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爆弾事件 08

「ハーブティーです、どうぞ」


 白いローテーブルの上にカップを置くと、お団子眼鏡さんこと、菜種ふわりさんは笑顔で「ありがとう」と言ってくれた。さすがアイドル、なんとなくキラキラしたオーラが見える。


  それに引き換え、僕の恋人は床でクマのぬいぐるみを抱えてクネクネ動いている。僕がお茶を入れている間にウィッグを取ったらしく、今は金髪ショートカットで、目だけが黒い状態だ。仕事だからだと探偵スタイルになったはずであるが、きっともう飽きてしまったのだろう。まだ依頼内容を聞いていないというのに、困った人だ。そんな飽き性の未守さんに僕はオレンジっユースが入ったグラスを差し出す。


「未守さん、オレンジです」


「ありがとーる!」


 上半身を起こし、グラスを受け取る未守さん。そのまま「ごくごく」と飲み始める。


「みものその髪、似合ってるね」


「そうでござるか?」


「うん、黒髪は探偵って感じだけど、今のほうが、みもって感じがする。子供の頃からずっと黒だったけど、自由なみもにはその色が良く似合ってる」


「向日葵の色だからね! あ、いつもは目もあおいよ」


「そうなの!? やってみて!」


「りょぷかいでーす」


 そう言って未守さんは僕に飲み終わったグラスを渡し、洗面所へ走っていった。僕は台所へ行き、グラスを流し台に置いて、再びリビングで未守さんを待つ。


「できたっぴよ!」


 戻ってきた未守さんはいつもの未守さんだった。金髪ショートに碧い瞳、ボタンがすべて開けられたシャツに黒のホットパンツ。いや、ボタンをすべて開ける必要はない気がするけれど、今の未守さんを知ってもらう、という場面なので間違ってはいない。


「これが今のみもなんだね。うん、やっぱりこっちの方が似合ってるよ」


「照れるでござるー」


 少し顔を赤くして頭をかく未守さん。本当に照れているらしい。


「可愛いから抱き着きたくなっちゃう!」


 ふわりさんは勢いよく立ち上がり、がばっと未守さんを抱きしめる。


「ふわりちゃん、照れるでござるよー」


「ほんと、みもは可愛いなあ! なでなで」


「うー」


 未守さんは顔を赤くしながら、されるがままになっている。こんな未守さんを見ることはなかなかない。いつもは未守さんが自分のペースに巻き込む方だからだ。さすがは幼馴染み、完全にふわりさんのペースというわけである。


「あの、ふわりさんは何かを依頼しに来たんですよね?」


「あ、そうだった!」


 ふわりさんは部屋の隅に置いていた自分のキャリーケースを広げ、封筒を取り出し、中の紙をテーブルの上に広げた。


「これが事務所に届いたの」


 A4サイズのそれは脅迫文だった。新聞の切り抜きを張り合わせた文字で『十月二十六日、菜種ふわりに死を』と書かれており、その下には、同じく新聞の切り抜きで数字の羅列が六行ほど続いている。


「警察には相談したんですか?」


「うん、したよ。でも、いたずらだろうって。具体的に何をするか書かれてないし、こういうのはよく届くから」


「そうですか、アイドルは大変ですね」


「マネージャーも気にするなって。でも、明日のイベントだけは絶対無事に成功させたいの。だから、みもにこの数字を解読してもらおうと思って」


「凱旋イベントですもんね。……つまり、依頼というのはこの脅迫状の下部分にある数字の解読ですか?」


「うん。この暗号、誰もわからなかったんだよね。うちの事務所も警察も。なのに、いたずらって決めつけるのはなんだか腑に落ちなくて」


「確かにそれはそうですね」


 未守さんは四つん這いの体勢で脅迫状を見た後、「ふむふむ。まかせて!」と言って立ち上がり、目を瞑った。これから未守さんはいつものように「んーんー」と言って力を使って暗号を解読する。いつものように曖昧な表現かもしれないけれど、内容がわかるのなら、そこから犯人の意図を読み取ることができるだろう。そう思った矢先、未守さんは目を開けた。


「……あれ? わからんちー」


 その表情は困惑に満ちていて、これは冗談でも何でもなく、本当にわからないんだ、ということが一瞬でわかった。


「……あれ? あれ?」


 何度も目を瞑り、そして開ける彼女を、いつのまにか僕は抱きしめていた。


「……ある、おかしいよ。何も見えない……何も、わからない」


「未守さん」


 そう小さく言って、僕は腕に力を込める。


 前兆はあった。


 初めは九月の放火事件の時、依頼をしに来た幸恵さんが、未守さんの唸る時間が昔より長いと指摘していた。次はこの前のゆずかちゃんの家出、あのとき未守さんはゆずかちゃんの居場所を突き止めるのに丸一日かかっていた。それから今まで、未守さんは能力を使っていなかった。あの時は難事件だから時間がかかっているのかもしれないと思っていたけれど、きっと、徐々に力が弱まっていたのだ。何が原因なのか、一時的なものなのかは、わからない。それは本人もわかっていない。だけどこれだけは、はっきりとわかる。


 神森未守は力が使えなくなった。彼女は、なんでもわかってしまう力を失ったのだ。


「……する」


 未守さんは僕を押し返し、聞こえるか聞こえないかくらいの声で呟く。僕が訊き返すと、今度はしっかりと僕を見つめ、はっきりと口を開く。


「暗号、解読する」


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