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爆弾事件 13

 靴を買ったときの箱くらいの大きさの黒くて四角い物体。その物体の表面にはタブレット端末がくっつけてあり、今は画面いっぱいに数字が表示されている。その画面を探偵ケータイのカメラで撮影する。


「未守さん、画像、届きましたか?」


「かいどくちゅー」


 未守さんが作った世界に二台しかない探偵ケータイ。そのデータは全て共有されるようになっている。もちろん、今撮った写真データもすぐに未守さんが持つピンク色のケータイに転送される。そしてそのケータイは今、未守さんが入っているマシンに接続されている。つまり、僕が暗号の写真を撮ればすぐさまマシンで解読することができるというわけである。


 佐備ガーデンモール四階、映画館の隣にあるペットショップ、その奥のバックヤードに僕らはいる。一つ目の爆弾はペットショップのバックヤードの机の下にあった。


 佐備警察署から涼季刑事の運転でショッピングモールにやってきて、僕らが真っ先に来たのがこの場所である。一つ目の爆弾は『うさぎのすみか』にあると聞いたときから、おそらくここだろうということはわかっていた。まさかバックヤードの机の下だとは思っていなかったけれど。


「へー、常に通話状態で、さらにデータも共有してるんだ」


 未守さんの解読を待つ僕の横で涼季刑事が、うんうんと頷く。


 涼季刑事はスーツ姿ではない。さすがにスーツでショッピングモールをうろうろするわけにはいかないので私服に着替えてきてくれたのだ。所謂、私服警官というわけである。その私服というのが、体のラインがはっきりとわかるニットのワンピースで色はグレー。首元はタートルネックでスカートの丈は短い。よって、太ももが出ており、その太ももは黒のタイツに包まれており、靴はブーツ。というもので、やはり全体的に色気がある。朝のスーツ姿も今の私服も、刑事というよりは都会のOLみたいである。しかし、私服警官というのものは警官であることがわかってしまってはいけないので、これはこれでアリなのだろう。と、考えていると、耳元で未守さんが「わかったっぴよ」と呟く。


「暗号の内容は『スペインのことわざで思いもしなかった所からウサギが跳びだすと同じ意味の日本のことわざは?』で、答えは『灯台下暗し』だよ。入力して」


「了解です」


 僕はタッチパネルを操作して、答えを入力していく。入力が終わり、決定ボタンをタッチすると、『CLEAR』と大きく表示された。


「一つ目、解除成功しました」


 僕がそう言い切る前に、再び数字の羅列が画面を埋め尽くす。


「二つ目の爆弾の場所のヒント出ました。解読お願いします」


 すかさずケータイで撮影し、解読してもらう。


「これなら私の出番はなさそうね」


 横で見ている涼季刑事が呟く。


「そんなことはないですよ。一つ目は簡単に見つけられましたが、二つ目以降はわかりません」


「それもそうね。っていうか、『うさぎのすみか』でペットショップってそのままよね」


「それだけじゃないですよ。ここのお店の名前、ムーンサークルっていうんです」


「月にはウサギが住んでるってわけね」


 それでもやはり簡単だ。先ほどの解除の問題にしたって、それほど難しくない。おそらく、メインは暗号の方で、その内容は二の次なのだろう。この暗号、未守さんとマシンに任せっきりになっているので詳しくはわからないのだけれど、かなり複雑な計算が必要で、なおかつ独自のルールなどが盛り込んであるらしい。まさに、なんでもわかってしまう探偵への挑戦というわけである。


「次のヒント解読できたよ。『青い心を着飾る場所』だってさー」


「了解しました。涼季さん、行きましょう」


 そう言って涼季刑事を見ると、彼女は右手首を口元に持っていく。そこに無線のマイクを仕込んでいるのだろう。


「一つ目の解除に成功。これから二つ目へ向かいます。回収、お願いします」


 そう言った涼季刑事は、やっぱり私服警官ではなく、OLに見える。そして、バックヤードを出ると待っていた店員さんに軽く会釈をする。


「この後来る警官の指示に従ってください」


 頷く店員さんと別れ、僕らはペットショップ、ムーンサークルの外に出た。


 外に出て真っ先に目に入るのは映画館だ。所謂シネコンと呼ばれるタイプの映画館で、他のショッピングモールにもよく入っているやつだ。僕らがいる四階のメインはこの映画館で、それ以外は屋上になっており駐車場が広がっている。


 僕らは映画館には立ち寄らず、そのままエスカレーターで下に降りる。すると目の前に一階から三階までの景色が目に入ってくる。このショッピングモールは三階までが吹き抜けになっており、縦長の通路の両サイドにお店が並ぶ形になっている。映画館がある四階部分は西の端なので、進行方向の奥にずらっと並ぶお店が見えるわけである。


 佐備ガーデンモール。河部市の南、会瀬川の西側にあるこのショッピングモールは東西に延びる形をしており、スーパーマーケットはもちろん、専門店が百五十以上、映画館だけでなく病院なんかも入っている、かなり大きめのショッピングモールで、とりあえずここに来ておけば間違いない、というレベルである。買い物の家族連れだけでなく、デートで利用する人も多いだろう。さらにこのショッピングモールはアクセスもしやすい。佐備駅に直結おり、駐車場も建物の地下と屋上、併設された立体駐車場があり、二千八百台近くを停めることができ、大変便利である。そんなショッピングモールがハロウィンイベントを行うとなると、相当な数のお客さんが来るのは明白で、今も午前中にもかかわらず、かなりの人が見える。


 エスカレーターを降りた先で立ち止まった涼季刑事は振り返り、僕を見つめる。


「次のヒントは何?」


「『青い心を着飾る場所』です」


「心当たりはあるの?」


「見当はついています。ただ、正確な位置はわかりません」


「じゃあ、とりあえず行きましょうか」


 そう言って涼季刑事は僕の腕に自分の腕を絡めてくる。


「どうして僕の腕にくっつくんですか?」


「デートだからよ。これだけ人がいるんだから、カモフラージュしなきゃいけないでしょ? そうだ、仕事帰りのデートということにしましょう」


「日曜の午前中ですけどね」


「じゃあ、映画デートね」


「映画見ませんけどね」


「なら、買い物デート」


「買い物もしませんけどね」


「でも、こういうショッピングモールでデートっていうのも良いわよね」


「デートじゃないですけどね」


「デートってことにしましょうよ。私あんまりこういうとこでデートしたことないから、ちょっと憧れてたのよ」


「それは意外ですね」


「そう? 昔付き合ってた人がね、人に見られるの嫌がってね」


「秘密の恋人だったんですか?」


「そのつもりだったみたい。或江君も思ったでしょう? プライド高そうって」


「はい?」


「実際、かなりプライド高いのよね」


「ちょっと待ってください、僕も知っている人ですか?」


「さっき会ったでしょう? 私の上司」


「真倉さんと付き合っていたんですか?」


「昔の話だけどね。なんか年下の同業者と付き合ってるってライバル達に知られたくなかったみたい。プライド高いわよね」


 警察官で上司と部下。その組み合わせはどこかで聞いたことがある。といっても現在は元部下と元上司で、さらに元上司の方は既婚者だけれども。そのクマとチワワの二人が隠していたのならおかしくはないというか、実際隠していたのだろうけれど、真倉刑事と涼季刑事はどちらかが既婚者というわけではなく、単にプライドの問題だったということらしい。もしかすると別れた理由もその辺りあるのかもしれない。


「真倉さんといえば、あの人、普段からあんな言葉遣いなんですか?」


「あー、デブとかガキってやつ?」


「はい、それです」


「あれは気を許した相手にしか見せない顔ってやつよ。ああいう呼び名も、気を許した人間にしかつけないの」


「気を許した相手にだけ、ですか……ちょっと待ってください。僕は初対面でしたよ?」


「会う前から気を許してたってことじゃない? 或江君は何かと有名だし」


「有名ではないですけど、五月の件や七月の件で僕のことは知っていたみたいですね。まあ、僕は本当にガキなのでガキと呼ばれるのはいいんですけど、未守さんにブスはおかしいです」


「みもちゃんの呼び方については私も前から怒ってる。女の子にブスはダメよね」


「ちなみに涼季さんは何て呼ばれているんですか?」


「ビッチ」


「酷いですね」


「あんまりよね。仮にも元カノなのに。でも、あの人なりのあれが愛情表現だから、許してあげて」


「僕は人のことをどうこう言える立場じゃないですけど、真倉さんは歪んでますね。ところで、いつまでくっついてるつもりですか?」


「ずっとだけど?」


 耳元のイヤホンマイクから、すーっと息を吸う音が聞こえる。


「うわきだ!」


「未守さん、落ち着いてください。これは浮気ではありません」


「みもちゃん約束したじゃない、今日は或江君を好きにしていいって」


「そんな約束はしてないよ! 相棒を貸すって言ったの!」


「未守さん、スピーカーに切り替えますか?」


「或江君、このままでいいよ。ついでに腕もこのままね」


「ある、すずっぺは狙った獲物は必ず手に入れるから気を付けて」


「わかりました」


「みもちゃんはなんて言ってる?」


「涼季さんは獲物を必ず手に入れるから気をつけろ、と」


「ふふふ。せいぜい気を付けることね」


 僕の横で楽しそうに微笑む涼季刑事。


 この人、ここに来る途中の車の中でもノリノリだった。未守さんと涼季刑事は未守さんが黒の探偵として大活躍していた頃の知り合いで、涼季刑事は僕と未守さんの慣れ止めをしつこく聞き出そうとしてきた。その時、未守さんは、スピーカーに切り替えるよう僕に指示を出し、出会いの話をノリノリで披露していた。仲が良いのは良い事だけれど、まるで緊張感がない。これから爆弾を処理しに行くって雰囲気は一切なかったし、処理をして次の爆弾を探している今も、この調子である。もしかしたら涼季刑事は本当にただのOLさんなのかもしれない。


 そんな感じで楽しくやり取りをしていると、目的地周辺に到着する。


「たしかこの辺りだと思うんですけど……」


 言いながら辺りを見回してみると、お客さんで賑わう通路の奥、僕らがいる通路とは反対側の向こうの通路に青いハートマークの看板が見えた。僕らが探していたアクセサリーショップだ。


「涼季さん、向こうの通路の先に――」


「きゃああああ!」


 突如、ショッピングモール内に悲鳴が響いた。ざわめくフロア内、涼季刑事を見ると、さっきまでの笑みはなくなっており、険しい表情になっている。と、思った瞬間、彼女は悲鳴がした方へ走り出した。


「涼季さん!」


 慌てて彼女を追いかけると、涼季刑事はトイレ付近の人だかりをかきわけて、女子トイレへと入っていく。どうやら悲鳴は女子トイレから発せられたらしい。緊急事態なので、僕も人だかりを抜けて子トイレへ。誰もいないトイレ内を涼季刑事が確認していく。悲鳴をあげた人はもうすでにトイレ内にはいないらしい。


 一番奥の個室を覗いた涼季刑事は素早く手首を口元にもっていく。


「倒れている女子高生を発見。三階中央の女子トイレです」


 涼季刑事の後ろから個室内を覗くと、首を便器に突っ込んで倒れている黒髪ロングの女性がいた。上着はスタジャンを着ており、足元にキャップが転がっているが、下半身は紺色で裾の所に二本の白いラインが入っているプリーツスカート。このスカートは皐月山学園高等部の制服だ。


「大丈夫ですか!?」


 涼季刑事は女子高生の頭を便器から持ち上げ、声をかける。


「……けほっ。……すみません」


 どうやら意識はあったらしい。女子高生を抱えて個室の外に出てきた涼季刑事は壁にもたれかけさせるように女子高生を座らせ、立って自分の耳に手を当て、無線で話し始めた。

 その場にしゃがんで女子高生に話しかけようと顔を見る。


 見覚えのある顔だった。


「……折坂先輩?」


 僕が問いかけると、女子高生はゆっくりと目を開き、僕を見る。意識がまだもうろうとしているらしい。


「あなた誰?」


 そういえばそうだった。

 これは意識がはっきりしていないからだとか、記憶喪失だからではない。この人は僕のことを知らないのだ。知っている顔だったので思わず声に出して訊いてしまったが、一方的に僕が彼女のことを知っていただけで、僕らには面識と呼べるほどのものはない。つまり、知り合いとは呼べない。


「いえ、なんでもないです、そんなことより何があったんですか?」


 僕が問いかけると、折坂先輩は記憶をたどるっているのか、何度か目を閉じ、ゆっくり口を開く。


「……いきなり後ろから頭を殴られて」


「どんな人かわかりますか?」


「男の人で、赤いフードに赤いスカートで……」


「赤ずきんのコスプレですか?」


 女子高生は首を縦に振る。


「知り合いですか?」


 今度は首を横に振る。

 立っている涼季刑事を見上げると、まだ手を耳に当てていた。しばらくして彼女は無線で「わかりました」と言って、僕を見る。


「応援が来るから、私達は任務を続行よ」


「了解です」


 涼季刑事もその場にしゃがみ、女子高生に声をかける。


「すぐに別の警官が来ますので、その人に詳しく事情を説明してください」


「警察の人?」


「はい、そうです」


 そう答えた涼季刑事に女子高生は目を見開き、興奮気味に涼季刑事の腕を掴む。


「アイツを早く捕まえて!」


「落ち着てください」


 僕がそう言うと、女子高生は黙った。そんな彼女を涼季刑事は無言で軽く抱きしめる。すると、足音が聞こえ、振り返ると一人の女性がトイレに入ってきた。


「涼季さん、後はこちらで対応します」


「お願いします」


 女性の私服警官さんに女子高生を託し、僕らはトイレからショッピングフロアに戻ってくる。


「赤ずきんのコスプレをした男性に襲われたって言っていました」


「ハロウィンで仮装している人がちらほらいるとはいえ、さすがにそんな見た目ならすぐに捕まりそうね」


「それもそううですね」


「私達は私たちのやるべきことをやりましょう。さ、行くわよ」


 涼季刑事が僕の右手を掴む。


「どうして僕の手を握るんですか?」


「だから、デートのカモフラージュよ」


 そう言って涼季刑事はにやりと微笑む。さっきまでの険しい顔はもうどこにも残っておらず、元の涼季刑事に戻っていた。


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