飾る花火を打ち上げる場所である。ちょうど花火業者のトラックが何台も来て、明日打ち上げる六千発の花火のセッティングをしているところだ。
河部七夕の花火は数年前から花火クラウドというシステムを導入している。花火というと地面に埋め込まれた大きな筒から打ち上げるイメージが強いけれど、この花火クラウドは違う。花火クラウドとは、打ち上げ時の天候や風向きを読み取り、クラウドに蓄積してあるデータから着火のタイミングや打ち上げる角度などをダウンロードし、最も綺麗に見える花火を打ち上げることが可能なシステムである。よって、筒の角度や高さが自由自在に調整できる特殊な形状をしている。そんな近代的な装置をグラウンドに設置している様子は花火の打ち上げ時準備とはとても思えない。ちなみに、玉自体は事前に手作業で入れておかなければならないらしく、それだけは昔も今も変わらない。
僕らはその現場を見ながら進み、グラウンドへと繋がる小さな橋が架かっている辺りにある公園に入る。公園と言ってもたいした設備はなく、河川敷を歩く人の為に設けられたちょっとした休憩スペースのようなものだ。
川に向かって置いてあるベンチに二人揃って腰かける。
「僕が分らず屋だと知ったとき、桜さんはどう思いましたか?」
僕の言葉に驚いたのか、桜さんは顔を上げ、僕を見つめる。
「正直に答えてください」
桜さんは頷き、ゆっくりと口を開く。
「……悲しかったです。すごく悲しかった。そう思った後、何かしてあげたいって、どうにかしてあげたいって……思いました」
「どうしてですか?」
「す、好きだからです。大好きな人だから、何とかしてあげたいって、そう思ったんです」
僕が何も言えないまま彼女を見つめていると、桜さんが顔を近づけてきた。
キスである。
ほんの一瞬だけ触れるように唇を重ねた後、桜さんは顔を真っ赤にして俯く。
「ま、マリーさんに言われたんです。……せっかくだからしちゃいなって」
「そうですか」
「……ダメでしたか?」
「いえ、そんなことはないですよ」
桜さんはますます顔を赤くして黙ってしまった。
可愛らしい電子音が鳴る。どうやら桜さんにメッセージが届いたらしい。
「マリーさんからです」
画面を確認した彼女が僕にケータイの画面を見せる。
『桜ちゃん、こっちはオッケーだよ! カレシにも言っといて!』
いたるところに絵文字が付けてあり、なんともマリーさんらしい文面であった。
「了解です。お礼を言っておいてください」
「はい。送っておきます」
そう言った後、桜さんは素早く返信を済ませた。




