恋桜事件 09
食事を終えて、美味しいお茶を楽しんだ僕らは駅前でぶらぶらと散歩することになった。
桜さんのプランは紅茶店に行くところまでしかなかったらしく、後は特に決めていなかったそうだ。紅茶店を紹介してもらい、紅茶の魅力についても教えてもらえたので、お礼としては十分だと僕も思ったので、適当に駅前を歩きましょうと提案した。
商店街やいろいろなテナントを見て回った僕らは大きめのゲームセンターに立ち寄った。僕は普段からあまりゲームをやらないので、中に入っても特に何かをやろうとは思わなかったけれど、クレーンゲームに神森さんが好きそうなクマのぬいぐるみがあったので、何回か挑戦してみることにした。普段やったことがないものが簡単にできるわけもなく、クマのぬいぐるみをなかなか取ることができない。二回、三回と集中してやってみても、クマにクレーンが全く当たらない。やはり僕には向いていないようだ。
「なかなか難しいんですね。ちょっと桜さんもやって――」
言いながら隣を見ると、桜さんはいなかった。
どこか別のゲームでもやりにいってしまったのだろうか?
紅茶店がなくなっているから事件だ、と騒いでいたときも気が付いたら行動していたし、きっとなにか気になるゲームか謎でも発見したのだろう。
辺りを見渡すと、黒い中折れ帽が裏口から外に出ていくのが見えた。
僕が慌てて中折れ帽を追うように外へ出ると、桜さんは茶髪の男に腕を引かれ路地裏に連れ込まれていくところだった。
こっそりと路地裏を覗くと、桜さんは二人の男に襲われそうになっていた。一人は茶髪で、桜さんの腕を掴み、服を脱がせようとしている。もう一人は坊主頭で、襲われる彼女の姿をケータイで撮影している。
桜さんは必至で抵抗しているが、彼女の力では男の腕を振り払うこともできず、涙を流しながら、足掻いている。
何がどうしてこうなったのか、いくら治安があまり良くないからといって、昼間から女子高生に乱暴するような輩がいる街ではないし、桜さんが乱暴されなければならない理由も、さっぱりわからない。けれど、助けなければ。
僕は男たちに気付かれないようにゆっくりと坊主頭の男に近づいていく。
茶髪の男は桜さんに掲示板がどうとか書き込みがどうとか言いながら抵抗する彼女の口を塞ぎ、服の中に手を入れようとしている。しかし、ろれつが回っていなくて、詳しい内容はうまく聞き取ることができない。昼間からお酒でも飲んでいたのだろうか。体もフラフラとしていて、女の子である桜さんには太刀打ちできなくとも、僕でも十分闘うことができそうである。
坊主頭の真後ろまでやってくると、桜さんと目が合う。僕はゆっくりと頷き、坊主頭の男の肩を叩いた。
「あん?」
振り返った男は目の焦点が合っていなかった。
フラフラとしていて、ろれつが回っていない。まるで良くない薬物を摂取した後のような男たちであった。
そんなことを考えながらも僕は振り返った男の腕を右手で掴み、間接とは逆の方向にねじる。そしてそのまま、鳩尾に膝蹴りを入れ、左手に持っていた学生カバンで顔面を叩き、そのまま倒れ込ませ、右足で腹を踏みつける。一人目撃破である。
坊主頭が落としたケータイを何回か踏みつけ、壊していると、桜さんを襲っていた茶髪の男は桜さんを放し、ポケットからナイフを取り出して、僕に向けてくる。
ナイフは脅しのつもりなのか、何かを言おうと口を開く男を完全に無視して、僕は姉直伝の回し蹴りで男の手を蹴り、ナイフを落とす。
唖然としている男はやはり、目の焦点がずれている。僕はさっきの男と同じように、相手の腕を掴み、ねじり、蹴りを入れて、顔面を殴り、踏みつける。二人目撃破、完全勝利である。
男たちが逃げていくのを見届けると、僕はうずくまっている桜さんに声をかける。
「大丈夫ですか?」
「……ありがとう」
泣きながら桜さんは僕に抱き着いてきた。
震えている。相当怖かったのだろう。僕は「ありがとう、ありがとう」と何度も泣きじゃくりながら繰り返す彼女をそっと抱きしめ返す。
「早計でしたね。僕は見た目ほど弱くはないのです」
探偵というのは、本当に物騒で大変な仕事である。フィクションではそれなりに戦闘能力をもった探偵なんていうのもいるけれど、きっと桜さんは頭脳派なのだろう。それに女の子である。闘う力など持ち合わせていない。
探偵まがいの相談屋である神森さんですら、姉の様な格闘術を会得した百合戦士を助手にしていたのだ。たとえ姉が神森さんに恋をしたという経緯であっても、助手は助手だ。それなりに戦闘スキルも発揮していたのだろう。もしかすると、今僕の腕の中で震えている桜さんにも、いるのかもしれない。自分の代りに闘ってくれる助手の様な存在がいるのかもしれない。何故なら彼女は、百発百中の推理で数々の謎を解明し、警察にも協力して殺人事件などを扱っている黒の探偵なのだから。




