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爆弾事件 10

 ということで、僕らは国道沿いのファミレスに晩ご飯を食べに行くことになった。帰りに銭湯へ寄るらしいので、着替えやらをリュックに入れて僕がまとめて持つことになり、二人は楽し気に僕の前を歩いている。


 会瀬川沿いの道を抜けて、国道に出た辺りで僕は前を歩く二人に声をかける。


「ちょっと先に行っててもらっていいですか?」


「りょぷかいでーす。ふわりちゃん、行こ」


 ふわりさんを引っ張っていく未守さんを見届けてから、僕は来た道を少し引き返し、路地に入る。そこにはジャケット姿の男性が立っていた。


 磯崎いそざき義則よしのり

 河部署の刑事さんで、歳は二十代後半。もみあげが少し長めの短髪で、強面ぞろいの河部署の刑事さんにしては爽やかな顔立ちをしているけれど、性格はそこまで爽やかではない。なぜなら、この人は朝見刑事の相棒で、本来なら二人で行動しなければならないのに、朝見刑事が単独行動ばかりするので、普段から彼を尾行しているという、文字通り、陰に隠れた存在だからである。僕は一年ほど前に尾行に気付いて話したことがあるけれど、未守さんがこの人に会って話しているところを見たことがない。今までも、朝見刑事の後ろには必ず磯崎刑事がいたはずだし、朝見刑事の指示で動いていたこともあるだろう。しかし、僕の目の前に現れたのはこれが二度目、この人は本当に陰に隠れているのだ。


 磯崎刑事は僕の顔を見るなり、少し微笑んで、右手で頭の後ろをかき、少しかすれた声で話し出す。


「一応、護衛をつけることになったよ」


「そうですか。でもどうしてまた尾行なんですか?」


「僕はその護衛じゃないからね」


「はい?」


「殺害予告と爆破予告は県警の案件、ショッピングモールがあるのは佐備市、河部署の管轄外だ。それに護衛がつくのは当日だけ、犯人の手紙の内容から、前日に何かしてくることはないだろう、というのが県警の判断でね」


「ではどうして磯崎刑事はふわりさんを尾行しているんですか?」


「ブーさんが姿を消しているのは知っているよね?」


 ブーさんというのは朝見刑事のあだ名である。どうしてそんなあだ名で年上の相棒を呼ぶのかはわからない。刑事さん特有のものかもしれないし、磯崎さんの個人的な趣味かもしれない。由来はおそらく朝見刑事の見た目なのだろうけれど。


「はい、瓜丘さんを捜索すると言って別れてから連絡が取れなくなっているので」


「今回はかなり徹底的に姿を消していてね。僕でも探し出せないくらいだ」


「それは厄介です」


「で、そんなブーさんから昨日、突然メールが届いたんだよ。内容は一文だけ。何だったかわかる?」


「菜種ふわりを守れ、とかですか?」


「大体そんな感じかな」


「管轄外なのに?」


「あの人は管轄なんて気にしない。自分が追っている事件に関係することだったら、結構なんでも僕に言ってくるから」


「朝見刑事が今追っているのは瓜丘さんですよね?」


「そのはずだよ。そして、僕に菜種ふわりを守るように指示してきた」


「つまり、今回の件には脱走した瓜丘さんが絡んでいると?」


「その可能性は否定できない」


「幼馴染みですもんね」


「というわけで、僕はこうして陰から見守っているんだ」


「尾行じゃなくてもいい気がしますけど」


「僕はこっちの方がやりやすいんだよ。いつもやってることだから。それと、何度も言うけど今回は管轄外、バレると面倒なことになる」


「警察も大変なんですね。では、引き続き陰から見守っていてください」


「言われなくてもそうするよ」


 磯崎刑事との会話を終えた僕は、未守さんとふわりさんが待つファミレスへと向かう。


 尾行されていることに気付いた時は警戒したし、だからこそ路地に入ったのだけれど、相手が磯崎刑事でよかった。ふわりさんを狙うどころか、守ってくれるのは心強い。ただ、瓜丘さんが絡んでいるらしい、というのは厄介である。脱走したと聞いた時から何かあるかもしれないと思っていたけれど、爆破予告とはまた派手な話だ。河川敷を火の海にしようとした人間なので、ショッピングモールを爆破しようとしてもおかしくないし、予告状の宛名が黒の探偵とその助手とだったのも頷ける。まだ犯人が瓜丘さんだと決まったわけではないし、他の人間かもしれないけれど、可能性はかなり高いだろう。


 なんてことを考えながら国道沿いの緑のファミレスに入ると、ちょうど未守さんとふわりさんが入り口付近のドリンクバーで飲み物を入れているところだった。


「みも、オレンジジュースにメロンソーダはダメだよ」


「えー、でもしゅわしゅわ欲しい」


「それならメロンソーダだけにしなよ」


「でもオレンジじゃないとやだ」


「わがまま言わないの」


「ふわりちゃんだってアイスティーにコーラ入れてるくせに」


「これはコーラの炭酸がきついから薄めてるだけ」


「それならアイスティーだけでいいでござる」


「でも炭酸飲みたいし」


「一緒じゃん!」


「確かにそうだね!」


 そう言って笑い合う二人は、どこにでもいるような女子大生みたいである。言っている内容は小学生っぽいけれど……。それでも、この二人が黒の探偵と人気アイドルだとは誰も思わないだろう。未守さんは黒くないし、ふわりさんはお団子で、お互い変装しているというのももちろんあるけれど、有名な探偵と有名なアイドルがファミレスで騒いでいるとは誰も思わない。ましてや、ドリンクバーで遊んでいるとは想像もしないだろう。


 そんな二人に声をかけ、僕らは窓際の席で食事をした。未守さんはポテトフライとピザを何度も頼み、それをもりもり食べ、ふわりさんはサラダを小動物のようにもしゃもしゃしていた。そんな偏った食事をする二人を見ながら、僕はドリアを食べて、コーヒーを飲んだ。食事中、未守さんとふわりさんが話す思い出話もなかなか面白かった。瓜丘さんの話題になったとき、ショッピングモールの爆弾の件が頭をよぎったけれど、楽しそうに話す二人に水を差すことはできないので、僕は黙って聞いていた。


 食事を終え、今度はカサエ街商店街へ。この商店街の路地には歴史の古い銭湯が一軒ある。昔から河部市に住む人々の憩いの場らしく、銭湯が流行らなくなった今も、大掛かりな改装などはせずに、昔のスタイルのまま営業しているのだ。未守さんはお風呂が好きなので、外に出られるようになってから何回か一緒に来たことがあったりする。


「おんせんだよ!」


「温泉じゃなくて銭湯でしょ」


 親子みたいなやり取りをする汝性二人に荷物を渡し、入り口で別れて、僕は一人で男湯へ入った。番頭さんにお金を渡し、古びた雰囲気の脱衣所で服を脱いでいると、隣に一人の男性がやってきた。


「磯崎刑事、どうしてあなたまでお風呂に入ってくるんですか?」


「外で待っているだけというのも、味気なからね。それに、君に訊きたいことがあったことを思い出した」


「それは裸で語り合うような内容ですか?」


「プライベートなものだから、そういう意味では合っているかもしれない」


 言いながら服を脱いでいく磯崎刑事。服の上からではわかりずらっかった警察官らしい鍛えられた体が露わになる。僕もひとまず服を脱ぎ、お風呂に入ることにする。


 昔ながらの銭湯には富士山の絵が描かれているのがスタンダードなのだとしたら、この銭湯はマイナーということになるのだろうか。ここの壁には何も描かれてはいない。白いタイルがそのまま敷き詰められているだけだ。あと、少し薄暗いかもしれない。全体的に古びているので、そこに暗さが合わさり、銭湯というよりは地下施設みたいではある。しかし、さすがは市民の憩いの場、お客さんはそれなりにいる。今日もちびっこが走り回っているし。


 磯崎刑事は先に体を洗うらしく、洗い場の一番奥に行ってしまった。僕に何を訊きたいのか気になるけれど、とりあえず僕も汗を流してから彼の話を聞くことにしよう。


 洗い場の空いているスペースを見つけ、僕はそこに腰を下ろし、頭から順番に洗っていった。全て洗い終えたところで、湯船につかろうと立ち上がって振り返ると、磯崎刑事が湯船の中から僕に手を振ってきた。どうやら湯につかりながら話をするらしい。


「訊きたいことって何ですか?」


 磯崎刑事の近くに座りながら、僕は声をかけた。磯崎刑事はゆっくりと僕を見つめてから、視線を前に戻し、口を開く。


「黒の探偵を愛している?」


「愛しています」


「本当に?」


「なぜそんなことを訊くんですか?」


「わからないからだよ」


「わからない?」


「僕はブーさんみたいに、素直にかっこいいとか思えないんだ」


「なんでもわかってしまう力、ですか?」


「ああ、それと意味不明な言動も。僕は直接会ったことがないからこんな風に言うのはよくないけど、黒の探偵を異性としては見れないと思う」


「そういう意見もあると思います。あんな人ですから、誤解されることも、怖がられることも、気持ち悪いと言う人もいるのは理解しています」


「なら、どこがいいの?」


「全てですよ。あ、胸以外のですけど」


「胸の話は置いておくとして、全てというのは言い過ぎじゃない?」


「初めは、放っておけないな、と思ったんです。僕は分からず屋で、理由がない限り他人と関わることはしないずなのに、あの人のことだけは、放っておけなかった」


「七月の件、か」


「あの日も磯崎さんはどこかにいたんですよね?」


「僕はブーさんの指示で警備に回されていたよ。会場付近で瓜丘に感化された不良を取り締まっていたから、あの時間の皐月山には行っていない。もちろん、君が撃たれた後はいろいろ面倒だったけど」


「その節はご迷惑をおかけしました」


「それも仕事だから。で、話の続きだけど、そこからどうして全てになるのかな?」


「なんでもわかってしまう力、ですよ。あの人はなんでも知っていた。僕の過去のことも、自分自身のことも全部、随分前から知っていた。それでも、あの人は僕をほっとけなかった。全てを知っていて、それなのに僕を選んでくれた。それに気付いた時、僕はあの人の全てを愛そうと決めました」


 でも、その事実だけでいい。能力で全てを知っていた、それでも僕を選んだ。その事実が重要なのだ。たとえもうその力が使えなくなってしまってもその事実は変わらない。未守さんの本質は変わらない。だから、今現在、力があろうとなかろうと、関係ない。僕は力を愛しているわけではないのだから。


「やっぱり僕とは違うみたいだ」


 相変わらずのかすれ声でそう言って磯崎刑事はタオルを持ってゆっくりと立ち上がった。どうやら別の浴槽に行くらしい。僕もそれに続き、少し歩くと、彼は寝そべって入るタイプのジャグジーのような、一人ずつ寝そべるタイプのお風呂に入ったので、僕もその隣のブースで寝転がる。


「磯崎刑事はどんな人が好きなんですか?」


「ケーキが好きな人」


「ケーキ?」


「ケーキが好きな元同僚だよ」


「具体的な誰かのことだったんですね」


「ああ、その人は仕事も恋も、いつも全力で、だからこそ辛い思いもたくさんして、泣いている姿を見ることも多い。だけど、僕にできることは少なくて、ケーキを奢ることくらいしかできない。でも、ケーキを食べる彼女の笑顔が僕は好きなんだ」


 そう語る彼の表情は、ここから見ることはできない。


「僕は彼女の笑顔が見たい、それだけなんだ。彼女と付き合えなくても、結婚できなくてもいい。ずっとそばにいたいわけでもない。だから、全てを愛しているわけでも、全てを受け入れてほしいわけでもない。ただ――」


 そこで一旦区切り、磯崎刑事は少し黙る。僕は天井を見つめたまま、彼の言葉を待つ。


「ただ、彼女のことを想うと胸が締め付けられる」


「心臓が悪いんですか?」


「いや、これが恋ってやつだよ。君のは恋?」


「わかりません」


 そう言って天井を再び見つめ、僕は口を開ける。


「だけど、笑顔が見たいのは同じですよ」


 磯崎刑事は「ははは」と笑い、体を起こす。


「君の気持ちはよくわかったよ。これでプライベートな話は終わりにしよう。ありがとう、参考になった」


 磯崎刑事はタオルを持って再び大きな浴槽へ入る。僕もその隣に腰を下ろす。


「本当に参考になったんですか?」


「ああ。君はもっと感情に自信を持つべきで、僕はもっと相手に求めるべきなんだろう」


「感情に自信……。僕には難しい話ですね」


「それでいいと思うよ。恋にも愛にも正解なんてないからね」


「なら、どうしてこんな話を?」


「自分が守るべきもののことを、もう少し知ってみたかったから、かな」


「あなたが守るべきなのは、その片想いの相手の笑顔と、今はふわりさんなのでは?」


「ブーさんは菜種ふわりだけを守れ、とは言っていないんだ。護衛対象に君達も含まれている」


「瓜丘さんが絡んでいるなら、おのずとそうなりますよね」


 瓜丘さんは、今まで未守さんを狙ってきた。目的が達成されたとはいえ、また狙って来てもおかしくない。そして、今回の予告状は幼馴染みのふわりさんを殺害するというもので、黒の探偵への挑戦状でもある。つまり、危険が及んでいるのはふわりさんだけではない。予告状の内容が明らかになる前に磯崎刑事に指示を出しているので、どこまで想定していたかはわからないけれど、朝見刑事が未守さんと僕を護衛対象に含めるのは当然の判断と言える。まあ、まだ瓜丘さんが犯人と決まったわけではないのだけれど。


「それで、僕のことは知れましたか?」


「ああ、楽しかったよ」


 かすれ声で磯崎刑事は頷き、立ち上がる。


「じゃあ、僕は仕事に戻るよ」


 そう言って彼はシャワーで軽く体を流して、浴場から出て行った。残された僕はもうしばらく湯船につかることにした。おそらく未守さんとふわりさんはまだ出てこない。女性は長風呂が基本だし、何よりあの二人は幼馴染みだ。きっとはしゃいだり、いちゃついたりしているに違いない。


 それにしても、ケーキが好きな元同僚、か。磯崎刑事は恋の相手を確かにそう表現した。恋にも仕事にも全力だとも言っていた。僕が知っている限り、そんな人物は一人しかいない。そしてその人物は元同僚ではなく、元上司を……。なんだかややこしい話な気がするな。


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