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爆弾事件 07 十月二十五日 土曜日

 葵先生と話した翌日、僕は朝からカサエ街商店街に食材を買いに行った。買い物を済ませ、アオヰコーポの二〇三号室に帰ってくると、そこには黒の探偵がいた。いや、僕が一緒に暮らしている婚約者で雇い主の恋人は黒の探偵という名前で仕事をしているのだけれど、そういうことではなく、本当に真っ黒な探偵姿の未守さんがクマのぬいぐるみを膝に抱え、パソコンで何かをしていた。


 未守さんの髪は、高校を卒業してからずっと金色で、七月の一件からはショートカットだ。金髪のショートカット、それが黒の探偵の現在の状態だったはずだ。にもかかわらず、僕の目の前にいる未守さんは黒のロングヘアー、瞳も黒い。服装はいつものワイシャツにホットパンツだけれど、シャツのボタンがすべてとめてあり、黒のベストを上から着ている。そして桜さんのような黒の中折れ帽まで。ぱっと見ただけだと、桜さんじゃないかと疑うくらいに桜さんのような探偵スタイルの恰好をしている。いや、桜さんの恰好は全盛期の黒の探偵を真似たものなので、今目の前にいる未守さんのスタイルこそがオリジナルということだ。


「ある、おかかー」


 僕に気付いた未守さんが立ち上がり、抱き着いてくる。


「ぎゅうううう」


「ただいまもどりました」


「えへへー」


「未守さん、その恰好、どうしたんですか」


「ヅラだよ」


 まあ、そうだとは思った。今朝まで金髪ショートだった髪がいきなり黒くなって伸びるわけがない。色は変えられても、伸ばすことは不可能だ。なら、ウィッグだと考えるのが妥当だ。


「どうしてですか?」


「お仕事だからだよ」


「いつもそのままだったじゃないですか」


「そんなことない! お仕事の時は黒!」


「いやいや、黒の探偵の活動を再開してからも未守さんは金髪碧眼でした」


「黒かったもん! 気持ち的に! ぎゅうううう」


 それだとなんだか腹黒い人みたいだ。気持ち的には仕事モードだったと言いたいのだろうけれど。


 ピンポーン。


「お! 来たっぴね!」


 未守さんは僕から離れ、『すたこらさっさー』と玄関へ駆けて行く。僕もそれに続いて原価へ向かうと、未守さんは来客が誰か確認することなく鍵を開ける。


 扉の向こうに立っていたのは、黒縁の大きな眼鏡をかけた顏の小さい、お団子頭の女性だった。服装はクリーム色のニット(オフショルダーでキャミソールの肩紐が見えてる)にダボっとしたグレーのズボンで、全体的にラフな感じのものだ。横にキャリーケースを携えており、旅行客っぽい。そんなお団子さんは未守さんの顔を見るなり笑顔で両手をあげる。


「みも、久しぶり! 元気してた!?」


 いきなり未守さんに抱き着いたお団子さんは未守さんと同じくらいの身長で、女性の中では高い方だと思われる。お団子頭にしているおかげでさらに大きく見える。体も、モデル体型の未守さんに負けず劣らずのすらっとした感じで、手足が長い。


「元気もりもりだよ! ふわりちゃんはお仕事忙しいっぴか?」


「まあまあかなー。こうして地元に帰ってこれたし、順調なのかも」


「そうでござるかー」


 抱き合いながら言葉を交わす二人。話の流れからしてこのお団子さんが、アイドルの菜種ふわりさんなのだろうけれど、ネットで見た動画と雰囲気がまるで違う。アイドルのふわりさんは黒髪ロングで前髪ぱっつん、そして、毛先が軽くウェーブしていたはずだ。そう思いながら目の前のお団子さんの顔を見ると、眼鏡をかけているものの、大きな瞳と細い眉が印象的で、それはまさしく、アイドルのふわりさんのものだ。髪型と眼鏡だけでこうも印象が変わるものなのか。おそらく、それを狙ってわざとやっているのだろうけれど。つまり、軽い変装である。さすがはアイドル。そのまま出歩くと一目に着くので、雰囲気を変えているのだ。


「みもは変わらないね、最後に会った時のまんまの格好だし」


「これはヅラだよ」


「ヅラなの!?」


「探偵のお仕事って言ってたから、変身した!」


「それはありがとう」


「てか、思ったより早かったね」


 未守さんがそう言うと、ふわりさんは未守さんから離れ、腰に手を当てる。


「実家に帰るって言って、新幹線の駅から直行してきたからね!」


「おおおお! さすがふわりん!」


 いや、それは良いのだろうか? ただの嘘のような気もするけれど、この後実家に帰るのだろうし、未守さんが喜んでいるから良しとしよう。


「で、そこの君が米太君?」


「はい、或江米太と言います。未守さんとは――」


「助手で恋人で婚約者だっけ?」


「はい、その通りです」


「思ってたより弱そうだけど、ほんとに強いの?」


「未守さんから何を聞いたかは知りませんが、これでも格闘技を少しやっていたので、一般人くらいなら倒せます」


「それは頼もしいね! 私のボディーガードにしてあげよう」


「ダメだよ、あるはワシのボディーガードだもん」


「冗談だよ。あ、でも事によっては本当にお願いするかも」


「どういうことですか?」


 僕がそう訊ねると、ふわりさんは大きな瞳で僕を真っ直ぐ見つめる。


「私がここに来たのは、みもに会うためだけじゃないってこと」


 探偵のお仕事、未守さんはそう言っていた。だから黒の探偵の恰好なのだと。つまり、目の前にいるお団子ふわりさんは、依頼人というわけである。


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