爆弾事件 03 十月二十一日 火曜日
「……ふわりんを知らない?」
昼休み、いつものようにワタさんとマリーさんと一緒に食堂でご飯を食べた僕は、食後のティータイム中、ワタさんに菜種ふわりというアイドルを知っているかと訊ねた。すると、ワタさんはゲームをする手を止めて、驚いてくれた。
昨日の朝、そのアイドル、ふわりさんと電話をして会う約束をしたのだ、と自慢げに語る未守さんも、同じようなリアクションだったので、ワタさんのこの反応は想定内といえば想定内なのだけれど、『ふわりん』って何、愛称か何かだろうか? しかし、そんなことよりも、大事なことがある。
「ワタさん、二次元だけでなく三次元の美少女にも詳しいんですね」
「まあな、ふわりんは人気急上昇中のアイドルだ。テレビにも出てるぞ」
「らしいですね、僕もどうして自分が知らないのか驚きでした」
「それはお前が普通じゃないからだろ」
「そうかもしれません」
「なにが『普通じゃないから』よ。それだったらダーリンだって似たようなもんじゃない」
あきれた顔でそう言うマリーさん。
ワタさんが僕と似たようなもの? そんなわけがない。ワタさんは容姿端麗、成績優秀、学内の頼れる情報屋。対して僕はワタさんに毎回「普通じゃない」と言われる分からず屋だ。一応、自称普通の高校生だけど、最近では、未守さんとの関係や探偵の助手というアルバイトから、普通と言い張ることも困難な気がしてきている。そんな僕とワタさんが、似たようなもの?
「似てはいないでしょう。ワタさんはふわりさんのことを知っていたじゃないですか」
「二週間くらい前にアタシが教えてあげたからねー。それまでは全然知らなかったんだから」
「そうなんですか? 情報屋なのに?」
「情報屋でも管轄外はある。……ゲームに新キャラが追加されてな、その声優の名前が見覚えなかったから、マリーに訊いたんだ」
「それが、アイドルのふわりさんだったと」
「そゆこと。ほんとアンタ達はこーゆーのには弱いよねー」
「三次元だからな」
「アイドルですから」
僕とワタさんは同時にそう答えた。マリーさんは両手をあげ、やれやれ、という感じのポーズをする。あきれられても仕方がない。ワタさんの二次元好きも、僕の無関心も変わらない。でも、これで菜種ふわりというアイドルがそれなりに有名だということはわかった。問題は、その人気急上昇中のアイドルが未守さんと幼馴染み、ということである。未守さんの幼馴染みといえば、同じ施設出身の瓜丘さんだけれども、ふわりさんも、あおい園出身ということだろうか?
「マリーさん、菜種ふわりさんは河部市の出身なんですよね?」
「そうなんだよ! やっぱ嬉しいよねー。河部出身の芸能人なんて今までほとんどいなかったし」
「河部出身だったのか」
「この前も言ったじゃん」
「聞いてなかった」
「もう! 恋人の話くらいちゃんと聞いてよ」
「恋人じゃない、助手だ」
「はいはい、そうですよー。綿抜君は助手と抱き合ったり添い寝したりするんですねー」
「それは助手への報酬、給料みたいなもんだ」
と、いつもの夫婦漫才が始まってしまったので、ふわりさんがあおい園出身かどうかは聞けなかったけれど、河部市出身なのは間違いなさそうだ。ということは、やはり未守さんは本当にふわりさんと幼馴染みなのだろう。
菜種ふわり。今をときめく人気アイドル。最近は複数人でグループを組んでいるアイドルが多いらしいのだけれど、彼女はどのグループにも属していない。東京で活動し、テレビ出演も増え、ワタさんがプレイするような美少女ゲームの声優をやったりしている河部市出身の二十歳。そんな彼女は今月、ニューシングルを発売した。タイトルは「放課後LOVEモンスター」いかにもアイドルって感じの曲名である。本人がもう高校生ではないことにはツッコまないことにしよう。そして今週末、そのCDのリリースイベントで菜種ふわりは河部市に帰ってくる。会場は佐備市のショッピングモールなので完全な凱旋とは言えないかもしれないが、帰ってくるのだ。それが未守さんが言っていた「会える」ということなのだそうだ。