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誘拐事件 04 五月三日 土曜日

 昨日、桜さんと別れた後で僕は予定通り神森さん家へと向かった。そして昼夜逆転している神森さんと共に遊んだり、部屋の掃除をしながら過ごし、外が明るくなる頃に就寝した。もちろん僕と神森さんは別々の部屋で寝た。神森さん家にはリビングの奥に寝室があるので、泊まるときはいつもそこを使わせてもらっている。

 神森さんはというと、僕がいようがいまいが、リビングで大量のクマのぬいぐるみ達と共に寝起きしている。よって寝室は普段から使われていないのである。姉がいた頃もそうだったらしく、寝室は姉専用の部屋だったらしい。

 そんな寝室のベッドの上で目が覚めたのは昼の二時頃、リビングから何やら物音がするので覗いてみると、ツインテール頭が二つ見えた。


「みもちゃん! そっちじゃないって」


「えー、ちがうよ。ゆずりんが間違ってるんだって」


 一人目のツインテールは相談屋の常連客であるゆずかちゃんだ。桜さんの妹である彼女は、今日も黒い髪をツインテールにしている。服装は白いフリルのミニスカートに胸元に虹がプリントされた長袖のTシャツ、その上に紺色の半袖パーカーを羽織っている。休日の小学生は今日もお洒落さんなのである。


 そんな姉譲りのお洒落なゆずかちゃんは二人目のツインテール、金髪の神森さんと一緒にクマのぬいぐるみの山の横にあるテレビでゲームをしていた。といってもゆずかちゃんはアドバイス役らしく、コントローラーを握っているのは神森さんだ。ちなみに今日の神森さんの格好は裸にデニムのオーバーオールというなんとも夏らしい、そして神森さんにしかできない様な恰好をしている。ゆずかちゃんと違い、なんとも季節感のない人である。

 裸にオーバーオールが神森さんにしかできないのはもちろん、胸が無いからという意味だ。神森さんの胸はまな板なので、大事な部分が肩紐で隠れる程度の格好でも問題ない。ついでに色気もない。


「みもちゃん、コントローラーかして!」


「ち、ち、ち、ちっぱいーのゆずりりりりーん」


 ゆずかちゃんの要求に失礼で酷い鼻歌で返事をする神森さん。自分のことを棚上げにし過ぎである。ちっぱいどころか傾斜すらないその胸のおかげで裸にオーバーオールという荒業ができているというのに。


「みもちゃんもまな板なんだから人のこと言えないでしょ」


「え、まって。ゆずりんには言われたくない!」


 的確なツッコミをしたゆずかちゃんに対し、神森さんはコントローラーを放り投げて立ち上がり、ゆずかちゃんの胸を指さす。


「ゆずりんの方がまな板じゃん!」


「わたしはまだ小学生だもん! みもちゃんは大人のくせにえぐれてるよ!」


 ゆずかちゃんも立ち上がり、神森さんの胸を指す。


「えぐれてないし! タッチパネルだし!」


 そう言いながら無い胸を張る神森さん。最早ゲームはそっちのけである。


「タッチパネルなの!? ぐいぐいってしたら反応するの!?」


 神森さんに飛びつくゆずかちゃん。反応するかどうかを確かめようと神森さんの胸元をまさぐろうとしている。彼女は小学生だ。何かを言われれば気になり、試したくなる。そんな興味津々なお年頃なのである。


「ぎゃああああ! さわるなー」


 頭をブンブンと振ってツインテールがゆずかちゃんにバシバシと当たっている。それでも、ゆずかちゃんはめげことなく、神森さんの無い胸をまさぐる。


「ぐいぐい」


「きゃん」


 神森さんの変な声が出たところで僕は、百合百合な絡み合いとは程遠い子供同士の戯れをしているツンテールたちにツッコミを入れることにした。


「昼間っから何やってるんですか」


「あ! あるじろ、おはようぐると」


 そう言ってお辞儀をする神森さん。ゆずかちゃんは胴体にくっついたままである。

 ちなみにお辞儀の意味は不明。挨拶のときにそうしているわけではなく、ただの気まぐれだ。


「おはようございます、神森さん。ゆずかちゃん、いらっしゃい」


「おじゃましてます! ぐいぐい」


「さわるなあ! あるじろ、ゆずりんは全然わかってないんだよ!」


「何をですか?」


「ワシの大人の色気」


「……」


 真顔である。神森さんは超大真面目に言っている。僕は呆れて言葉も出ない。ゆずかちゃんに至っては神森さんの体から離れ、首を傾げている。このままでは誰もツッコまないので仕方なく僕は神森さんに真実を告げる。


「神森さんのどこに色気があるんですか」


「あるよ! ……うっふん」


 手を頭と腰に当ててポーズを取る神森さん。これが神森さんが考える大人の色気ポーズなのだろうけれど、あまりにも安直すぎてただのネタにしか見えない。けれど彼女は大真面目だ。大真面目に『うっふん』と言えば色っぽいと思っているのである。


「ないね」


「ないです」


 即座に感想を述べたゆずかちゃんに僕も便乗した。小学生は本当に素直である。言葉を出すことすらも面倒だと考えてしまう僕とは大違いである。


「胸もないね」


「まだ言うか、ゆずりん!」


 素直な小学生の言葉により、また子供同士の喧嘩が始まりそうである。


「ところで神森さん、今日はまた一段と可愛らしい恰好ですね」


「本当? わたしがやってあげたんだよ、ツインテール!」


 色気がないと散々言われてしまった神森さんに対して褒めたつもりが、素直すぎるせいで神森さんに真実という刃を突き刺したゆずかちゃんを褒めたことになってしまった。


「弟くん、萌えたでしょ?」


「萌えっとしたよ」


 得意げに訊いてくるゆずかちゃんにこの前読んだ本で使われていた独特な表現で返す。理由は特にない。語感が『もやっと』に似ていて記憶に残っていただけだ。

 初めて会った頃は『王子様の弟』だとか『弟なお兄ちゃん』とか僕のことを呼んでいたゆずかちゃんだけれど、今ではすっかり『弟くん』で定着している。

 ゆずかちゃんは僕の姉のことを王子様と呼んで慕っており、桜さん曰く将来は王子様と結婚するつもりらしいので、もしかすると表記は義弟の方かもしれない。


「おえっと? あるじろ吐くの? 大丈夫?」


 僕が使った独特な表現を吐き気と勘違いした神森さんが反応して僕の目の前まで駆け寄ってきて、頭を撫でてくれる。


「よしよし、なでこなでこ」


「ありがとうございます」


「えへへー。あるじろは今日もかわええなあー」


「とりあえず顔洗ってきます」


「いってらー」


 神森さんの適当な台詞で送り出させた僕はリビングを抜け、洗面所へと向かった。


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