恋桜事件 12 四月十一日 金曜日
桜さんとデートをした翌日、僕はいつも通り登校し、転寝をしながら授業をやり過ごし、ワタさんと共に食堂でお昼ご飯を食べ、教室に荷物を取りに戻ることになった。始業式の日はお昼ご飯を食べる時間より早く放課後になったし、昨日は桜さんとの約束があったので学食で食べたのは今学期初であった。新学期とはいえ、特に新メニューが増えたとか価格が安くなったとかではない。単に僕らが学食派なだけである。
ワタさんが語る最近のゲーム事情を聞きながら、二年三組の教室に戻ってくると様子がおかしかった。そのおかしさ故に、僕らは入り口前の廊下で立ち止まり、中の様子を伺う。
教室内には放課後にも関わらず、結構な人が残っていた。それだけでも驚くべきことなのだろうけれど、そんなことよりも、教室内の空気が明らかにおかしい。机や椅子などはいつも通りなのだけれど、多くの生徒が壁に貼りつくように立ち並んでおり、中心を見つめている。よく見るとその生徒たちは他の学年の生徒や他のクラスの生徒である。それも全て女子だ。
その女子生徒たちが見つめる中心で、二人の生徒が睨みらっている。というか睨みあいながら、二人とも目を真っ赤にして泣いている。
一人は黒の探偵、並木桜さん。
そしてもう一人はネクタイの色から察するに三年生。茶色い髪をポニーテールに結んだ彼女は僕が見たことのない生徒だった。
というか今教室内にいるほとんどの生徒が知らない女子生徒である。
ここは僕らのクラスのはずである。学年が違う生徒や違うクラスの生徒がいるのはおかしい。中心で睨みあっている桜さんはクラスメートではないし、先輩は学年も違う。そんな二人がどうして縁もゆかりもない僕のクラスにいるのだろうか。
何が起きているのかさっぱりわからない。
放課後なので、どこの生徒がどの教室に居ようが自由ではあるのだけれど、状況が状況なだけに、どうしてこうなったのか理解できない。
そういえば昨日、桜さんはネックレスを持っているという『遠くへ行っちゃった人』の所へ行くと言っていた。このポニーテールの先輩がその人なのだろうか。
それにしてもどうして桜さんと先輩が睨みあい、泣き合い、多くの女子生徒たちに囲まれなければならないのだろうか。
さっぱり、わからない。
「面倒事に巻き込まれるのは良くない。女子というのは独自の世界を形成する生き物だからな。関わらないに越したことはない。学食に戻ろう」
僕の隣でワタさんは静かにそう言って、来た道を引き返そうとする。
目の前の状況が理解できない僕は一歩も動かなかった。
「どうした?」
「いえ、知り合いがいたので。ほら前に教えてもらった黒の探偵さんですよ」
「ん?」
ワタさんは『何を言ってるんだ』という顔をする。
「黒の探偵がいたのは何年か前の話だ。卒業と同時に姿をくらましたらしい」
「え?」
「それにあれは【噂二】だ。探偵なんて者じゃない。お前、ちゃんと読んだんだろ?」
「……」
黒の探偵がいたのは何年か前? どういうことだろうか。確かに桜さんは探偵だ。ちゃんと依頼だって受けていた。そんな彼女のために僕は動き、お礼だってされたのである。
そんな彼女が探偵ではなかった。
それに【噂二】とはワタさんが始業式の日に僕にくれた、春休みのまとめのことである。
そこに何かが書かれているというのだろうか。桜さんと三年の先輩について、どうしてこのようなことになっているかが記されているというのだろうか。目次だけ見てしっかりと内容に目を通していない僕にはわからない。
「まあ、いい。俺は部室に行くことにするよ」
相変わらず一歩も動かない僕にワタさんは呆れたようだ。
僕らを置いて歩いていく彼の後ろ姿を眺めていると、ワタさんは急に振り返る。
「あと、あの教室に入れるのは女子だけだと思うぞ」と、言って去って行った。
この場に残って何が起きているか確認したいけれど、男である僕には不可能らしい。昨日の暴漢の一件があり、しかも僕がお手伝いしたネックレスさがしに関連している出来事かもしれない以上、無理をしてでも状況を確認したほうが良さそうである。
僕は入り口付近に見えた茶髪のサイドテールに声をかける。
「マリーさん」
「何? 今取り込み中なんですけど」
こちらに振り返ることもなく会話を拒む彼女に僕は要件を伝える。
「後で食堂まで来てください」
「は?」
振り返るマリーさんを無視して僕は二年三組の教室を後にした。こうすれば彼女は必ず食堂にやってくるはずだ。




