七夕事件 03
僕らが桜さんの家の前までやってきた頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。ここまで来た理由はもちろん、彼女を家に送り届けるためである。桜さんの家は僕が住む家とさほど変わらない、建売の一軒家だ。相談屋の助手をしている頃からゆずかちゃんを送り届けに来ているのですっかり見慣れたお家である。
「今日はありがとうございました」
門の前で中折れ帽を胸に当て、頭を下げる桜さん。
恋人同士だというのに、なんとも律儀である。付き合ってまだ一カ月とはいえ、いくらなんでも他人行儀である。けれど、これが桜さんの普通なので、僕も一緒になって頭を下げる。
「おかしいよ!」
頭を上げて声がした方を見ると、玄関からゆずかちゃんが顔を出していた。
桜さんが首を傾げているので僕も一緒に首を傾ける。すると、ゆずかちゃんは不満そうにツインテールを揺らしながら、こちらまで歩いてくる。
「お姉ちゃんたち何してるの?」
「デートから帰ってきたところです」
ゆずかちゃんの問いに僕が答えると彼女はブンブンと首を振る。
「おかしいよ!」
「何がおかしいのかな?」
「いろいろだよ! みもちゃんは相談屋はおやすみだって言うし、せっかく帰ってきた王子様だってもう来ちゃダメとか言うし、弟くんはお姉ちゃんといちゃついてるし……」
ゆずかちゃんの表情はどんどん暗くなっていく。
「みんな、どうしちゃったの?」
ゆずかちゃんの目には沢山の涙が溜まっていて、今にもこぼれそうである。
「どうして、みもちゃんのところへ行っちゃダメなの?」
瓜丘さんの狙いは神森さんに関わる人間の命だ。そして、その中で一番弱いのはゆずかちゃんである。神森さんに感情を芽生えさせるためなら手段を選ばないあの狂犬が、ゆずかちゃんに手を出さないとは限らない。神森さんの休業も、姉の言葉も、ゆずかちゃんを瓜丘さんから守るためのものだ。事情が事情なので詳しいことは伏せたまま、近寄らせないようにしたのだろう。
何も答えることができない僕とは違い、姉である桜さんは、今にも泣き出しそうなゆずかちゃんをそっと抱きしめる。
「今はみんな忙しいけど、きっと前みたいに遊べる日がやってくるからもう少しだけ待っててくれる?」
「本当に本当?」
「本当に本当。だから約束して、しばらく相談屋さんの所へは行かないって」
「りょぷかいです」
桜さんの腕の中で頷いた後、ゆずかちゃんは静かに涙を流した。




