爆弾事件 01 十月五日 日曜日
「脱走……したんですか?」
アオヰコーポ二〇三号室のリビングで僕は、未守さんと将棋をする朝見刑事に訊き返した。拘置所から脱走だなんて、まるで映画か何かみたいな話であるけれど、あの白の狂犬、瓜丘来夢ならやりかねない。しかし、今まで未守さんに感情を芽生えさせる為だけに行動してきた彼女にとって、脱走してまでやるべきことなんて残っていない気もする。
「ああ、さっき知らせが入ってな、そのうちニュースでも流れるだろうな。で、俺はみも太郎に報告しに来たってわけだ」
「そうですか。でも、そんな時にどうして将棋を?」
「みも太郎にはいつも負けっぱなしだからな、ここで勝って、勢いをつけようって算段だ。みも太郎に勝てれば、瓜丘なんて一瞬で再逮捕だ」
「関係ない気もしますけど」
「それが、大ありなんだよ。俺が勝ったら瓜丘の居場所を突き止める協力をしてもらう」
「負けたらどうなるんですか?」
「みも太郎はこの件には一切関与しない」
「なら、勝つしかないですね」
「王手!」
着ぐるみパジャマ姿の未守さんが、高らかに宣言して、駒を置く。朝見刑事は盤面をまじまじと見つめた後、「負けました」と、あっさりと頭を下げた。
「ダメじゃないですか。……未守さん、瓜丘さんの件、僕から依頼するというのはアリですか?」
「ダメだよ。勝負は勝負、ワシは来夢ちゃんのことは探さない」
「でも、また未守さんに危険が及ぶ可能性だってあるじゃないですか」
「ないよ。ワシは来夢ちゃんが望むワシになった。それで終わり」
「では、どうして脱走なんかしたんでしょうか?」
「それはあれだよ、あれ。来夢ちゃんには他にやりたいことがあるっぴ」
「それは何ですか?」
「それは知らないけど、ワシは友達のことを応援する!」
「そういう理由なら仕方ないですね」
あれだけの因縁関係があり、散々な目にあわされてきたにもかかわらず、友達だから応援する、それが言える未守さんはさすが僕の婚約者、器が大きい。
と感心していると、朝見刑事は立ち上がりながら口を開く。
「そういうわけだ。今回みも太郎と警察は連携しない。俺達でサクッと捕まえる」
サクッと未守さんに協力してもらおうとして、サクッと勝負に負けた人間が、サクッと捕まえることなんてできるとは思えないけれど、何も朝見刑事一人で探すわけではない。脱走は警察側の失態でもある。きっとかなり大掛かりな捜査になるはずだ。
「じゃあな、ちょっくら探してくるわ、この野郎」
そう言って、朝見刑事は僕らの前から姿を消した。