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縦笛事件 03

 姉の運転する軽自動車(普段は母がパートの通勤に使っている)は、僕らが住む住宅地を抜け川沿いの道をひた走る。

 一級河川、会瀬川おうせがわ。僕らが住む河部市かわべしのど真ん中を南北に流れるこの大きな川は市のシンボルだ。そして西と東の両サイドの河川敷に広がる市立公園は市民の憩いの場所でもある。その公園の西側、中央にある無料駐車場に姉は車を停めた。


 真夏の炎天下の中、颯爽と車を降りた姉は何も言わず歩き出す。慌ててそれに続く僕。僕が車のドアを閉めると、姉はこれまた颯爽に僕の方へと振り返り、車のキーのロックボタンを押す。いや、本当にどこに行く気なのだろうか。公園で散歩? 弟の僕と炎天下で? 有り得ない。姉は無意味なことはするけれど、姉弟揃って仲良く散歩などという微笑ましい目的で僕を連れ出すはずがない。


 足早に歩く姉に続き、グラウンドの横の道を抜けていく。道とグラウンドの間にある大きな木の向こうに見える先には野球やらサッカーに興じる少年少女たちが見える。こんなにも暑いのに汗をぬぐいながら大きな声を出している。試合か何かなのだろうか? とにかく熱中症には気を付けて欲しいものだ。毎年多くの人が病院送りになっているそうだし、水分補給が大切である。


 ふと下を見ると、アイスの棒が落ちている。向こうの小学生たちが食べた後に捨てたものなのだろう。実にうらやましい。こんな暑い日にはアイスを食べるに限る。と、小学生たちを眺めながら歩いているといつの間にか公園を抜け、河川敷沿いの道に出る階段を上がっていく。姉は一目散に階段を駆け上がり、ゆっくりと上る僕を待っている。

 僕が階段を上りきると姉は口を開く。


「私には最愛の人がいるの」


「大きな声で言わなくてもわかっていますよ」


「処女を捧げても良いくらいに大好きな人がいるの」


「だから何度も言わなくてもわかっていますよ」


 そう。と呟いてから、姉は再び歩き出す。先ほどと違いゆっくりと歩いてくれているようなので僕は姉の隣を歩く。もちろん車道側だ。


「あなた、本当にわかっているの?」


「わかっていますとも」


「じゃあ、あなたは?」


「質問の意味が良くわかりませんが」


「女の子が好きなの? 男の子が好きなの?」


「弟のことをなんだと思っているんですか」


「童貞」


「簡潔に表現しすぎです」


「へたれ童貞」


「何か余計なものが付きましたけど」


「素人童貞」


「それは何か違う気がします。というか童貞童貞言わないでください」


「でもあなた気にしていないのでしょ?」


「普通の高校生というのはそんなことまで気にしなければならないのでしょうか」


「普通かどうかはわからないけれど思春期ってそういうものじゃないの?」


 実の姉に思春期男子のあり方を問われる日が来るとは思わなかった。


「まあ、あなたにそんな事を言っても仕方ないのよね」


「分らず屋ですから」


「私は処女よ」


「だから訊いていませんって。どうして真夏の太陽の下で、そんなことを何回も聞かないといけないのですか」


「そんな、とは失礼ね。これはこの性に乱れる現代社会では結構重要な情報なのよ」


「実の姉が処女で弟が童貞であるから何だと言うんですか」


「近親相姦って良くないことよね」


「その気もないくせにそんなフラグを立てないでください」


「つれないわね。まあ、私はあなたをそういった対象として見ていないのだけれど」


「当たり前です。あなたは川を見ながらこんな話をするために弟を連れだしたんですか?」


「可愛い子のところへ行くのよ」


「可愛い子?」


「ええ、私の最愛の人」


「やはりそうでしたか」


「ええ、私の想い人を紹介するわ」


 姉は立ち止まった。横断歩道の前である。横断歩道の先には洋菓子店が見える。くすんだ黄色の外観に三角の屋根からは煙突。生い茂った庭の木々の中から店の看板が顔を出している。確か最近ローカル雑誌でとり上げられた人気店だ。

 まさかこの洋菓子店に愛しい人がいるわけではないのだろう。手土産かな。


「プリンとアイスがそろそろなくなってきていたから」


 手土産ではなく常備が切れてきたというような口ぶりだった。

 ちなみに我が家にはそんな習慣はない。


「ひとつ訊いてもいいですか?」


「なにかしら? 姉の想い人に会うのはあなたでも複雑なの?」


「いえ、それはいいんですけど、さっき可愛い子って言いましたよね?」


「言ったわよ、それが何か?」


「僕の勘違いならいいんですけど、もしかして」


「勘違いではないわよ、私の想い人は女の子だもの」


 そう言って姉はそのまま洒落た洋菓子店へと入って行った。


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