表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/171

恋桜事件 10

 暴漢を撃退することに成功した僕らは、その足で駐輪場に自転車を取りに行き、会瀬川の近くまでやってきた。ここに来るまで桜さんはずっと無言で、自転車を押して歩く僕の服を掴んで歩いている。


 今日は神森さんの所に行くのをやめた。あんな事があったのだ、まだ不安を引きずっている桜さんを置いて帰るわけにはいかない。今日は家に送り届けるまで一緒にいてあげよう。デートというのは家に帰るまでがデートなのだから。


 桜並木に差し掛かると桜さんはだいぶ落ち着いたのか、僕の制服の裾から手を離し、僕の前を歩く。けれど、その足取りは重い。

 満開の桜は昨日と同じように風に揺れ、花びらを散らしている。

 昨日、桜さんはもっと綺麗になると言っていたけれど、お花見は今週末がピークだろう。何日かすれば、ここも多くの人で賑わうだろう。天気さえよければ。

 僕は桜の花越しに灰色の空を眺める。歩いているうちに空はすっかり曇っていた。今にも桜の花を落とす雨が降ってきそうである。


「桜ってよく初恋とか失恋とかに喩えられますけど、どうしてか知ってますか?」


「花が咲く期間が短いからですか?」


「それもそうなんですけど、桜は本当に満開になることがないからなんです。一つの枝が満開になる頃には他の枝はもう散り始めているんですよ」


 昨日初めて会ったとき、今が満開だと言った僕に桜さんは『本当はもっと綺麗になる』と、言っていた。それは実際に全ての枝が満開になるという意味ではなく、もし全ての枝が同時に満開になったとすれば、今よりも綺麗だという意味だったらしい。


「完璧な姿を見てもらえず、一週間程度で花は全て散ってしまう。……儚いですよね」


 そう言って、桜さんは立ち止まる。


「そんな名前が私は嫌だった」


 長い黒髪が風に揺れ、舞い散る桜の花びらと絡み合っている。


「けど、ある人に言われたんです。良い名前だって。似合ってるよって。何の説得力もない、お世辞みたいな言葉だと思ったんですけど」


 そこで言葉を切って、彼女は満開の桜を見上げる。


「すごく、嬉しかったんです」


 ぽた。

 顔を上げた桜さんの額に雨粒が落ちた。そして僕の頭にも落ちた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ