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家出事件 19 十月五日 日曜日

 カラオケボックスに花桃さんの歌声が響く。その大人びた歌声を聴きながら、僕は先月の文化祭での花桃さんのステージを思い出す。夕波さん、獅子戸君、名前の知らないキーボードの人、そして未守さんの、寄せ集めとは思えない演奏も良かったのだけれど、やっぱりあのステージで人目を引きつけたのは、花桃さんの歌声である。


 その小さな体のどこからこんな声が出ているのだろう。


 僕はソファーの前に立って、必死に歌う花桃さんを見つめる。

 あの時は多くの生徒たちに向けられていたその歌声が、今は僕一人に向けられている。なぜかというと、カラオケボックスに二人きりという状況だからである。


 学校ではふわふわと伸びている桃色の髪は、三つ編みになっていて、おまけに丸眼鏡をかけているので、普段の印象とまるで違う。服装も、白のロングスカートに白のブラウス、控えめな桃色のカーディガンという、夏休みに久美島で会ったときの桃色を全面的に押し出したファッションとは少し違う。デート仕様というやつなのかもしれない。


 そう、僕は今日、花桃さんとデートに来ているのだ。特に仲良くする必要もないと思っていたのだけれど、事情が変わった。僕は花桃さんに訊きたいことができたのだ。僕は花桃さんに二人で話せないかとメッセージを送った。僕は別に学校でもどこでもよかったのだけれど、花桃さんは日曜日の予定を空けてくれた。そして今日、待ち合わせ場所の東河部駅の駅前広場にやってきた彼女はこう言った。『今日はデートよろしくね』と。僕はデートのつもりなんて全くなかった。しかし、よろしくされてしまった以上、僕としてはちゃんとデートをしなければならない。


 というわけで、僕らはあずき色の電車に乗ってこの辺りで一番の繁華街、根崎までやってきた。午前中は花桃さんが行きたいと言った場所を一通り巡る旅をした。主に商業施設に入っている服屋や雑貨屋など、僕が普段あまり行かないような場所ばかりだった。根崎には何度も来たことがあるけれど、一緒に行動する人によってまるで違う街に来たかのようである。さすが、なんでもある街、根崎といったとこだろうか。そして、正午になり、花桃さんのリクエストでイタリア料理店に入り、一緒にパスタを食べ、これまた花桃さんのリクエストでカラオケボックスに入った、というわけである。

 

 歌い終わった花桃さんはマイクをテーブルの上に置き、勢いよくソファーに座り、もたれかかる。どうやら歌い疲れたらしい。それもそのはず、ここに来てから約三十分、僕はまだ一曲も歌っていない。花桃結花オンステージだったのである。


 桃色の歌姫はテーブルの上のグラスを手に取り、ストローでジュースを一口飲んでから、僕を見る。


「ねえねえ、あっくんは歌わないの?」


「その前に、僕と未守さんを占ってもらえませんか?」


「うんうん、あっくんがそう言ってくることは、わかっていたけれど、緊張して胸がドキドキだよ!」


 そう言って花桃さんは僕の手を掴み、自分の胸に押し当てる。


「ほら、ドキドキでしょ?」


 柔らかい。そして、かなりのボリュームである。普段から動くたびに揺れているだけはある。心臓の音とかそういうのは正直、伝わらないくらいに花桃さんの胸は大きい。というか、胸を自分から揉ませている状況にはドキドキしないのだろうか?


「柔らかいですね」


「わあ!」


 慌てて僕の手を離し、両手を上げる。


「今のはナシ! ナシだよ!?」


 ブンブンと両手を振る花桃さん。やっぱり動きが大げさで、可愛らしい。さすがは僕の幼馴染みである。


「……じゃあ、見るね」


 しばらく手を振ったおかげて落ち着いたのか、花桃さんはそう言ってから目を瞑った。


「うーん、うーん」


 まるで、未守さんのようである。花桃さんも力を使うときは唸るのか。花桃さんの能力は未守さんのそれと似ているので、納得ではあるけれど、この人は未守さんにはわからない未来のことまでわかってしまう。僕は今、その未来を見てもらっている。


 などと考えていると、花桃さんはすぐに目を開けた。


「大丈夫、あっくんの未来は明るいよ、でも」


「でも?」


「これは今日占ったわけではないのだけれど、探偵さんの未来に関してはわたしからは何も言えないかな、ごめんね」


「そうですか、わかりました。僕の未来が明るいのなら、未守さんもきっと大丈夫でしょう」


 僕がそう言っていると、花桃さんは桃色の瞳で僕をじっと見つめる。


「それと、わたし、神森希さんには会っていないよ?」


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