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爆弾事件 02 十月二十日 月曜日

 朝見刑事が瓜丘さんの脱走を僕らに教えてくれた翌日から、僕が通う文月高校では中間テストが行われた。


 僕はテスト前に急に勉強をするタイプではなく、普段からしっかり対策を練り、テストで良い点を取るタイプでもない。かといって赤点を取るタイプでもない。授業だけしっかり聞いて、平均点くらいの点数を取るタイプである。なので、テスト一週間前に焦って勉強をしたりはしないのだけれど、今回はそのテスト一週間前にゆずかちゃんの家出があり、桜さんなんかはあまり勉強ができなかったので、「いつも通りの点数が取れるか不安です」と言っていた。ワタさんは授業も聞かず、勉強もせず、学年トップの成績を取ったりするタイプなので、特に変わった様子はなかった。マリーさんはテストの存在自体を忘れて赤点を取るタイプなので、今回も存在を忘れていたらしい。


 そんな中間テストが終わった後の日曜日、僕と未守さんは並木家に食事をしに行った。


 もちろん、ゆずかちゃんや桜さんの友人としてではなく、菫さんの娘とその婚約者として、である。未守さんと菫さんは、菫さんが未守さんを神森家の門の前に置き去りにして以来、実に二十年ぶりの再会、ということになる。しかし、二人とも泣くことも抱き合うこともなく、菫さんはゆずかちゃんと桜さんの友達が家に訪ねてきたかのような対応で、未守さんも、ゆずかちゃんの家に遊びに来た、という雰囲気だった。つまり、みんなで楽しく、ワイワイと食事をした。菫さんが作った料理はどれも美味しく、未守さんはモリモリと食べていたし、ゆずかちゃんも桜さんも笑顔だったので、僕はそれらを見守ることにした。菫さんの旦那さんにして、ゆずかちゃんと桜さんの父親である、努さんも笑顔で見守っていたので、僕もそうすることにしたのだ。やはり、急に家族のように接しろと言われてもなかなかできないものなのだろう。桜さんも未守さんを『黒の探偵さん』と呼んでいたし、ゆずかちゃんも『みもちゃん』と呼んでいた。


 しかし、別れ際、玄関で「未守ちゃん、或江くん、今日はありがとう」と言う菫さんに対し、未守さんは「未守でいいよ、お母さん」と言った。その瞬間、菫さんは泣き崩れ、ゆずかちゃんは「みも姉!」と言って未守さんに抱き着いた。桜さんは菫さんを横から抱きしめ、「よかったね」と言って泣いていた。こうして、並木家との最初の食事会は幕を閉じた。未守さんと菫さんはこれから少しずつ、親子としての時間を取り戻していくのだろう。ゆずかちゃんも桜さんも、急に距離感が変わることはなくても、妹として、未守さんに接していくのだろう。急には無理でも、少しずつなら人は変わっていける。そうやって、いろいろ変わっていくのだろう。


 その食事会の翌日は祝日で、学校は休みだった。


 僕と未守さんは以前から約束していた忍者の映画を見に行った。つまり、デートである。同棲していて、学校以外の時間はほとんど一緒にいる癖に何がデートだ、と誰かに言われそうな気もするけれど、映画を二人で見に行くという、いかにもデートっぽいデートはあまりしていなかったので、未守さんは朝から「デートだ! デートだ!」と張り切っていた。僕らが住むアオヰコーポから一番近い映画館は佐備市のショッピングモールの中にあるシネコンなのだけれど、せっかくなので根崎まで足を延ばし、ショッピングやカラオケも楽しんだ。ずっとハイテンションだった未守さんは肝心の映画で爆睡していた。映画の原作者である一之瀬さんに少し申し訳なかったけれど、仕方ない。また二人で見に来ればいいだけの話だ。映画が終わった後、「面白かった! しゅばばばだった!」と言う未守さんに、寝ていたことを指摘すると、「ぜ、ぜんぜん寝てないよ! デートでは寝ない!」と慌てた彼女が可愛かったので、できれば次も寝てほしいと思いました、まる。


 そんな盛りだくさんの週末が明け、テストの返却が始まった。どの教科も僕はいつも通りの点数で、ワタさんもいつもと同じくどれも高得点。桜さんは心配していたのとは裏腹に点数が良かったそうだ。マリーさんは珍しく赤点が一つもなかった。獅子戸君もそれなりに良かったらしく、探偵同好会のメンバーにとっては良い結果となった。


 テスト返却の期間が終わると今度は体育祭。


 金曜日に予行練習を行い、本番は土曜日に予定通り行われた。文月高校は文化祭に力を入れている代わりに、体育祭は簡単に済ませるらしく、特に競技や応援の練習もなく、前日の予行練習で段取りを確認するだけといった準備くらいしかなかった。中間テストの直後という日程からも、力を入れていないのはよくわかる。チーム分けはオーソドックスな赤と白。僕は脱走した瓜丘さんと、今も行方が分からないベニさんのことを思い出しながら、競技に参加した。ちなみに僕のクラスは赤で、桜さんのクラスは白だった。生徒は必ず二種目以上の競技に参加しなくてはならないので、僕も綱引きと障害物競走に参加した。同じ赤組の獅子戸君が、なぜか応援席から入場門まで送り届けてくれた。送り出す際に敬礼をするので、僕も彼に敬礼をしてから競技に挑んだ。獅子戸君はワタさんやマリーさん、夕波さんにも同じことをしていたのでほとんどの競技の度に応援席と入場門の間を行ったり来たりしていた。だけど、なぜそんなことをしていたのかはよくわからない。


 その翌日、僕のクラスでは体育祭の打ち上げが行われた。


 四月の『一年間よろしく会』と同じような感じで、カラオケに始まりボーリング、ゲームセンターをはしごした。四月の時はそれだけで結構疲れたりしたのだけれど、今回はそうでもなかった。ワタさんだけでなく、マリーさん、夕波さん、花桃さんと、知り合いも増え、退屈しなくなったというのと、最近ではデートなどで出かけることも多くなったので、きっと慣れたのだろう。それに、クラスメートたちのテンションがそれほど高くなかったというのもあるのかもしれない。なぜなら、僕らのクラスが所属していた赤組は負けたからだ。


 そして今日、十月二十日は体育祭の振替休日で学校は休み。


 僕は朝から未守さんとだらだらテレビを眺めながら過ごしていたのだけれど、突然、未守さんのケータイが鳴り、未守さんは誰かと話し始めた。僕は特にやることがないので、ここ二週間の出来事を思い出している、というわけである。それにしても、学校行事やテストなど、いろいろなことがあった。どうやら二学期とはそういうものらしい。来月の一日から修学旅行もある。三泊四日でグアムに行くのだとか。海外旅行をしたことがないので、少し楽しみではあるが、やっぱり行事が多い気がする。しかし、二年生の二学期というのはそういうものらしい。ワタさんがそう言っていたのだから間違いない。


 ちなみに、未守さんは相変わらず大学には行っていない。後期授業が始まる今月から復学する予定だったのだけれど、ゆずかちゃんの家出があり、瓜丘さんの脱走があり、菫さんとの和解があり、一体何が理由なのかはわからないけれど、今も休学中だ。黒の探偵として活動しているし、最近知ったのだけれど、未守さんは過去にいくつかの特許を取っていたり、いくつものマンションやビルを所有していたりするらしい。前にお金持ちだと発言していたり、アオヰコーポ自体が所有物だったり、ハイテクな機械やケータイを自作したりと、なんとなく想像はついていたけれど、本当にお金持ちだった。なので、今更大学に通う必要があるかどうかは少し疑問である。現にこうして生活できているわけだし、未守さんが学校に行かなくても何も問題はない。


 僕らの生活の中で問題があるとするならば、瓜丘さんの件である。


 瓜丘さんの行方は未だにわかっていない。拘置所から脱走したことは、朝見刑事から聞いた後、ニュースでも見た。しかし、それ以外の情報は何も入ってきていない。あれから二週間たった今も警察は瓜丘さんを捕まえられないままだ。朝見刑事は一体何をしているのだろう。やはり、残念な刑事さんだから手こずっているのだろうか?


 未守さんは、瓜丘さんが再び危害を及ぼしてくることはない、友達だから捜査には協力しない、そう言っていたけれど、やり方が間違っていたとはいえ、今まで未守さんのために生きてきた人だ。そんな人が拘置所から脱走して、真っ先に未守さんに会いに来ないのは不自然である。今後、未守さんの前に現れる確率はかなり高い。危険はないのかもしれないけれど、犯罪者は犯罪者だ。気をつけておいて損はない。


 と、長々と考えていると、テレビはいつしかニュース番組になっており、女性アナウンサーの声で「焼死体が発見されました」と聞こえてきた。


「昨夜、北珊瑚市の山中で焼死体が発見されました。遺体はドラム缶に入れられており、その場で燃やされたものとみられ、性別、年齢等の遺体の身元を含め、警察は殺人事件として捜査中です」


 焼死体。そう聞いて思い出すのは先月の連続放火事件と文化祭だけれど、あの事件の被害者は年齢や性別がわからないほどに燃やされていたわけではなかった。警察も次から次へと事件が発生して大変である。しかし、それは他人ごとではない。僕も探偵事務所の助手なので、依頼があればまた調査の手伝いをしなくてはならない。と、テレビを眺めていると、未守さんの電話が終わった。


 未守さんはケータイを充電のコードに繋げると、僕に抱き着いてくる。


「ふわりちゃんに会えるっぴ!」


「ふわり? 桜さんのことですか?」


 未守さんの頭を撫でながら、僕は訊ねる。未守さんは桜さんのことをこの前まで『ふわふら』ちゃんと呼んでいた。菫さんとの和解以降は『桜ちゃん』と呼ぶようになっていたと思うのだけれど、また呼び方が変わったのだろうか?


「違うよ。ふわりちゃんは、ふわりちゃんだよ」


「誰ですか?」


「ワシのお友達! 子供の頃からの!」


「幼馴染みってやつですね」


 僕がそう言うと、未守さんは得意げに「ふふん」と言って、立ち上がる。


「ふわりちゃんは、アイドルなのでござる!」


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