誘拐事件 05
顔を洗い、着替えた後、僕は神森さんの遅すぎる朝食とゆずかちゃんの三時のおやつを兼ねて、フレンチトーストを作り、白い小さなテーブルを三人で囲んで仲良く食べた。もちろん神森さんとゆずかちゃんは事あるごとにじゃれ合い、時には言い合いにもなったりしたのだけれど、なんとか無事に食事を終えた。
食べ終わると神森さんはすぐにクマの山の方へと行き、お気に入りの『かんぞう』を抱いてごろごろ転がっている。ゆずかちゃんと二人でテーブル付近に残された僕は、コーヒーを飲みながら、目の前でオレンジジュースをすする彼女に話しかける。
「それで、ゆずかちゃんは今日は遊びに来ただけ?」
「んーっとね、相談しに来たんだけど、みもちゃんがゲームしてるの見てたら、つい遊んじゃってた」
首をかしげ、ぺろっと舌を出すゆずかちゃん。なんとも可愛らしい動作である。
「相談って何かな?」
「母の日のプレゼントは何が良いかなーって、それできたの」
「まだ早くないかな?」
「お姉ちゃんが考えてたから、わたしもあげようと思ったの」
こどもの日もまだだというのになんとも親孝行な姉妹である。そしてなんとも桜さんらしい。彼女のことだからまたハーブティーの詰め合わせか何かなのだろうけど。
しかし、母の日か。僕は両親に感謝はしているけれど、贈り物とかはしたことがない。思春期の男子高校生と両親の関係というのは複雑なのである。ということで、思いつくのはカーネーションくらいだ。
一方、相談を受けている張本人である神森さんはというと、寝転がって『かんぞう』と『じんぞう』を両手でちょこちょこ動かしながら会話をさせて遊んでいる。所謂お人形遊びというやつだ。
「『かんぞうあそぼー』『ええよー』きゃ、今日もこいつらかわええなぁ」
「神森さんも考えてあげてくださいよ」
「は、は、ははのひー」
クマを動かす手を止め、突如、母の日の歌を歌う神森さん。いつもの即興のオリジナルソングである。一応ゆずかちゃんとの会話は聞いてくれていたみたいだけれど、アドバイスにはなっていない。
「神森さん」
「ワシはわからんちー」
「あ、そっか。みもちゃん親いないんだっけ」
じゃあだめだよねーと言って、ゆずかちゃんはオレンジジュースを飲む。今、さらっと新たなる真実がこのツインテール小学生から聞こえた気がしたのだけれど。……これは本人に確かめるしかない。
「いないんですか?」
「は、は、の、ひーひー。ふー」
「神森さん、ご両親は?」
「親? いないよ。あおい園で育ったからね」
あおい園とは河部市の南方にある、身寄りがない子供たちが生活する施設だ。数年前に謎の人物からランドセルの贈り物が届いたとかでニュースになっていたので知っている。一人暮らしでひきこもりなのに、両親や家族の話題を聞かないとは思ってはいたけれど、まさかいないとは考えてもいなかった。ということはつまり、神森さんは天涯孤独ということである。
「弟くん、知らなかったの?」
「うん」
「ひ、ひ、ふー。ひ、ひ、ふー」
「それは出産です」
母の日の歌が、いつの間にかラマーズ法になっていた。母がかつて出産する際に使っていたであろう呼吸法なので、あながち間違ってはいない。
そんな妊婦な神森さんは両親がいないため、相談にのることができない。したがって、ゆずかちゃんにアドバイスできるのは両親が健在である僕だけという事になる。
「何がいいかな?」
「カ……感謝の気持ちがこもっていれば、何をもらっても嬉しいと思うよ」
さすがにカーネーションとは言えなかった。そもそもカーネーションを母親がもらって嬉しいと感じるかどうかわからない。僕にとってあれはただの赤い花だ。
「参考にならないね」
「相変わらず失礼だね」
「あ、ワシはアイスたべるよ!」
「わかりました」
僕は台所へ行き、冷蔵庫から神森さんお気に入りの洋菓子店のアイスを取り出し、スプーンと一緒に渡す。
「ありがとーる。もぐもぐ」
黙々とアイスを食べる神森さん。もう母の日も、ゆずかちゃんもそっちのけだ。
仕方がない。今回の案件について、相談屋はお手上げである。なので、ここは自称探偵のあの人の出番である。
「お姉さんと一緒に考えてみたら?」
「んー、そうする。みもちゃん、ゲームの続きやろ!」
そう言ってゆずかちゃんはクマのぬいぐるみを抱えながら転がる神森さんにダイブする。
「おぎょ! いきなり飛びつくなー」
「ぐいぐい」
「ぎゃああ! やめろやめろおおおお!」
神森さんとゆずかちゃんは今日も仲良しである。




