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誘拐事件 13 五月七日 水曜日

 一昨日の夕方、大輪の倉庫から救出された僕はそのまま救急車で近くの警察病院に搬送された。太ももの傷は多くの神経や筋を切断していたらしく、全治二週間、それまで入院するようにと医師に言われた。駆け付けた両親はすごく驚いていた。連休中は友人宅で無事に生活していると思っていたら、突然警察から連絡があり、息子が怪我人となって入院していたのだ。驚くのは当然である。両親には神森さんのことは伏せ、突然拉致され、殺されかけたのだとだけ説明した。


 連休最終日である昨日は、朝から刑事の皆さんがひっきりなしに事情を訊きにやってきた。両親が気を利かせて個室で入院しているにも関わらず、全く安静にできなかった。


 そして今、僕の目の前には大きなクマが来客用の小さな椅子に巨体を乗せて座っている。もちろん野生のクマではなく、クマの末裔、朝見夜彦刑事である。彼曰く、今日は事情聴取の為ではなく、プライベートでの訪問らしい。刑事としてではなく、知り合いとしてお見舞いにやってきたそうだ。


「まさか神森さんがあんな人に狙われていたなんて知りませんでしたよ。それに、例の麻薬グループも瓜丘さんの息の根がかかっていた組織だったんですね」


「ああ、せっかくみも太郎の力を借りたってのに、取り逃がしちまったけどな」


「仕方ないですよ」


「仕方なくなんかねえよ。何の為にある君の事をリークしたと思ってんだ、この野郎」


「やはりそうでしたか」


「気付いていたのか?」


 朝見刑事はわざとらしく『驚いた』という表情をつくる。なんともあざとい。


「はい。一昨日、倉庫に駆け付けたあなたは犯人の名前を知るはずがないのに、真っ先に瓜丘さんの名前を口にしていました」


「流石、あるちゃんの弟だ」


「僕が分らず屋でなかったら、今頃あなたを刺し殺しています」


「それは脅迫だぜ、この野郎!」


「説明してもらえますか?」


「ああ、その為に来たんだ。……実はな、みも太郎に頼みに行っている案件は全部瓜丘絡みなんだ。だから、みも太郎はいつも俺の依頼を受け付けねえ。瓜丘に見つかっちまうかもしれねえからな」


 なんてことだ。通りで朝見刑事と話すことを拒むわけだ。依頼を引き受けてしまったら、わざわざ黒の探偵を辞めてまで身を隠している状況が一瞬にして水の泡になってしまうからである。そして、実際にそうなってしまった。


「でもあの日、みも太郎は協力した。瓜丘が絡んでる違法薬物の案件に手を出した。何でかわかるか?」


 考えるまでもなく、さっぱりわからない。


「ある君が被害にあってたからだ」


「被害って」


 桜さんを襲おうとしていた中毒者を撃退しただけである。


「ある君が絡んでいると知った途端にみも太郎は捜査に協力した。あれがあるちゃんだったら、絶対に無視しているはずだ。だから、摘発の時に瓜丘の下っ端に教えてやったわけだ。神森が可愛がっている助手がいるってな」


 その下っ端というのは、瓜丘さんに引きずられていたあのボロボロの男の事なのだろう。


「案の定、瓜丘はある君の前に姿を現した。部下にやらせてる麻薬売買とは違って、自らの手で――」


「僕を殺そうとした」


「俺の思惑通りだったわけだ。みも語で言うなら『やったぴー』だ」


「どうしてそこまでしたんですか?」


「俺は絶対あいつを捕まえなきゃならないんだ。仲間の無念を晴らさなくちゃいけねえ。けどな、ある君のことを見捨てたわけじゃねえぞ。ちゃんと発信機だとか盗聴器だとかいろいろ仕掛けてたんだからな、この野郎」


 違法捜査にも程がある。仮にも公務員とは思えない所業だ。関係のない一般人をおとり役として巻き込んだ上に、勝手にいろいろ仕掛けていたなんて、僕が分らず屋でなければ、刺し殺すまではしなくても確実に訴えているだろう。このクマの様な見た目の大男は、ただの刑事さんではなく、違法捜査をしまくった挙句、犯人を取り逃がしてしまうような残念な刑事さんだったのだ。奥さんと別居しているのも頷ける。


「神森さんには仕事として依頼したんですか?」


「ある君の救出をか? 俺は『ある君が誘拐された』としか言ってねえよ。みも太郎の事は信じてはいたが、まさか本当に動くとは思ってなかった」


 神森さんは瓜丘さんに救出の理由を問われたとき、『お仕事』と答えていた。けれど、そんな案件は相談屋に持ち込まれてはいなかった。にもかかわらず、僕を助けに来た。朝見刑事が信じていたという神森さんと僕の間にある信頼関係、本当にそんなものがあるのだろうか? 麻薬グループの件も、本当に僕が被害にあっていたから捜査に協力したのだろうか? 今まで身を隠していたのに、僕を助ける為だけに、天敵の前に姿を晒したのだろうか? 感情がわからない、愛がわからない神森さんが? ……わからない。

 僕は相変わらずの分らず屋である。いくら考えたって無駄なので、僕はただ、窓の外の青空を見つめることしかできなかった。


 朝見刑事が帰った後、僕のケータイが震えた。メッセージの差出人は綿抜草馬、タイトルは『黒の探偵について』である。依頼したのは三日前だというのに、もう資料が送られてきた。さすが美少女の為ならどんな仕事でもこなす情報屋のワタさんだ。二次元の女の子の為ならいつでも全力である。そんなことを考えながら、僕は彼の資料にじっくりと目を通していった。


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