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七夕事件 01 六月二十五日 水曜日

 放課後の食堂は閑散としていた。昼休みには多くの人で賑わうここも、夕方となればほとんどの生徒が寄りつかないただのホールになってしまう。そんな寂しげな場所に僕と桜さんは隣同士で座っていた。桜さんはいつもの中折れ帽を深く被り直し、目の前にいる人物をじっと見つめている。


「用って何? アタシ結構忙しいんですけどー」


 夏服に移行した今でも相変わらずベージュのカーディガンを着ているマリーさんは、僕らの前で面倒くさそうに明るい茶色の毛先を指でクルクルしている。

 四月の一件で僕とマリーさんは取引をしたものの、それ以降は今まで通りただのクラスメートという関係性を保ったままである。よって、僕とマリーさんがまともに会話するのはあの日以来ということになる。


「ここにいる桜さんと新しく同好会を作ることにしたんですけど、マリーさんも一緒にやりませんか?」


 マリーさんは僕の言葉をまるで聞いていないかのように目線を落とし、クルクルと毛先をいじる。


「何の部活?」


「探偵同好会です」


 僕らが通う文月高校は、文科系の同好会なら一定の条件を満たしていれば生徒会の承認だけで新設することができる。その条件というのが、目的の明確化と顧問の確保、そして部長、副部長を含め五人以上の生徒が在籍していることの三つである。

 目的はすでに明確で、暇そうな先生も確保できている。生徒会長さんも僕らの活動に興味を持っているみたいなので、後は人数が揃えば今学期中に書類を提出し、二学期から正式に活動を開始することができる。


 ただ、一番の問題がそのメンバー確保だった。


 僕と桜さんが同好会設立のために動き出して早一カ月、未だに僕らを含めて五人という条件を満たすことができないでいる。桜さんの様に探偵になりたいと思う生徒がすごく稀であるということもあるのだけれど、一番の要因は僕らのために名前だけでも貸してくれるような知り合いが少ないということである。


 桜さんは四月の一番大切な時期に良くない噂を流された上、不登校気味だったので、クラスでは少し浮いた存在になってしまっているそうだ。

 僕は友人が全くいないわけでもクラスで孤立しているわけでもない。けれど、表面上そう見えるギリギリのラインを保つように高校生活を送ってきたので、あまり頼み事ができるような知り合いはいない。

 よってこの参加人数の条件というのは、僕らにとってはかなり難しい問題だった。


 そして僕は今、知り合い程度の仲である今時ギャル、姓名ともに丸いマリーさんを勧誘している。


「っていうかさ、アンタたちってそういう関係だったんだね」


 マリーさんは僕と桜さんの手を見つめながら、ニヤニヤしている。さっきまでの面倒くさそうな表情は演技だったのだろう。マリーさんは呼び出された理由よりも、食堂に入ってきたときから僕と桜さんが手を繋いでいることがずっと気になっていたに違いない。女子高生というのは色恋沙汰には敏感なのである。

 ちなみに食堂に来る前、手を握ってきたのは桜さんの方である。同性とはいえ、他のクラスの生徒 (しかもギャル)と会うのは緊張するのだそうだ。


「そそそ、そういう関係ってなんですか!」


「恋人同士ってことですよ」


「あっ……」


 桜さんは繋いだままの自分の右手を見て、顔を赤くする。

 そんな彼女を見て、マリーさんは身を乗り出して赤い顔を覗き込む。


「アンタ意外とカワイイとこあるじゃん。もうキスとかしたわけ?」


「ききき、キス!?」


「僕らはまだ付き合って一カ月ですから」


「一番楽しいときじゃん。早くやっちゃいなよ」


「お互いのペースがありますから」


「ペースねぇ……。で、なんだっけ……探偵の会? アタシに入れって?」


 言いながらマリーさんは椅子にもたれかかり、また毛先で遊び始める。


「マリーさんは部活には所属してないんですよね?」


「そーだけどさ、それは綿抜君にゲーム部入るの断られたからで、アタシはアタシで忙しんだって。アンタたちカップルの相手してる場合じゃないわけ。もうプチキレなんですけどー」


「早計です」


 プチキレという謎の流行語を口にしたマリーさんに対し、さっきまで真っ赤だった桜さんは中折れ帽に左手を当てる。すると少し前からマリーさんの後ろで待機していた人物が僕らのテーブルまでやってきた。


「綿抜君!?」


「俺は忙しいんだ。……こういう芝居じみた登場の仕方を……している場合じゃないんだけどな」


 言いながらもタブレット端末をいじるワタさん。美少女と戯れるのに忙しそうである。


「綿抜君は情報収集係として参加してくれます。もちろん、あなたの参加も認めてくれています。断る理由はないはずです」


 数日前、ワタさんが探偵同好会に入ってくれることになった。友人だから名前を貸してくれる、みたいな生半可な参加ではない。情報屋としての全面協力だ。もちろん、文月高校の情報屋として今まで一人で活動していた彼を同好会に引き入れるために、僕と桜さんはある程度のウェブマネーを用意した。マリーさんの参加も、昨日僕がワタさんの代りにゲームをすることで了承を得た事だ。そんなわけで、二次元の美少女の為なら何でもする残念なイケメンが僕らに買収された。


 ちなみに、文月高校は複数の部活動に所属することは禁じられているので、ワタさんはゲーム部を辞めて探偵同好会に入る。部室のパソコンなどの大掛かりな設備はほとんどワタさんの私物らしいので、新しく割り当てられる予定の部屋に移動すれば問題ないとのこと。もちろん今まで通り情報屋としての活動も、同好会の活動の一環として許可している。


「まあ、そういうことだ」


 だるそうにワタさんがそう言うと、マリーさんはまた身を乗り出し、興奮気味に桜さんの左手を握りしめる。


「入る入る! 絶対入る! アタシ探偵になる!」


 こうして、クラスの中心的存在の今時ギャルであるマリーさんが僕らの仲間に加わった。


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