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家出事件 20

 その後、僕も何曲か歌い、花桃さんとデュエットもして、早めに根崎から河部市に帰ってきた。集合場所の駅前広場で解散かと思ったら、花桃さんは河川敷に行こうと言った。


 会瀬川河川敷公園は僕と花桃さん、いや、あーちゃんとの思い出の場所である。子供の頃、僕らはよくここに遊びに来ていた。


「懐かしいねえ」


 そう言ってから、花桃さんは僕の横で嬉しそうに微笑む。


「あっくんとまたこの公園に来られて嬉しいよ」


「あの頃と比べると僕もあーちゃんも、随分と変わっていまいましたけどね」


「うんうん、いろいろあったからね」


 七年。それだけの時間があれば誰だって変わるし、成長する。しかし僕らの場合、少し意味合いが違う。もちろん体が成長したというのは他の人と変わらないのだけれど、それ以外については、七年前のあの事件をきっかけに変わった。この河川敷で僕らは連れ去られ、河部ハーメルンという事件に巻き込まれた。それ以来、僕は分からず屋になり、花桃さんはこの街を離れ、一度死に、今は名前も違う。一度死んでいることや、名前が違うことについてはきっとあの事件は関係ないのだろうけれど、この場所から僕らの人生が大きく変わったということには変わりない。


 まだ日暮れ前で青い空の下、金木犀の香りが漂う河川敷を二人で歩いていくと、あいあいちゃんモニュメントの前にたどり着く。なんでも、僕と河川敷を歩きたいという理由から、迎えに来る予定の霧谷さん(花桃さんの保護者)との集合場所を、このモニュメントの前に変更したのだとか。

あいあいちゃんモニュメントの前に立つ霧谷さんは、相変わらずの白衣姿だった。


「或江、今日は結花が世話になったな」


「いえいえ、誘ったのは僕ですから。こちらこそありがとうございました」


 僕が頭を下げると、花桃さんは「はい!」と手を上げる。


「わたし、ちょっとお手洗いに行ってくるね」


 そう言って花桃さんは公園内のトイレに向かって走り去った。モニュメントの前に僕と霧谷さんだけが残される。


「どうだ? よくできたシナリオだっただろう?」


「やっぱりあなただったんですね」


 これはゆずかちゃんの家出の件だ。希さんに僕らの情報とゆずかちゃんの情報を伝えた、未来も知っていた人間、それは霧谷さんだった。花桃さんが希さんに会っていないのだから、必然的にそうなる。


「今回の件は、主軸たる物語を進めるための、重要なプロセスの一つだ」


「その主軸たる物語というのは確か、『人類が世界を前に進めるために最も重要な物語』でしたっけ?」


「ああ、そうだ」


「今回の件がどう関係してくるのか僕にはさっぱりわかりませんけれど」


「今はそれでいい」


「……。塩尻さんに、黒の探偵事務所を勧めたのも、あなたですよね?」


「それは結花だ。小さな物語に首を突っ込むのが好きだからな」


 こちらは花桃さんだったのか。どちらにしても、タイミングが良すぎると思ったのは正解だったらしい。


「俺はただ、主軸たる物語のために自分がするべきことをするまでだ」


「それは何ですか?」


「自分が何者なのか、俺はそれを常に考えてきた。そしてこう結論付けた。俺は主軸たる物語においての脇役、いや代理人だとな。俺は物語を成立させるための代理人に過ぎない。代理人として俺は結花をヒロインとして育てた。そして或江、貴様が主人公だ」


「前にも似たようなことを仰ってましたけど、やっぱりそうは思えません。僕はそんな壮大な物語の主役なんかじゃないですよ」


「貴様自身がそうは思えなくとも、数々の事象がそれを物語っている。結花をヒロインにするならば確実に主人公は貴様だ。俺はその舞台を整えているだけに過ぎない。俺は結花をヒロインにする」


「それが霧谷さんの目的だと?」


「ああ、そのために動いている」


「どうしてそんなことを?」


「世界のためだ」


 霧谷さんの表情はずっと変わらない。真顔だ。真顔で、世界のために、世界を進めるために花桃さんをヒロインにし、僕を主人公にすると言っている。けれど、僕には何が何だかよくわからない。それは僕が分からず屋だからなのか、誰でもそう思うのか、それすらもわからない。


僕が黙っていると、霧谷さんは再び口を開く。


「そのために、神森未守を引きずり下ろす」


「はい? それは一体――」


「お待たせ、お待たせ。じゃあ、帰るね」


 僕の言葉を遮って、花桃さんが戻ってきた。霧谷さんに訊きたいことはまだ残っているけれど、仕方ない。

 霧谷さんと歩き出す彼女に、僕は声をかける。


「花桃さん、愛ってわかりますか?」


「うん、わかるよ。わたしの夢は今も昔もお嫁さんだもん」


「それって誰の……」


「ふふふ、内緒だよ」


 そう言って花桃さんは霧谷さんと一緒に帰っていった。


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