家出事件 16 十月二日 木曜日
学校を二日連続で欠席することになってしまった。普通の高校生なら、病気や入院以外で学校を休むことはあまりないのだろう。ということは、僕はもう普通の高校生ではない、ということになる。まあ、ワタさんに言わせれば、初めから普通のふりはできていないらしいのだけれど。まあ、黒の探偵の助手で恋人で婚約者、という時点で普通と言い張るのは無理そうではある。
昨日も、そして今日も、黒の探偵の助手としての活動のために学校をお休みした僕は、並木家の前にいた。一人である。なぜ僕がここに一人でやってきたのかというと、それは確認のためだ。
腕時計を確認すると、予定の時刻を少し過ぎたところ。僕は並木家のインターホンを押した。しばらくして、スピーカー越しに女性の声で「はい」と応答する声が聞こえた。ゆずかちゃんのお母さんである。もちろん桜さんのお母さんでもあり、未守さんの産みの親らしいので、ここからは菫さんと呼んだ方がいいだろう。
菫さんの声に僕は未守さんのようにいきなり本題から入る。
「あなたが未守さんの産みの親だったとは、想像もしていませんでした」
幸い、並木家のインターホンはカメラ付なので、押した時点で、家の中のディスプレイには僕の顔がはっきりと映っている。菫さんとは何度も挨拶をし、昨日はお礼を何度も言われた間柄だ。自己紹介など今更である。
少しの沈黙の後、「お話します」と菫さんは言った。
他人を家の中に入れるのを嫌っている。いつか、桜さんが言っていた菫さんの情報。そんな人が、他人である僕をすんなりと家に上げてくれた。並木家の中に入るのはこれが初めてである。
すっきりとした玄関、白の壁紙に木目調の茶色いフローリングの廊下、アンティーク風の家具がいくつか置いてあるリビング。基本的に内装は白と茶色で統一されている。そんなリビングの三人掛けのソファーに座るように言われた僕は黙って座る。
菫さんはお茶を用意してくれるらしく、キッチンへと行ってしまった。普段、来客があっても玄関で済ます理由がよくわからなかった。家が汚いとか、来客が苦手だとか、そういった理由ではない。おそらく、菫さんのポリシーみたいなものなのだろう。
菫さんがガラス製のポットとカップを二つ、お盆に乗せてリビングに戻ってくる。それを眺めていると、菫さんはお盆を僕の目の前にある木製のローテーブルの上に置き、カップに紅茶を注いでくれた。
「ハーブティーです」
「ありがとうございます」
僕がお礼を言うと、菫さんは僕が座っているソファーの横にある二人掛けのソファーに座った。並木家のリビングにはソファーがL字型に置いてあるので、僕と菫さんの目線が合うことはない。
「桜がよく買ってくるから、紅茶だけはたくさんあるの。こうしてお客さんに出すのは初めてだけど」
「桜さんのおかげで、僕も紅茶はよく飲みます」
「迷惑じゃない? あの子、一度好きになったものはとことん好きだから」
「そんなことないですよ。飲む物のバリエーションが増えて助かっています」
「なら良かったわ」
菫さんは自分のカップを口に持っていき、一口飲むと、ローテーブルの上に戻す。
「或江君には、うちの子が二人もお世話になっているから、いつかちゃんとお話したいと、と思っていたの」
「三人ですよ」
「……そうよね、その話を聞きに来たのよね」
菫さんはゆっくり深呼吸をしてから口を開く。
「神森未守は、確かに私の娘です。私がお腹を痛めて産んだ、最初の子です。そして、私が捨てた子。この事実を、私は二十年間、ずっと隠して生きてきた」
「やるなら徹底してよ」
声と同時にドアが開いた。
「隠し通すつもりなら、写真とかスクラップとかを、家に置いたりしないでよ。そんなのだからこんなことになるの」
桜さんである。見慣れた制服姿の彼女は、いつもの中折れ帽子は被っていない。そして、いつも僕と話す時のような敬語でもない。
「……桜、あなた学校は?」
「ズル休み。お母さんがちゃんと話してくれないから、或江君に協力してもらった」
「すみません、桜さんに訊かれたので僕が知っていることは、話してしまいました」
『母の口からちゃんと聞きたい』
それが、昨日、僕から真相を聞いた後の桜さんの想いだった。桜さんの想いを聞いた僕は、桜さんが立てた計画に協力することにした。計画とは、僕が菫さんから真相を聞くために並木家を訪問、桜さんは学校に行くふりをして家の中に潜み、僕と菫さんが話す内容を部屋の外から聞き、登場するというもの。
しかし、予定より早い。桜さんの登場は菫さんが話し終わってからだったはずだ。
「ちゃんと私にも説明して」
そう言って桜さんは僕の隣に座った。どうやら、計画の内容が『こっそり聞く』から『直接聞く』に変わったらしい。僕としてはどちらでも構わないので、戸惑って僕を見る菫さんに頷き、話すように促す。菫さんは観念したのか、ゆっくり話し始めた。