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誘拐事件 01 四月十三日 日曜日

「あるじろ、ちゅーもっと」


 キスをせがむ神森さん。クマのぬいぐるみの山に体を埋めた生首状態でも可愛らしい。

 始業式の日に出会った探偵少女、桜さんがネックレスの件のお礼と報告をして帰った直後、僕と神森さんは恒例のいちゃいちゃタイムを楽しんでいた。わからない者同士の些細な戯れごとである。さっきはおでこに軽くしただけなので、今度はちゃんとキスをしようと思った僕は神森さんの柔らかい唇に自分の唇を重ねる。


 ピーンポーン。


 説明するまでもなく、来客を知らせるチャイム音だ。今日の来客予定は桜さんだけで、その桜さんもさっき出て行ったばかりである。桜さんが忘れ物でもして、それを取りに来たのだろうか? いちゃいちゃの途中ではあるけれど、来客は仕方がない。

 僕は玄関へ向かうため、神森さんの顔から自分の顔を引き離す。


「いっちゃダメ」


 神森さんはクマの山から両手を突出し、僕を抱き寄せる。弾みで僕と神森さんのおでこがぶつかった。


「えへへ、おでこいたいー」


 そう言いながら唇を重ねてくる神森さん。今日はいつになく積極的である。


 ピーンポーン。


 再びチャイムが鳴り響く。来客をこのまま放置しておくのはさすがに良くない。居留守という手段もあるけれど、もし桜さんなら応答しないのはまずい。


「ぎゅううううう」


 神森さんは完全にいちゃいちゃモードに入っているらしく、僕を離してはくれない。まあ、この部屋の主が応答する気がないのなら仕方ない。

 神森さんが赴くまま、僕らは抱き合い、何度かキスをする。その間もチャイムは何回も鳴り響く。しばらくして、今度はドアを叩く音と共に怒鳴り声が聞こえてくる。


「おい、みも太郎! 開けろよ、この野郎!」


 野太くて、部屋の中にいる僕らのところまで聞こえてくるくらい大きな声である。こんな風に神森さんの元に訪ねてくる人物は、僕が知る限り一人しかいない。神森さんの知り合いの刑事さんだ。桜さんではなかったけれど、知り合いが訪ねてきたのなら部屋に入れてあげるのが普通である。


「開けちゃダメだよ!」


 僕の考えを察したのか神森さんは勢いよく山から前のめりに飛び出し、そのまま僕を押し倒す。勢いで頭を強く打ってしまい、鈍い痛みが僕の頭に響く。


「ダメええええええ!」


 Tシャツ姿の神森さんは押し倒した僕にかまうことなく、金色の髪を振り乱しながら玄関へ走って行く。刑事さんを部屋に入れたくないらしい。とりあえず起き上がり、僕も彼女に続いて玄関へと向かう。


「おい、みも太郎! 起きてんだろ! いい加減開けろよ、この野郎!」


「起きてないもん! 寝てるもん! ぐーぐー」


「いい加減にしろ! だいたいこんな時間からしかお前が起きないせいでな、こっちは残業なんだよ! 非番なのになあ!」


「奥さんいないんだからいいじゃん。ぐーぐー」


「お前、それを言っちゃあ終いだぜ。別居中なめんな!」


 ドア越しに繰り広げられる刑事さんと神森さんの攻防戦。どう考えても神森さんが悪いのだけれど、刑事さんの口の悪さと大きな声のせいで、刑事さんが悪役のようにも思えてくる。取り合えず僕はドアにへばり付く神森さんを引きはがし、刑事さんに声をかける。


「御近所迷惑ですよ、朝見刑事」


「お、ある君もいるのか。ちょうど良い、早く開けろよこの野郎」


 やはり口が悪すぎる。どう考えても普通の人は他人に何か頼むときに『この野郎』なんて語尾は使わない。けれどこれがこの人の普通だったりする。

朝見夜彦あさみよるひこ刑事、県内でも強面な切れ者揃いで有名な河部署の刑事さんだ。年齢は推定で三十代前半。既婚者(ただし別居中)、三歳の娘さんがいる。身長は明らかに百八十センチ以上。体重も明らかに百キロ以上。『強面揃いの河部署』というくらいなのでそれなりに強面。けれど本人曰くまだ可愛らしい方に属しているとかいないとか。そして口が悪く、声が大きい。


 僕が朝見刑事について知っているのはこれくらいである。どんな事件を捜査しているとか、どんな部署に属しているとか、どんな地位にいるとかは一切不明。

たまに相談屋である神森さんのもとに、捜査協力を依頼しに来るくらいなので、お偉いさんとか、敏腕刑事とかではないと思われる。


 それに、こうして来る度に家に入れてもらえなかったり、追い返されたり、話を聞いてもらえなかったりと捜査協力を断られ続けているので、もしかすると仕事があまりできない暇な刑事さんなのかもしれない。


 と、彼について知っている情報を並べるとあまりにも悲しい刑事さんな気がしてきた僕は、彼を中に入れてあげることにした。神森さんには悪いけれど、今日のいちゃいちゃタイムは終了である。


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