恋桜事件 05
並木桜さんと別れた後、川沿いの洒落た洋菓子店に寄ってプリンとアイスを調達した僕はその洋菓子店の裏路地を進んでいき、怪しげなレンガ造りの建物、アオヰコーポの二○三号室へと向かう。合鍵を使って扉を開けると、そこにはハニーブロンドのすらっとした女性の死体があった。まさにミステリー。
大和撫子と書かれたTシャツ姿の彼女の顔には白い布がかけてあり、両手は胸元に軽く添えてある。ちなみに着衣はTシャツのみである。さすがに下着は履いているだろうけれど。これでは完全に日本人の恋人宅に遊びに来た外国人留学生である。しかも遺体。
僕が扉を閉める音にビクッと反応した遺体は、顔にある布に阻まれふごふごと息をしながら、「しんでますー」と主張した。
「どう見ても生きてます」
僕の『こいびと』神森未守さんである。いつも通りの意味不明具合である。
予定より来るのがだいぶ遅くなってしまったので、起きてはいるだろうとは思ってはいたけれど、死んでいるとは思わなかった。
というか、僕は神森さんが寝ているところを見たことがない。電話でのやり取りやメッセージでのやりとりの間に寝落ちされることはよくあるのだけれど、僕が訪問すると必ず起きている。そして意味不明なことをしている。
特に今日は僕が来るのが遅かったので暇を持て余してしまったのだろう。金髪碧眼の美女が『こいびと』の到着を待つあまり死んでしまったということである。なんとも儚い物語である。
「あるじろ遅かったね。あ、パソコンつけっぱだった!」
神森さんがいきなり立ち上がるので白い布がひらひらと床に落ちる。まるで桜の花びらのようにひらひらと。
「死んでいたんじゃなかったんですか?」
「すたこらさっさー」
僕の問いをかわすように一目散にリビングへと向かう神森さん。パソコンのつけっぱなしは良くない。電気代もそうだけれど、エコ的に良くない。
リビングへ入ると、大量のクマのぬいぐるみの山の上に不安定に置かれたノートパソコンに手を伸ばす神森さんがいた。
まるでエベレスト登頂目前のような光景である。
「ぱそ子ー。おねむの時間だよー。あ、じんぞう! かんぞう帰ってきたんだよ?」
山を構成しているぬいぐるみのひとつに声をかける神森さん。今日発見された『かんぞう』は『じんぞう』の親友ということらしいので『じんぞう』もさぞかし喜んでいるのだろう。
「少しいいですか?」
クマ山の頂上からパソコン奪還に成功した神森さんに声をかける。
「なにー?」
「うちの学校に黒の探偵と呼ばれている人がいるんですけど」
「パソ子、おやしゅみー。またね!」
パソコンに語りかける神森さん。無事に電源を切り、節電に成功したようである。
「並木桜さんっていって、ゆずかちゃんのお姉さんなんですけど」
「パソ子はー。OL三十二さーい。あらさー独身よー」
歌いながらノートパソコン『パソ子』を撫でている。歳上には優しい素敵な女性、神森さん。というかどう考えても『パソ子』は最新式なので三十二年物とかではない。そういう設定なのだろう。それにしてもなんだか悲しい設定である。
「ゆずかちゃんのお姉さんが探偵って知ってました?」
「それでもパソ子は働くんだよ! 家買っちゃったけど結婚は諦めてないの!」
「それ、もう諦めてる様なものですよね」
「そんなことない!」
「頑張ってほしいです。で、桜さんが依頼主の探し物をしているそうなんですけど」
「パソ子は今日もお家へかーえるー」
「神森さん聞いてます?」
「ん? 聞いてるよ。続けて」
そう言いながらも『パソ子』をクマのぬいぐるみの山の底へ押し込んでいる神森さんに近づき、無理やり目の前にケータイをかざして、表示させてあるネックレスの写真を見せる。
「神森さん、これどこにあるかわかります?」
彼女はその碧い瞳でしばらく画面を見つめると、
「あ! お風呂いくー。ぬぎぬぎ」
突如、大和撫子Tシャツを脱ぎだす神森さん。全く大和撫子ではない。見た目も行動も欧米人の様である。ぱっと、あっさりと神森さんの白い裸体が露わになる。ちなみに後ろ姿である。下着の類は付けていなかったらしく、Tシャツを脱ぐだけですぐにお風呂に行ける状態だった。ブラは付けるほど胸がないのでいつも通りだけれど、まさか下まで履いていなかったとは思はなかった。なんとも破廉恥なひきこもりである。けれど、一切色気がないのは最早神森さんのアイデンティティと言っても過言ではない。
デッサンのモデル、いや、欧州の彫刻のような裸体に声をかけると彼女はハニーブロンドの髪を振り乱し、顔だけこちらに向ける。碧い瞳が僕を見つめる。
「お風呂で考えてくるね」
そう言ってお風呂場へ走り去っていった。
シャワーを浴びながら、んーんーと唸り、考えるつもりなのだろう。
僕はリビングから台所へ行き、プリンとアイスを冷蔵庫に放り込んでから、彼女の食事を準備しながら待つことにする。
今日のメニューは何がいいだろうか。




