爆弾事件 06 十月二十四日 金曜日
「あなたにLOVEをうーたうー」
川沿いのお洒落な洋菓子店の店内に、幸恵さんの可愛らしい歌声が響く。アラサーなので、もう少し落ち着いたトーンで歌ったほうが色気も出るのかもしれないけれど、幸恵さんは十代の女の子のように元気よく歌う。
桜さんと未守さんとの三人デートの翌日、僕はいつものようにプリンとアイスを買うためにここにやってきた。すると会計中に看板娘の幸恵さんがカウンターの中で歌いだした、というわけである。いや、仕事中に熱唱というのはおかしい気もするが、今更である。
「放課後のマジックにかーけられてー」
「幸恵さん、上機嫌ですね。何か良いことでもあったんですか?」
「ふふふ、内緒ー」
「それはすごく気になりますね」
「弟君、嘘は良くないぞ」
「バレてしまいましたか」
「バレバレすぎて笑えない、歌えない、仕事もしない」
「仕事はしてください」
「しょうがないなー。一番良かったことは言えないけど、二番目は教えてあげよう」
「いや、それはどっちでもいいんで、仕事してください」
「ふわりちゃんのライブ! 楽しみすぎる!」
この人もふわりさんのファンなのか。やはり僕が知らなかっただけで、かなり人気のあるアイドルというわけである。というか、早く帰って未守さんにアイスを食べさせたいのだけれど。
「デビューシングルから新曲まで歌いあげちゃうよ」
なんてことだ。全部歌い終わるのを待っていたら、日が暮れてしまうかもしれない。まずは曲数を確認しておこう。
「何曲あるんですか?」
「シングルは四曲。知ってるでしょ?」
河部市に住んでいるのだから、河部出身のアイドルのファンなのは当たり前。ファンならシングルを何枚出したかも知っていて当然、ということか。なら、いい機会だ。
「でしたね。では問題です。デビューシングルのタイトルは?」
「ときめきリボン」
「正解です。次は――」
「FUWARIN‐POP」
「さすがです。三曲目の――」
「初恋サマーブルー」
で、放課後LOVEモンスター、というわけか。新曲のタイトルは知っていたけれど、さすがに全部は知らなかったので、幸恵さんから聞き出せてよかった。これで、ふわりさんのライブに行っても楽しめるだろう。と、考えているとカランとお店のドアベルが鳴った。お客さんである。さすがに幸恵さんも歌ってはいられないので、僕の時とは打って変わって笑顔で「いらっしゃいませー」と対応する。
「あら、或江さん」
入ってきたお客さんはあおい園の園長、葵ヒサ先生だった。
「葵先生も買い物ですか?」
「ええ、この前或江さん達が持ってきてくれたケーキ、子供たちが気に入ったみたいでね。さすがにケーキばかりというわけにもいかないから、何か他のお菓子があれば、と思って来てみたの」
「それなら――」
「カヌレとかいかがですか?」
カウンターから幸恵さんが営業をかける。そして、ようやくお釣りを受け取った僕は葵先生に場所を譲り、近くで見守りことにした。葵先生は幸恵さんに勧められるがまま、カヌレを購入。それを見届けた僕は声をかける。
「少し外で話しませんか? お伺いしたいことがあるので」
「ええ、もちろん」
葵先生と共に店を出た僕は、河川敷沿いの道を歩きながら、話しかける。
「菜種ふわりさん、今人気みたいですね」
「そうみたいね。まさかこの街からアイドルになる子が出てくるとはねえ。未守ちゃんも喜んでる?」
「はい、それはもう得意げで、幼馴染みなんだって胸を張っていました」
「ふふふ、あの子らしいわね。ふわりちゃんは、よくうちに遊びに来てくれてたから、私もよく覚えてるの。あの頃からみんなの前で歌ったり踊ったりしていて、ちょっとしたアイドルだったわ」
「遊びに来ていた? ふわりさんはあおい園の出身ではないのですか?」
「ええ、うちの子ではないわよ。ふわりちゃんのお家は共働きでね、家に一人でいることが多かったみたい。未守ちゃん達と仲良くなってからは親御さんが帰ってくるまでの間、うちで遊んでいたわ」
「そうだったんですね。未守さんは誰とでも仲良くなりますからね」
「そうね。でも、最初にふわりちゃんを連れてきたのは咲子ちゃんだったのよ」
「さっちゃんが?」
僕の問いに葵先生は頷き、川沿いにある小さな公園へと歩いて行く。ベンチに座った葵先生は、僕が座るのを確認すると、話し始める。
「咲子ちゃんが二年生のとき、学校でね、知らない間に筆箱の中の鉛筆を全部折られてしまったらしいのよ。その時の担任の先生は大事にせず、クラスのみんなに注意だけして、犯人も探さなかったみたいなんだけれど、その話を聞いた来夢ちゃんがすごく怒ってね。その頃、未守ちゃんは不思議な力で友達がなくした物とかを見つけたりしてもてはやされていて、そんな時にそんな事件があったものだから、来夢ちゃんは未守ちゃんに犯人を探すように言ったみたい」
「それで犯人がすぐにわかったわけですね」
「ええ、来夢ちゃんが咲子ちゃんのクラスメートだった犯人の子に問い詰めて、その子は謝った。それでこの事件は解決したのだけれど、咲子ちゃんはどうしてそんなことをされたのか気になって訊ねたらしいのよ。そしたらその子は、親がいないやつが憎かったって言ったの」
「親がいないやつが憎い?」
あまり聞いたことがないフレーズに思わず反応してしまう。
「その犯人の子はね、ある女の子と喧嘩したらしいのよ」
「その女の子というのが――」
「ええ、ふわりちゃんよ。ふわりちゃんはご両親が家にいない間、ずっと歌と踊りの練習をしていて、どんどん上手くなったの。学校ではちょっとした有名人だったみたい。犯人の子は親御さんにアイドルの夢を否定されたらしくてね、それでふわりちゃんに嫉妬して、口論になった」
「でもどうしてそれがさっちゃんの鉛筆を折ることに繋がるんですか?」
「その子からすると、ふわりちゃんは三歳年上だし、嫌がらせとかしにくかったんでしょうね。それに比べて咲子ちゃんは同い年のクラスメートで、犯人の子とも仲が良かった。だから、身近な咲子ちゃんの方に手を出したみたい」
「親と暮らしていないって理由だけで、ですか?」
「咲子ちゃんはそのとき委員長をしていて、友達も多かった。犯人の子からすると、親がいない子達の方がキラキラして見えたみたい」
「理不尽な話ですね」
「ええ。ふわりちゃんも咲子ちゃんも、寂しいのを埋めるために明るくふるまっていただけなのにね」
「それにしても、詳しく覚えてらっしゃるんですね」
「咲子ちゃんが全部丁寧に教えてくれたからよ。それで、咲子ちゃんはふわりちゃんをうちに誘ったの。親御さんがいない間、みんなで遊ぼうって」
「そういうことだったんですね」
「未守ちゃんは言われたとおりに犯人探しだけしてあとは無関心だったし、来夢ちゃんは犯人に謝らせた時点ですっきりしていたけれど、咲子ちゃんは違ったのよ。いくら歌と踊りの練習をしているからって、寂しい事には変わりはない。咲子ちゃんはそれがわかっていたから、犯人の子の嫉妬よりも、ふわりちゃんの寂しい思いを、なんとかしてあげたいって思ったんでしょうね。ほんと、あの子らしい」
「確かにさっちゃんらしいですね」
「きっかけを作ったのは咲子ちゃんだったけれど、実際に仲良くなったのは同い年の未守ちゃんと来夢ちゃんだった。小学校を卒業しても三人は仲が良かったんだけれど、あの事件が起きて、咲子ちゃんがいなくなって、来夢ちゃんは一人でいることの方が増えてしまった」
「河部ハーメルンの後も、ふわりさんは未守さんと仲良くしていたんですね」
「ええ、未守ちゃんがうちを出ていくまでは変わらず遊びに来ていたわ」
「その後、アイドルに?」
「ふわりちゃんはね、修学旅行先の東京でスカウトされたのよ。卒業後に上京して、雑誌のモデルからアイドルになったの」
「スカウトだったんですね」
さっちゃんが繋いだ三人は中学を卒業してからそれぞれの道に進んだ。未守さんは能力を活かして探偵に、ふわりさんはスカウトされた芸能界へ、そして瓜丘さんは未守さんと敵対するために裏社会へ。すごい幼馴染みだ。
「ふわりちゃんが夢を叶えて、咲子ちゃんもきっと喜んでいるわね」
「だと思います」
「見せてあげたかったわね」
そう言った葵先生の横顔は悲し気なものではなく、すごく穏やかなものだった。