七夕事件 04 七月四日 金曜日
マリーさんが同好会に入ってくれた翌日から文月高校では期末テストが実施された。
学生の本分は勉強である。学内は一週間、ピリピリとした空気に包まれていたのである。僕は分らず屋なので本当にピリピリしていたかどうかは良くわからない。けれど、多くの生徒が教科書や参考書片手に行動し、他人の勉強の仕方に興味を示したり、問題の出し合いなどをしている様を見ると、必死なのだろうと思う。そしてそれが終わった後、肩の荷を下ろしたかのように活き活きとした表情で学外へ出ていく彼らを見て、僕は張りつめていた空気が解放されたのだろうと思うわけである。
そんなテスト最終日の放課後、僕らは旧校舎にあるゲーム部の部室に集められていた。
「勝負というのは……いつだってシビアなものだ」
ワタさんは八つのディスプレイが設置されている特等席で、タブレット端末をいじっている。ちなみに僕は部屋の中央に置かれている机の一つ、ちょうどワタさんの背中が見える位置に座っている。隣には桜さんもいる。
「それはわかっていますよ」
「……お前は分らず屋だろ」
「早計です。或江君にだってわかることはたくさんあるんですよ」
隣にいる桜さんが僕をかばってくれた。下手なフォローだけど、我ながらよくできた恋人である。誰だって自分の弱いところを指摘されるのは嬉しくない。けれど、僕はそれを感じることすらできない分らず屋なのだけれど。
それでも、ワタさんの言い分は理解できる。忠告してくれているのだ。友人として、仲間としてワタさんなりに心配してくれているのだろう。
「そうかもしれないが……大丈夫か?」
「たぶん大丈夫ですよ。それに勝負はワタさんのゲームで慣れています」
「一緒にするなよ」
そう言って、こちらに振り向いたワタさんはしっかりと僕を見つめる。
「俺は命をかけてるんだ。分らず屋のごっこ遊びと一緒にするな」
さすが美少女の為なら何でもする男である。けれど、僕だって軽い気持ちで勝負を挑むわけではない。分らず屋なりに、それなりの覚悟は決めている。
「ちーっす! みんな揃ってるー?」
いつもの軽いノリで引き戸を開けて現れたマリーさんは、相変わらずのカーディガン姿だ。彼女は『放課後、部室に集合!』というメッセージを僕ら三人に送りつけてきた張本人である。僕ら探偵同好会にはまだ部室がないので、部室というのは何度か打ち合わせに使わせてもらっているゲーム部の部室しかない。ということで、僕らはこの場所で彼女の登場を待っていたのだ。
マリーさんは空いている席に座り、茶色い髪を指でいじる。
「残りの一人だけどさ、何とかなるっぽいよ」
「本当ですか!?」
桜さんはマリーさんの言葉に驚き、思わず身を乗り出す。
「アタシたちの同好会に興味があるって言ってるヤツがいてさー。明日ちゃんと誘おうと思うんだけど――」
そこまで言って、マリーさんは探偵同好会の発起人である桜さんを見る。
「男子でもいいよね?」
その言葉を聞いた瞬間、桜さんはがっかりしたのか、肩を落とし、椅子にもたれかかる。
「マリーさんは見た目が軽くても、綿抜君一筋な純粋な人だと思っていました。……けど、早計でした。やっぱり軽い人だったんですね」
「違うって! 従弟だよ、従弟。アタシは綿抜君以外に色目使ったりしないしー」
マリーさんはそう言ってワタさんが座っている特等席まで行き、黙々と美少女ゲームをしているワタさんの肩に後ろから抱き着く。
「ねえねえ、綿貫君褒めてよー」
「……あいつなら多分入るだろう。前から良く……情報を買いに来ていたからな」
「やったね! 見直したっしょ?」
「見直した見直した」
「いえーい!」
適当な返答に素直に喜ぶマリーさん。この二人のやりとりはいつだってこんな感じである。マリーさんはいつだって積極的にワタさんにアピールしているけれど、ワタさんは三次元の女性には興味がないので適当な返答しかしない。でもそれは鬱陶しいからではなく、単にゲームに夢中なだけなのだ。それでもめげずにワタさんにくっついていくマリーさんは本当にワタさんのことが好きなのだろう。
「もっと褒めてよー」
しつこくワタさんに絡むマリーさん。桜さんはそんな彼女の前まで歩いて行くと、深々と頭を下げる。
「マリーさん、ありがとうございます」
「いいのいいの! アタシだって仲間なんだから。それにまだ決まったわけじゃないし」
「なら……褒めなくてもいいだろ」
「もう、綿貫君ひどーい。あ、桜ちゃん、ちょっといい?」
マリーさんは何かを思い出したかの様に桜さんの手を引く。何かわからないまま頷く桜さんを、そのまま連れて部室から出て行こうとする。
「どこ行くんですか」
僕の質問にマリーさんは振り返り、僕を睨みつける。
「花摘みに行くんだっつーの!」
怒鳴られてしまった。そしてマリーさんは桜さんを引っ張ったまま怒鳴った勢いで力強く扉を閉めて出て行った。最早、花狩りである。
部室が静かになったので、僕はワタさんにさっきのお礼を言うことにする。
「忠告、ありがとうございます」
「ああ、頑張れよ」
ワタさんが珍しくタブレットをいじらずに答えてくれたと思ったら、カバンから紙袋を取り出し、僕のところまでやってきた。
「頼まれていた物だ」
目の前に置かれた紙袋。この中に入っているのはハート型のペンダントである。彼氏が彼女にプレゼントするようなありふれた形のものだ。
「ありがとうございます」
「彼女へのプレゼントくらい自分で用意しろよな」
だるそうに笑いながら、ワタさんは画面だらけの特等席へと戻っていく。
ワタさんに頼んでいたプレゼントの品。これは七夕祭りという勝負に使う物である。勝負はいつだってシビアなのだから、小道具一つでどうにかなるものではない。けれど、小道具や仕掛けの積み重ねで勝利を確実な物にすることはできる。
そして僕は勝負に向けての準備を着実に進めていた。




