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爆弾事件 17

 花桃さんと別れ、そのまま東端のスーパーマーケットのフロアへ進んでいく。スーパーマーケットフロアは吹き抜けになっておらず、東端の一階から三階は全てこのスーパーマーケットのフロアになっている。専門店街もこのショッピングモールの顔だが、スーパーマーケットフロアがこの佐備ガーデンモールのインである。ただ、どうしても専門店街に目がいってしまいがちになるので、影は薄い。スーパーマーケットフロアの一階は食料品、二階は衣類、三階が雑貨となっており、その雑貨コーナーの一番奥、おもちゃ売り場の隣に小さなゲームコーナーがある。


 僕がゲームコーナーにたどり着くと、そこには涼季刑事が右手を腰に当てて立っていた。


「遅かったわね」


「すみません」


「まあ、お互い様よね。先にいなくなったのは私だし」


「不審者を見つけたのだから仕方ないですよ」


「ねえ、被害者の子、何て言ってたの?」


「どうしてですか?」


 涼季刑事は右手を今度は顎の下に持っていく。


「追いかけてるときに思い出してたんだけど、ちょっと引っかかってね」


「僕が『何があったんですか?』と声をかけると、『……いきなり後ろから頭を殴られて』と言われたので、『どんな人かわかりますか?』と訊ねると、『男の人で、赤いフードに赤いスカートで』と。その後僕が知り合いかと訊くと首を横に振りました」


「どうして男だってわかったのかしら?」


「殴られる前に何かやり取りがあったんじゃないですか?」


「それで男だとわかったのなら、騒ぐわよね? ならあんな形で見つかるかしら?」


 倒れている折坂先輩を誰かが見つけ、悲鳴をあげたことにより、騒ぎになった。もし殴られる前に何かがあったら、その前に騒ぎになっているはずであり、そうなると今このショッピングモールに紛れ込んでいる警官の誰かが対応していたはずだ。


「では殴られた後に見たんじゃないですか?」


「それよ、それが引っかかっているの」


「はい?」


「あの子、便器に顏を突っ込む形で倒れていたでしょ? あれじゃ後ろは見えないわ」


「言われてみればそうですね」


「仮に、女子トイレに入ってきたときに見たとして、赤ずきんの恰好なら普通、女の人だと思わない?」


 誰かが見つけるまで騒ぎにならなかったという点と犯人の恰好を見ているという点から、女子トイレに入ってきた時点では男だとは思わなかったとするならば、いつ男だとわかったのだろうか?


「……怪しいですね」


「ちょっと確認するわ。或江君はみもちゃんと爆弾を解除しておいて。爆弾はあっちのカプセルトイコーナーよ」


「了解です」


 ゲームコーナーの左端にバックヤードへと続く扉がある、その部分は扉への通路になっており、フロアがくぼむ形になっている。そこにガチャガチャを並べ、コーナー化してある。そのずらっと並んだガチャガチャの一番奥に、見慣れた黒いボックスがあった。黒くて四角い物体。これまで三つの同じ物体を解除してきた。その物体の表面のタブレット端末に触れると、無数の数字が表示される。僕は今までと同じように探偵ケータイで画面を撮影する。


「未守さん、画像、届きましたか?」


「かいどくちゅー」


 暗号の内容がわかるまで僕は黒い箱を見つめ、じっと待つ。この黒い箱も今日で四つ目、脅迫状には全部で五つとあったので、これが終われば、あと一つ、それが終われば無事に任務完了だ。


「ちょっとまって」


「どうしました?」


「暗号のルールが違う。日本語にならない」


 犯人も同じ手ばかり繰り返すつもりはないようだ。逆にここまでずっと同じルールの暗号だったのがおかしいくらいだけれど、これは少しまずい。


 僕は腕時計で時間を確認する。


「どれくらいかかりそうですか?」


「あとちょっと……あ、わかったっぴ」


 どうやら犯人の思惑通りにはならなかったようだ。ここでゲームオーバーということも、時間がかかるということもなかった。さすが未守さんである。


「暗号の内容は『ペニーとニッケルとダイム、合わせていくら?』で、答えは『16セント』だよ。入力して」


「了解です」


 僕はタッチパネルを操作して、答えを入力していく。入力が終わり、決定ボタンをタッチすると、

『CLEAR』という文字が表示される。


「四つ目、解除成功しました」


 僕は再び表示され――

 あれ?


「未守さん、ヒントが表示されないんですけど、代わりに英語で『次が最後』って書いてあるだけで……」


「じゃあ、ヒントなしだね」


 最後の爆弾はノーヒント。


 黒の探偵はなんでもわかる。それがどこまで認知されているのかはわからない。しかし、彼女がこれまで解決してきた数々の事件からの実績、脅迫状の内容で黒の探偵とその助手に挑戦してきているということから、犯人は黒の探偵が何でもわかることを知っているものと思われる。暗号は特殊でも、これまでのヒントの内容は簡単なものだった。それは、実質必要ないからだと思われる。そしてだんだんヒントは簡素なものになり、最終的になくなった。暗号のルールを途中で変えてきたことからもわかる通り、犯人は本気で黒の探偵に挑んでいるというわけだ。本気でふわりさんの命を狙っている。

もちろん、未守さんの力であればこんな問題は一瞬である。しかし、今その力は使えない。


 これはかなりまずい。


「ある、ごめんね」


「謝らなくていですよ」


「解除できた?」


 背後から涼季さんに声をかけられ、僕は振り返る。


「はい。ですが、次はノーヒントみたいです」


「次で最後だもんね」


「そちらはどうでしたか?」


「事情を聞いた警官にも同じようなことを言ってたみたい。今、病院に同行してる警官に詳しく訊いてもらってる」


「そうですか」


 時刻は一時すぎ、ふわりさんのイベントの真っ最中だだ。イベントはミニライブとサイン会で一時間。爆弾のタイムリミットはふわりさんのイベント終了予定時刻の午後二時。あと一時間もない。


「あなたは犯人です」


「急にどうしたんですか?」


「あなたは菜種ふわりの命を狙っています。どこに爆弾を仕掛けますか?」


「……ステージですね」


「会場はすでにチェック済み。可能性があるのはその近くって感じね」


「とりあえず、この階から探しましょう」


 専門店街フロアは一階から三階まで吹き抜けになっている。一階の会場に何もなくても、二階や三階で爆発があった場合も危険である。今、僕らは三階にいるので、上から順番に見ていく感じだ。


 涼季刑事は頷くと、手を口元に持っていく。


「四つ目解除成功。五つ目、場所不明、会場周辺の捜索お願いします」


 言い終わると、涼季刑事は僕にはくっつかず、一人で歩きだす。もうデートのカモフラージュは必要ないらしい。そんな彼女の後に続いてスーパーマーケットフロアを抜けると、そこはちょっとしたライブ会場のようになっていた。広場の上をぐるりと取り囲むように人が集まっており、この三階フロアだけでもかなりの人数がいるのに、下の二階にはその倍、一階の会場となると、さらにその倍の数の人の頭が見える。そして誰もがフロアに響き渡る可愛らしいポップな曲に耳を傾けていた。歌っているのは、もちろんふわりさん。今はセーラー服風の衣装に身を包み、歌って踊っている。さすがは地元出身のアイドルだ、集客力がすごい。


 本当なら未守さんと一緒に見るはずだったのに、残念である。けれど、今ここにいる人たちのためにも、一刻も早く爆弾を探さなければならない。


「フードコートへ行ってみましょう」


 そう言う涼季刑事と共に、吹き抜けのフロアに隣接しているフードコートへ。規模の大きなショッピングモールにふさわしい、広く、お店の数も多いそのフロアは、昼時にもかかわらず、人はそれほど多くはなかった。やはり、ほとんどのお客さんがふわりさんの歌を聞くために東広場やその周辺に集まっているらしい。


「ねえ、或江君、あそこ見て」


 涼季刑事に肩を叩かれ、辺りを見渡すと、フードコートの奥の座席にひと際目立つ格好をした人が座っていた。


 赤いフードに赤いスカート、フリルの付いた白いエプロン。

 赤ずきんである。


 ハロウィンイベントの最中とはいえ、仮装をした小学生やちょっとしたフェイスペイントをした人たち、たまにコスプレをした人を見かける程度なので、ここまでがっつり赤ずきんだと、違和感はないとはいえやはり目立つ。それにどんな状況であってもフードを深くかぶって出歩く人は少ないので、自然と目がいく。そして、遠巻きに見る限り、赤いフードからは黒くて長い髪が伸びており、女性に見える。体格も中性的で男性とも女性とも判断がつかない。涼季刑事が疑問に思うのも頷ける。もし仮にこの赤ずきんが折坂先輩をトイレで襲った犯人なら、一瞬で男性だとは言い切れない。


「フードコートで赤ずきんの人物を発見」


 涼季刑事が無線で報告する。ひとまず近づいてみないことには不審者かどうか判断できないし、今は爆弾を探すのが最優先である。


 前に進もうとすると、「待って」と肩を掴まれた。振り返ると涼季刑事はもう一方の手を耳に当てている。


「あの子は共犯だった」


「どういうことですか?」


「あいつ、予告状のホシよ」


「え?」


 僕が訊き返えそうとした瞬間、赤ずきんは立ち上がり、走り出した。詳しいことはわからないが、どうやら赤ずきんを捕まえた方がいいらしい。


 僕は走ってくる赤ずきんの前に立ちはだかる。風で赤ずきんのフードが取れ、顔が露わになった。体格と同じく、これまた中性的な顔立ちである。そして、耳にはイヤホンをつけており、それは手元のラジオらしき物体に繋がっている。


 赤ずきんは僕に軽くフェイントをかけ、フードコートの外へ出て行った。すかさず涼季刑事が追いかけるものの、フロアはふわりさんの歌を聞く人たちでごった返しており、赤ずきんは人混みに紛れ、消えてしまった。


 それでも涼季刑事は進み続け、僕はそんな彼女を見失わない様について行く。しばらくして人混みを抜け、涼季刑事はようやく立ち止まった。


「逃げられたわね」


「さっきの、どういうことですか?」


「女子高生が吐いたのよ。暗号を考えて脅迫状を送ったのは自分で、爆弾を仕掛けたのは赤ずきんの男だって。でも、本物の爆弾だと思ってなかったみたいで、男を止めようとして襲われたそうよ」


 そう言っている間も涼季刑事は目で赤ずきんを探している。


「元から知り合いだったから、男だって言っていたわけですね」


「そういうこと」


「どうして僕らに気付いたんでしょうか?」


「きっと無線を傍受してるのよ」


 イヤホンと手に持ったラジオらしきもの、あれで警察の無線を聞いていたのか。通りで今まで見つからなかったわけだ。


「ということは女子高生が吐いたことも知っているんですね」


「おそらくね。それで私達から逃げたんでしょう……見つけた!」


 涼季刑事が指した先を見ると、一階の通路を歩く赤ずきんの男が見えた。どうやら、西広場に向かっているようだ。


「挟み撃ちにしましょう」


「了解です」


 涼季刑事は走って通路中ほどのエスカレーターで下へ。僕はそのまま三階フロアアを走る。人を避けつつ、西端にたどり着くとエスカレーターで二階へ。下を見ると、西広場では涼季刑事が赤ずきんの男に追いついていた。


「待ちなさい!」


 涼季刑事が男の肩に触れようとした瞬間、男は大きな動作で振り返る。


 涼季刑事の頬を光るものが切り裂いた。


 男はナイフを持ったまま振り返ったらしく、涼季刑事の頬から血が垂れる。思いもよらない攻撃に彼女はよろけてその場にしゃがみ込む。男はナイフで涼季刑事を刺そうと,手を振り上げる。


 涼季刑事はナイフをかわす余裕がない。このままだと刺されてしまう。と思った刹那、男と涼季刑事の間に見覚えのあるジャケット姿の人物が割り込んだ。そしてそのまま涼季刑事の代わりに背中を刺される。


 磯崎刑事である。

 赤ずきんの男はとっさの出来事に、突き刺さったナイフから手を離し、後ずさりする。


 今だ。


 僕は少し走って勢いをつけ、柵から下の階に飛び降りる。一瞬ふわっとした感覚が全身を駆け巡った後、一気に重力が僕の体を下に落とす。僕はそのまま全体重を拳に乗せ、男の頭を叩いた。男の体は数メートル吹っ飛び、フロアに転がった。僕は着地してすぐに男の体を追いかけ、羽交い絞めにする。

ウィッグがとれ、ウィッグネット姿になった男に僕は質問する。


「爆弾はどこだ?」


「……たこ、やき」


 たこ焼き屋、というと三階のフードコートだ。やはり東広場の周辺だった。


「涼季刑事!」


 僕が叫ぶと、磯崎刑事の陰から涼季がよろよろと立ち上がり、僕のところまでやってきて、赤ずきんの男に手錠をかける。


「十三時四十二分、公務執行妨害の容疑で現行犯逮捕」


 涼季刑事は腕時計で時刻を確認しながら言うと、今度は無線で「西広場でホシを確保、付近にいた警官一名が負傷、救急車と応援お願いします」と早口で現状を報告。すると、後ろから磯崎刑事が背中を抑えながら歩いてきた。


「ここは僕に任せて君達は――」


「磯崎刑事、大丈夫ですか?」


「ちょっと痛いけどね」


「ちょっとどころじゃないでしょう。じっとしていてください」


「僕のことはいいから、君たちは――」


「なんでアンタがここにいるのよ」


 涼季刑事が磯崎刑事の言葉を遮った。


「管轄じゃないでしょ? 仕事はどうしたのよ」


「いいからさっさと行け」


「あたしを守ったってもう幸恵は喜ばないのに」


「雪村の為じゃない」


 磯崎刑事は涼季刑事の目を真っ直ぐ見つめる。


「僕が好きなのは、今も昔も涼季だけだから」


「へ?」


 一瞬だけ固まった後、涼季刑事は表情を一変させる。


「それ今言うこと!? 信じられない。或江君、行くわよ。すぐに応援が来るからそいつは大丈夫」


 そう言って涼季刑事は歩き出す。すれ違いざまに私服警官らしき男性が走ってきた。後はこの人に任せれば大丈夫だろう。


「一番大事なものはやっぱり自分で守りたいよな」


 かすれた声で呟く磯崎刑事に「怒らせちゃいましたけどね」と言って、僕は涼季刑事を追いかけるために歩き出す。少し歩いた後、僕は振り返って赤ずきんの男を見る。


 赤いスカートに白いフリルのエプロン、そしてウィッグがとれて丸くなった頭。そのアンバランスな格好を見て、僕は七年前のことを思い出した。コスプレをしている人がたくさんいた文化祭の時には思わなかったこと。ベリーショートと制服のスカートという組み合わせだった神森家当主の希さんを見ても思わなかったこと。


 七年前のあの事件で倉庫に監禁されていた一か月の間、殺し合い以外にも僕らはいろんなことをさせられていた。全裸で生活させられた子、嫌いな虫を食べさせられ続けた子、そして、女装させられたリ丸坊主にさせられた子。なぜ犯人達が僕らそんなことをさせていたのかはわからないけれど、無力だった僕らは従うしかなかった。ふわふわの長い髪がチャームポイントの僕の幼馴染み、あーちゃんも、突然どこかに連れていかれ、髪を切られて帰ってきたことがある。


 ウィッグが取れた赤ずきんの男を見て、僕はそんなことを思い出した。


 しかし、今はそんなことより最後の爆弾だ。なんとしてもタイムリミットまでに解除しなければ。僕は涼季刑事を追いかける足を速めた。


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