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爆弾事件 09

 アオヰコーポ二〇二号室。事務所兼住居の二○三号室の隣にあるこの部屋はパソコンルームである。


 パソコンルームといっても学校のパソコンルームとはまるで違う。この部屋にモニターはない。大量のパソコン本体と、床中に張り巡らされたケーブル、そして真ん中に人が入れる大きな箱。この箱の中にヘッドギアタイプのディスプレイと操作をするためのグローブがある。以前、未守さんがこの部屋を紹介してくれた時、「ワシとパソコンがドッキングできるんだよ」と言っていた、能力を使いこなす彼女には設備過多な代物。その代物が大活躍するときが来たのである。能力喪失の事実が判明した直後、「暗号、解読する」と意気込んだ未守さんは、走ってこの部屋にやってきた。そしてすぐさまパソコンとドッキングしたのである。


「どうですか? 解読できそうですか?」


 僕は箱の外から声をかけてみる。ふわりさんは僕の隣でパソコンルームの中をキョロキョロと見渡している。


「この数字が新聞のだから、スキャンしてもすぐに数字として認識してくれないのがダメ」


「じゃあ、手で入力しますか?」


「もう読み込んだから大丈夫。あとはこれを計算して文字に変えて……」


 どうやら、解読は上手くいきそうである。力がなくても、未守さんには力ある間に生み出したものがたくさんある。このマシンもその一つ。これがあれば力が使えなくても探偵の仕事はやっていけるだろう。


「できたっぴよ!」


「早いですね」


「このマシンの処理能力には自信があるから」


「さすがです。それで、なんて書いてあったんですか?」


「とりあえずアルファベットになったよ。ローマ字かな?」


「読み上げてみてください」


「今変換するから待ってー」


「いくらでも待ちますよ」


 そう言ってふわりさんを見ると、床に座り込んでいた。


「どうかしたんですか?」


「んーん、なんでもないよ」


「変換完了! 読み上げるね。


黒の探偵とその助手へ。

佐備ガーデンモールに爆弾を五つ仕掛けさせてもらった。

午後二時に全て爆発する。止めたければ爆弾を順番通り解除しろ。

ヒントに従ってコードを入力すれば、爆弾を解除することができる。

一つ解除すれば次の爆弾の場所を示ヒントが表示される。

一つ目の場所はうさぎのすみか。


だって!」


「まずいですね」


「やばいね」


 僕が思ったことを口にすると、未守さんも箱の中から同意してくれた。何がまずいって、まず宛名、これはふわりさん宛に届いた脅迫状のはずなのに、暗号文章での宛名は『黒の探偵とその助手』になっている。つまり、この脅迫状の送り主は、ふわりさんが未守さんにこの暗号の解読を頼むことを見越していた。その上で文章を書いている。


 そして次にまずいのは、内容が具体的すぎること。これは事務所の人や警察の人が言っていた、具体的に何をするか書かれてないからいたずらだろうという憶測が間違いであったことを示している。さらに、書かれていることが本当なら、これは単なるふわりさんの殺害予告ではない。爆弾の解除ができなければ、ショッピングモールに来ている全ての人に危険が及ぶ。


 最後にまずいのは、その内容から、黒の探偵への挑戦状だということがわかる。つまり、この犯人はふわりさんとショッピングモールに集まった人たちを人質に、黒の探偵と力比べをしようとしているのだ。


 そして今のこの状況もまずい。たとえ爆弾がある現場に行っても、力を失った未守さんではその場で暗号を解読したり、爆弾の場所を突き止めることができない。


 つまり、これはかなりまずい案件である。


「とりあえず、もう一度警察に連絡する必要がありますね」


 僕がそう言うと、床に座っていたふわりさんが立ち上がる。


「何かあったら連絡するように言われてるから、その刑事さんに私から伝えるね。みも、データもらえる?」


「今送ったー」


「ありがとう。ちょっと話してくる」


 ふわりさんはそう言って部屋から出て行った。

 僕は未守さんが入っている箱に手を当て、声をかける。


「未守さん、大丈夫ですか?」


「大丈夫」


 箱の中の未守さんの声は落ち着いていた。ついさっきまで力を失くしたことで動揺していたとは思えない。


「本当ですか?」


「びっくりしたけど、今はそれどころじゃない」


「そうですね」


「警察がどう動くかはわからないけど、あの手紙はワシとある宛だった。だから、ワシたちで何とかしなきゃいけない」


「ですね。でも、どうしますか? きっと、爆弾の解除にはまた同じような暗号の解読が必要ですよ?」


「暗号はこのマシンがあれば大丈夫。ワシはショッピングモールに行かないで、ここで暗号を解読する。あるは現場からここにいるワシに暗号を伝える役目。危険だけど、お願いできる?」


「もちろんです。これは僕らへの挑戦状ですから。二人でふわりさんを、みんなを守りましょう」


 僕がそう言うと、未守さんは箱の中から顔をひょっこり出した。


「やるっぴ!」


 その仕草があまりにも可愛かったので、僕は軽く彼女の頭を撫でる。すると、気持ちよさそうな表情で「えへへー」と言った。可愛い。もっと撫でてあげよう。


「刑事さんに連絡してきたよ。あとマネージャーにも」


 しばらく未守さんの頭を撫でていると、ふわりさんが戻ってきた。僕は手を引っ込め、未守さんも箱の中から出てくる。


「どうでしたか?」


「警察は本格的に動くことになるだろうって。マネージャーは明日迎えに行くから今日は実家でゆっくりしなさいって」


 声からも、表情からも、動揺は見て取れなかった。さすがはアイドル、日常的に嫌がらせや殺害予告を受けているだけのことはある。と、感心していると、未守さんはゆっくりとふわりさんを抱きしめる。


「ふわりちゃん、大丈夫だよ」


「……みも。私、ちょっと不安かも」


「大丈夫、ワシたちが守ってあげるから」


 優し気な未守さんの声に、ふわりさんはゆっくりと頷いた。



 いつものリビングに戻ってきた僕らはひとまずティータイムを再開した。今度は幸恵さんの店のプリンを出し、それを食べた。未守さんはいつも通りもぐもぐとプリンを二個も食べた。ティータイムが終わったところで、僕は立ち上がり、ふわりさんに声をかける。


「では、実家までお送りしますよ」


 僕の言葉に、ふわりさんは首をかしげる。


「ん? 実家には行かないよ?」


「はい?」


 僕の声に床で転がっている未守さんが僕を見つめる。


「ふわりちゃんは一緒にここで寝るでござる」


「え? 今から実家に帰るんじゃないんですか? 事務所にはそう言っているんですよね?」


 僕の問いに今度はふわりさんが口を開く。


「本当の実家に帰っても誰もいないし、みもは家族みたいなものだから、ここが実家ってことかな」


「うむうむ。何かあったとしても、ワシたちが守るからオッケー」


「……確かにそうですけど」


 本人がそうしたいのなら仕方ない。嘘はよくないけれど、ここが実家みたいなものなら嘘にはならないのかもしれない。いや、どう考えても嘘だけれど。そんなことより――


「ここで一緒に寝るって、未守さんとこの床でってことですか?」


「もちろんぐ」


「さすがにアイドルを床に寝かせるわけにはいかないでしょ」


「私はここでいいよ。アイドルはどこでも寝れるから!」


「床で寝るの気持ちいよ」


「みもと床で寝るとか、お泊り会って感じする! 懐かしいなー」


「ふわりちゃんとお泊り会したの、クリスマスだったよね」


「そうそう、クリスマスに両親が帰ってこれなくて、葵先生が泊っていきなーって」


「クリスマス会も一緒にやったね」


「うんうん、サンタさんがいる空に向かって欲しいもの、叫んでたなー。四人で」


 サンタさんにプレゼントをお願いするときは靴下に欲しいものを書いた紙を入れるんじゃなかっただろうか? 空に向かって叫ぶというのは初めて聞く方法だ。そして、四人で、というのはさっちゃんと瓜丘さんも含めての人数だろう。つまりその二人も空に向かって叫んでいたわけだ。さっちゃんは想像できなくもないけれど、瓜丘さんがそんな可愛らしいことをしていたというのはあまり想像できない。


「ちなみにふわりさんは何が欲しいって叫んだんですか?」


「お金」


「未守さんは?」


「お金だよ」


「みんなで声合わせて、おかねー!って叫んだよね!」


 どんなクリスマスだ。現金にもほどがある。


「みもと一緒に寝るのはあれ以来だね、楽しみ!」


「……わかりました。タオルケットの予備があるのでそれをお貸しします」


「ありがとう、米太君」


 そう言って微笑むふわりさんはアイドルというより、小さな子どもみたいである。きっと童心に帰るというのはこういうことなのだろう。

 話がまとまったところで、未守さんは立ち上がる。


「じゃあ、レストラン行くよ!」


「いいね! 行こう!」


 ふわりさんもそう言って未守さんに抱き着いた。どうやら今日は外食をすることになったらしい。ふわりさんが来る想定をしていなかったので、食材も二人分しかないし、ちょうどいい。たまにはこういうのもアリだろう。


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