誘拐事件 15
姉に『後は任せなさい』と言われ、神森さんに別れを告げられた僕はそれらを受け入れ、家に帰ることにした。これでお役御免である。
怪しげなレンガ造りのアパート、アオヰコーポの二○三号室から静かに外へ出た僕はトタン屋根に響く雨音を聞きながら、錆びついた鉄階段を下りていく。
いろいろなことがあった。いろいろなことを知った。僕が今までフィクションの中だけだと思っていた世界は僕のすごく身近な場所にあり、探偵も悪人も確かにこの街にいた。そんな人間のお世話を何も知らずに約一年間もやっていた。
けれど、予定通りである。姉にとって想定外の事態は起きたけれど、当初の計画通り僕は無事に任期を満了し、元通り普通の高校生に戻った。
開けっ放しになっている門を抜けると、僕はビニール傘を広げる。今日は特に雨が強い。歩いて家にたどり着くころにはびしょ濡れになっているだろう。なんてことを考えながら前を向くと、傘をさした桜さんが立っていた。
「或江君」
桜さんの声は雨音にかき消されそうなくらい震えていた。これから相談屋に行き、神森さんに依頼でもしに行くところだったのだろうか。いや、それはない。探偵である桜さんは依頼をすることはない。そして、僕が神森さんのところで週末を過ごすことは桜さんも知っている。ということは僕に用事があってここまで来たのだろう。そんな僕がいきなり出てくるもんだから桜さんは少し驚いたのかもしれない。
「なにか用ですか?」
桜さんは深呼吸をしてから、傘を持っていない方の手を胸元でぎゅっと握りしめる。
「わ、私と付き合ってください」
この告白から数時間後、つまり僕が神森さんの『こいびと』ではなくなってしまったその日のうちに、僕と桜さんは恋人同士になった。
第三章、完。宿敵、瓜丘さんの登場回。思いついた当初のタイトルは悪夢の黄金週間でした。ある君とみもちゃんはどうなるのか、お楽しみに。




