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爆弾事件 05 十月二十三日 木曜日

 探偵同好会に持ち込まれる案件のほとんどは、ワタさんとマリーさんがやっている情報屋へのものばかりである。そのほとんどが恋愛がらみのもので、これらはワタさんとマリーさんだけで対応できる。残りのメンバーで探偵役の桜さん、獅子戸君、そして、助手の僕の出番はほとんどない。元々、ワタさんが情報屋として活動していたものをそのまま探偵同好会が吸収する形をとったので、仕方がないのだけれど、もう少し踏み込んだ依頼があってもよさそうだとは思う。学内限定の部活動なので殺人事件などはあっては困るけれど、浮気調査とか、七不思議の調査依頼などがあれば、探偵役の出番もありそうだ。


 何が言いたいかというと、桜さんは暇なのである。獅子戸君は軽音部に顏を出したり、女の子にデートに誘われたり、誘ったり、いろいろ忙しそうにしているし、僕には未守さんのお世話と黒の探偵の助手の仕事がある。つまり、探偵同好会以外の活動がある。しかし、桜さんには探偵同好会しかない。もちろん、勉強や学校行事、最近だと、ゆずかちゃんの家出を発端にした一連の騒動があり、暇、とまではいかないかもしれないけれど、それでも、放課後、僕と一緒に帰ったり、僕を遊びに誘ったりするくらいには余裕がある。


 そして今日も、桜さんは僕をお茶に誘ってくれた。今日は探偵同好会のミーティング(最近は週一回になっている)もなく、授業が終わった後、すぐに、ということだった。


 放課後になり、僕は自転車を押しながら、桜さんと二人で東河部駅に向かった。駅前ビルの中に桜さん御用達の紅茶専門店が入っているからだ。


 自転車を駐輪場に停め、桜さんについて駅前広場に行くと、未守さんが手を振っていた。恰好はいつものシャツとホットパンツに黒のトレンチコート。金色の短い髪が日の光を反射してキラキラと光っている。


「ある、やっほー」


「どうしたんですか」


「私が呼んだんです。お、お姉ちゃんにも、私の好きなお店を紹介したくて」


「そゆこと! ごくごく飲むよ!」


「了解です。あと、未守さん、今から行くお店の紅茶は、ごくごく飲む物じゃないですよ」


「りょぷかいでーす」


 というわけで、僕ら三人は桜さんお気に入りの紅茶専門店にやってきた。駅ビルの三階にあるこの店には、桜さんと初めてデートをして以来、本当によく来るので、僕にとってもお気に入りのお店みたいなところはある。しかし、桜さんほどお店の人と仲が良いわけでも、桜さんほど紅茶に詳しいわけでもない、いつも桜さんおすすめの紅茶を飲みながら話を聞くだけだ。


 よく桜さんと話をしている店員さんに、窓際のテーブル席に案内された僕らは、椅子に座る。桜さんと未守さんが向かい合う形で、僕は未守さんの隣だ。


 桜さんがスラスラと横文字の単語を店員さんに伝え、しばらくして紅茶が運ばれてきた。

ガラス製のポットに入っているそれは紅茶とは思えない青い色。ポットの横には紅茶に入れるためのレモンが三切れ。桜さんと初めてここに来た時に飲んだお茶だ。確か名前は――


「ブルーハワイだ! ブルーハワイって紅茶だったの? たの?」


 未守さんは僕がこのお茶を初めて見た時と全く同じ感想を、テンション高めで述べる。


「これはブルーハワイじゃなくて、ブルーマロウっていうお茶なんだよ」


 言いながら桜さんはカップに紅茶を注ぎ、僕と未守さんの前にそれぞれ置いてくれた。


「飲んでみて」


 未守さんは、ごくごくではなく、ゆっくりと一口、紅茶を飲んだ。


「およ? 甘くない。なんで?」


「ブルーハワイじゃないからですよ」


「そっかー。他人の空似かー」


 未守さんはそれで納得したのか、うんうんと頷く。

 桜さんは自分の分もカップに注ぐと、レモンを手に取る。


「見てて」


 そう言って桜さんがカップにレモンを搾ってたらすと、真っ青だったお茶が桜色に変わっていく。やはり何度見ても不思議な光景である。


「おおおお! 変身した!」


「綺麗でしょ?」


「桜ちゃんみたいだね!」


 笑顔で言う未守さんに、照れた表情の桜さん。四月に僕とこのお茶を飲んだ時とはいろいろ違う。あの頃の桜さんは悲しそうにカップを見つめていたけれど、今は違う。それだけは分からず屋の僕でもわかった。


 しばらくお茶を楽しんだ後、桜さんは決意したかのように口を開いた。


「お、お姉ちゃん」


「桜ちゃん、なに?」


「お、お姉ちゃんは或江くんのこと好き?」


「うん、好きだよー。ゆずりんも桜ちゃんも好きだけど、あるの好きは、結婚したいっていうそういう好き! 愛してる!」


「そっか、よかった。二人には幸せになって欲しいって思ってるよ」


「いいの? 桜ちゃん、あるのこと好きでしょ?」


「うん。でも、お姉ちゃんには敵わないから。お姉ちゃんはかっこよくて、美人で、可愛いところもあって、しっかりしていて、なんでもわかって……。誰よりも或江君のことをわかってると思うから」


「えへへ、ありがとーる」


「でも、もう少し或江君のこと、好きでもいい?」


「いいよ。あるはかっこいいからね。しょうがない、しょうがない」


 僕がかっこいいというところが、いまいちわからない僕にとって、何がしょうがないのかはさっぱりだけれど、未守さんも桜さんもそこは納得しているらしい。


 桜さんはしばらく自分の空になったカップを見つめてから、顔を上げる。


「いつか、ちゃんと自分の気持ちを整理するから」


「りょぷかいでーす」


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