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恋桜事件 08

 桜さんお気に入りの紅茶専門店は駅前のビルの三階に移転していた。リニューアルしたばかりなので内装も真新しく、白で統一された店内はキャンペーン中なのか、お客さんもそれなりに入っていた。この紅茶店は茶葉の販売がメインでそこにカフェスペースが併設されている。桜さんはこのカフェスペースで僕とお昼ご飯を食べる予定だったらしい。


 ということで予定通り、カフェスペースのテーブル席に案内された僕らであった。ランチメニューは多くないものの、紅茶の種類が豊富で、知識が全くと言っていいほどない僕は注文を全て桜さんに任せることにした。

 さすがお気に入りの店だけあって、桜さんは良くわからない単語を並べながら活き活きと注文していた。店員さんも桜さんのことを知っているのか、笑顔で頷きながら、あれはどうするだとかこれはこうした方がお勧めだとか桜さんにアドバイスをしていた。

 僕には理解できない世界である。


 それからほどなくして、先に紅茶が運ばれてきた。

 ガラス製のポットに入っているそれは紅茶とは思えない青い色をしている。ポットの横には紅茶に入れるためのレモンが二切れ添えられている。青いお茶なんて初めて見たので、僕はそのポットをただ見つめることしかできない。これは本当にお茶なのだろうか。中には青い花が浮いていて、それがこの綺麗な青い色を出している様に見えなくもないが、実はただの温かいブルーハワイシロップだったなんてオチがあるのではなかろうか。なんてことを考えていると桜さんはポットを手に取り、二つのカップに青い液体を注ぐ。そしてその一つを僕の前に置いた。


「どうして移転だってっわかったんですか?」


「推理です」


 きっぱりと言い切る桜さん。彼女は探偵なのだ。探偵まがいな神森さんの様に仕組みのわからない意味不明な論法や表現などは存在しない。あるのは推理と考察のみだ。


「私がこんなにも愛しているお店が閉店なんてするはずがないです。きっと移転なんだって、そう推理しました」


「それは推理ではなく、ただの願望です」


 思わず呆れてしまった。黒の探偵と呼ばれるほどの人でも、好物の事となるとただの女の子になるらしい。我儘な幼い女の子になるらしい。僕が桜さんを見つめていると、彼女はこほん、と咳をする。


「そんなことより、飲んでみてください。一番のおススメです」


 そう言われてしまっては飲むしかない。

 適当に会話をしてなんとなくやり過ごそうと思っていたけれど、僕はこの温かいブルーハワイシロップを飲まなくてはならない。

 目を閉じ、深呼吸してから僕はゆっくりとカップに手を伸ばす。そのままゆっくりと持ち上げ、唇にカップを押し当てる。何とも言えない香りはブルーハワイというよりはミントに近い爽やかな物である。そのまま少しだけ口に含むと、癖のない、ほのかな甘みを舌に感じさせる。これは、これは……。温かいブルーハワイ何て表現をしてしまった自分が情けなくなるほどに、美味である。


「おいしいです」


「よかったです」


 桜さんは満足そうである。

 自分が勧めたものを褒められるのは誰だって嬉しい。なので、僕は何かを勧められたときにはなるべく褒めるように心がけている。というかそう、姉に教わったのだ。今回は別に桜さんを喜ばせるために褒めたわけではなく、単に感想を述べただけなのだけれど。


「これはブルーマロウといって、夜明けのハーブと言われてるんですけど、香りと味はあまり特徴がないので、ミントなどとブレンドしてもらいました。色がとっても綺麗で気に入っているんです。それとこのお茶は――」


 活き活きとお茶の説明をする桜さんは、途中で思いついたように話を中断し、ポットの横に添えられていたレモンを手に取る。


「こうすると色が変わるんですよ」


 そう言いながら桜さんが自分のカップにレモンを搾ってたらすと、真っ青だったお茶が桜色に変わっていく。まるで魔法の様だ。


「私、思うんです。まるで恋をした女の子みたいだなって。どんなに透き通った青い心の持ち主も、このレモンのように刺激的な異性と交わると、身も心も桜色に変わってしまう」


 桜さんはカップを両手で持ち、中の桜色をどこか悲しそうに見つめる。


「恋をすると、人は変わるんですね。変わって、遠くへ行っちゃうんです」


 桜さんが言っている意味は相変わらず、僕にはわからなかった。

 桜さんと同じようにレモンを入れて飲んだそのお茶は、ほのかに甘くて、ほのかに酸っぱかった。以前、姉が言っていた初恋の味というやつに似ていると僕は思った。


 その後しばらくして運ばれてきたランチプレートも素直においしかった。というかお洒落で上品でその上、味も良かった。これは言うこと無しである。桜さんはいつもこんなものを食べているのだろうか。つくづくお洒落な探偵さんである。

 そんな『お洒落探偵』桜さんが食後に注文してくれたお茶(今度は黄色)を飲みながら僕は何気なく桜さんに質問することにする。


「桜さんは、今まででどんな事件を解決してきたんですか?」


 僕の質問に首を傾げる桜さん。


「黒の探偵さんは数々の謎を解明してきたと耳にしたので」


 と、付け加えると桜さんは「ああ!」と納得した声をあげる。


「そ、そうですね、警察に協力して、通り魔事件とか密室トリックとか替え玉殺人とか、そんな感じですかね……。どうしてそんなことを訊くんですか?」


「いえ、失礼な話なんですけど、黒の探偵さんを今まで知らなくて」


「知らなかったんですか!?」


「はい。噂とかそういうのには疎くて。改めて聞くと、探偵さんってやっぱりすごいんですね」


 どうやらミステリー小説に出てくるような探偵は実在していたらしい。この河部市はかつて河部ハーメルンという事件が起きたくらいの街なので、黒の探偵のような探偵がいても何も違和感はないのだけれど。


「い、いえ、確かに派手な事件も扱ったりしますけど、普段は今回の様に探し物とかが多いですよ」


 今回の探し物。それは昨日、僕がお手伝いを引き受けたシルバーのネックレスの事だ。恋人同士が身に着けているようなそのネックレスの在り処を神森さんに訊いた後、桜さんにそれをメッセージで送った件である。そして今、そのお礼を受けている。


「お礼ということは、ネックレス見つかったんですか?」


「早計です」


「え?」


「私が或江君にお礼しているのは、相談屋さんの助言のおかげで大体の目星がついたからで、ネックレスが見つかったわけではありません」


「それは、僕なんかとデートしている場合ではないような気がするんですけど」


「気のせいです」


「気のせいではないと思います」


「……確かに、お礼をするのには早すぎたかもしれません」


 そう言いながら俯く桜さん。なんだか残念そうである。

 あまり似ていないと思っていたけれど、こういうところは妹のゆずかちゃんによく似ている。あの子も普段は元気だけど、すぐに落ち込むし、そういうときは必ず目を伏せるように俯く。さすが姉妹だ。


「いえ、大丈夫です。桜さんの様な人とデートができて嬉しいですよ」


「ほ、ほんとですか?」


 言いながら顔を上げる桜さんはさっきまでの残念そうな表情が嘘だったかのように明るく、「よかったです」と言って、とても嬉しそうに微笑んだ。


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