七夕事件 02
その後、僕らはマリーさんの歓迎会ということで東河部駅近くのカラオケに行った。というか、マリーさんに無理やり連れて行かれた。マリーさんは終始ワタさんにくっ付いており、僕と桜さんはそんな二人を眺めていた。そんな歓迎会も終わり、紅茶を買いに行きたいと言う桜さんに付き合って僕はマリーさん達と別れた。
お気に入りの紅茶専門店で用を済ませた僕らは、近くの商店街を見て歩くことにした。所謂、放課後デートというやつだ。
このカサエ町商店街は古くからあるアーケード街である。他の地域ではシャッター通りと化す商店街が多い中、珍しく昔通りの活気を保っている商店街の一つだ。そんな商店街も、もうすぐ行われる河部市最大のお祭りに向けて普段よりも活気に溢れている。立ち並ぶ店舗の前には大きな笹が必ず一本飾ってあり、それがずらっと並んでいる。所々に短冊を書くためのスペースも設けてあり、誰でも願い事を飾れるようになっている。そのスペースには、願い事を書く子供達やカップルの姿が見える。僕らの頭上に広がるアーケードの天井は、天の川をイメージした電飾が施してあり、キラキラと光っていた。
七月六日に行われる、河部七夕。織姫と彦星のモデルとなった人物が実在したとされる伝説に基づいたお祭りは、カサエ町商店街をあげてのビックイベントでもあるのだ。
「すっかりお祭りムードですね」
「あと一週間ですから」
そう言って桜さんは僕の手を握る。
僕らは恋人同士だ。お祭りといえばカップルにとって絶好のデートチャンスである。ましてや恋人の再会を祝うお祭りである。『この時期になるとカップルが急増するんだ』と、ワタさんが言っていたくらいである。地域最大のお祭りに桜さんも何か感じるところがあるのだろう。
「神森未守がいたぞ!」
僕らがアーケードの切れ目に差しかかかった頃、遠くから誰かが叫ぶ声が聞こえた。その声に続いて、僕らの目の前を見慣れた色の髪をした女性が横切って行く。
ハニーブロンドの髪に、白のワイシャツとデニムのホットパンツ。それはまさしく神森さんの格好である。
彼女を追うように不良たちが次々と僕らの目の前を通り過ぎて行く。
あれは姉だ。
どれだけ恰好を神森さんと同じにしても、どれだけサラシをきつく巻いてもあの大きく膨らんだ胸だけは同じにすることができない。神森さんがあんなに巨乳なわけがないのである。
ワタさんの情報によると、不良達の間で神森さんに懸賞金がかけられているそうだ。その懸賞金をかけたのはどう考えても神森さんの天敵、瓜丘来夢である。裏社会に生き、いくつもの組織で暗躍し、感情がわからない神森さんを気持ち悪いと憎む天敵。そんな彼女が仕掛けたことなのだろう。瓜丘さんは神森さんの二十歳の誕生日に向けて、この街の不良達を使って何かを企んでいる。
不良達に出回っている画像は、先月の初めに誘拐された僕を助けにきたときの物である。ワタさん曰く、監視カメラの映像を加工したものだそうだ。どうやら瓜丘さんの部下には機械に強い人もいるらしい。
神森さんを守るために、僕の姉は自らの見た目を変えた。神森さんのフリをして、おとり役をやっているのである。百合戦士である姉は愛の為ならなんだってやるのだ。
しかし、瓜丘さんの真の目的は神森さん本人を捕まえることではない。神森さんに関わる人間を全て殺す。瓜丘さんはそう言っていた。なので、姉が神森さんのフリをしておとり役をすることまで計算した上で懸賞金をかけたのかもしれないし、姉は姉でそれをわかった上であえておとりになっているのかもしれない。
黒の探偵と白の狂犬の攻防戦はもう始まっているのだ。
けれど、実際に動いているのは姉だけだろう。神森さんは基本的に依頼や相談でない事では動かない。自分の身を守るために不思議な力で瓜丘さんの計画内容を探ったり、阻止したりはしないはずである。その証拠に、彼女が高校生の頃に瓜丘さんが仕掛けてきたという五股殺人事件の際も彼女は事前に計画を探ることも、途中で殺人を食い止めることもしなかった。身を守るためにひきこもっている現在の状況だって、僕の姉が指示したからである。
今回も姉からの指示があれば、何らかの形で動くのかもしれない。
ちなみに神森さん本人は、何日か前に『ちゃんと咲くから、見てて』という謎のメッセージを僕に送りつけてきて以降、音信不通である。
相談屋の助手でも『こいびと』でもない僕は、ただの百合戦士の弟だ。神森さんにとっては助手の縁者でしかなく、瓜丘さんにとっても、殺すべき対象ではない。
つまり、関係のない話なのである。




